9 忘れた約束
本日二話上がります(これが一話目になります)
「兄さん!」
立ち上がり出迎えに行こうとしたとき、ラルフレドが俺の腕をつかんだ。
「時間がないから端的に。人形にする理由はもう一つある。魔を受けるため。生贄は受け皿でもあるから。」
「魔?魔力か?」
「多分大公が説明すると思う。あともう一つ、僕を利用してくれ。」
「何を言っている?」
「サフィリスを養子に、宝剣士として迎えてくれ。大公と父、陛下が何か言って来ているはずだ。実行に移される前に決めたほうがいい・・・義姉さんを守りたいなら。養子にすると一言いえば済む。」
---ロバイト、いやエンジークよ、お前もそろそろ次代を考えねばならぬぞ。次の子の予定はあるのか。元気な子が欲しいところだな。
半年ほど前の儀式の日、陛下が言ったその言葉が頭の中を駆け巡る。
「お前、いったい・・・」
「旦那様、そろそろ」
問い詰めたいがお忍びとはいえ来ているのは大公。王位継承権はすでに返還しているが王族、しかも現陛下の兄である。待たせるわけにはいかない。
「オパール、行こう。ラルフレドは」
「呼ばれるまで待っているさ。」
俺が言い終わる前にそう返し、冷めた紅茶に手を付けている。
その後姿はどこかやつれ疲れているように見えた。
----
「ねえ、どうしてこんなところにいるの?」
真っ白な空間で一人佇むやせ細っていた少年に声をかける。
ここには少年と、少年が見つめる大きな球と、そして私しかしない。
「見てるんだ」
「なにを?」
「愛しいものたちを」
少年の紅い目には目の前の球しか映っていない。彼の隣に座っても、私を見ることはない。
「どうしてみてるの?」
「愛してるから・・・うん、今でも、愛してるから。」
「ほんとに?」
「なんでそんなこと聞く?」
少年は一切こちらをみない。ただただその球を見ている。
「だって泣きそうなんだもの。」
彼は頬に指をやるがそこに涙は流れていない。だけど私の目には彼は泣いているみたいにみえた。
「もう、泣けないんだよ。」
そういって初めて少年は私を映した。
紅い目に私がいた。赤みがかったこげ茶の髪。きれいな青い目。小さな体。
「君を助けてあげられなくて、ごめん」
少年はそう言って、球を見るよりもさらに悲しい顔で私を見つめた。今にも消えてしまいそうなくらい悲しくてつらい顔。
その姿を見るのが苦しくて。私は彼の黒い髪をなでた。
「だいじょうぶ、アリアがそばにいてあげるね」
これ以上、この少年が悲しくなりませんように。紅い目に涙じゃなくて笑顔が浮かびますように。そう願った。
「お嬢様、お嬢様。起きてくださいませ」
白んだ世界が色づいて見えてくる。優しく体がゆすられ、聞き馴染みのある声がする。
「お祖父様が到着されました。一度お着換えいたしましょうか。」
そこでようやく寝てしまっていたと気づいた。サフィリスと一緒に来た図書室は日差しが当たらず少し肌寒いけれど、冷えないようにとショールをかけてもらっていた。
それがあまりにも心地よく、お腹いっぱいだったこともあってぐっすり寝てしまったようだ。
窓の外を見るとすでに夕暮れをすぎ、暗くなっていた。
「あれ、サフィーは?」
見回してもそこにあの天使のような子の姿はなかった。
「お嬢様より少し早く目を覚まされたのですでにご用意されていらっしゃいますよ。」
よかった、寝ている間に帰ってしまったわけじゃないらしい。
立ち上がろうとして手をつくと、なにかひやりとしたものが腕にまとわりついた。
見ると涎でぐっしょりしている・・・ちょっとしびれてもいるから枕にしていたんだろう。結構な濡れ具合だった。
「しっぱいしちゃった」
初めて会った人の前でぐっすり寝たのも、涎垂らしてるのも女の子としてアウトだと思う。三歳ではあるけれど、お腹がむずむずするような恥ずかしさを感じる。
「大丈夫でございますよ。私どもしか見ておりませんので」
そういうと一番お世話してくれているメイドのシャミアが優しく微笑んだ。起こしてくれたり着替えさせてくれるのはシャミアかメレルという若いメイドで、二人とも妹がいるらしく小さい子供の扱いがとても上手。お世話されてて不快になることがない。今日もきっとうまくやってくれたんだろう。
「よかった。サフィーに見られてたらはずかしい」
ふふ、と周りにいたほかのメイドも温かく笑っている。
さっきまで来ていたピンクと白のフリフリリボンのワンピースと最後までママが迷っていた薄紫と薄ピンクのフリルが段々になってるワンピースに着替えた。ふわっふわで幼児のぽっこりお腹がいい感じに隠れてる。
半袖タイプだったので上に白いカーディガンを着ると、甘さが少し抑えられていい感じになる。センスがいい服しかないし着ている私も美少女の造形をしているので、似合うとしか言えない。かわいい。
子供ってかわいいんだなぁ~と改めて思う。中身につられてサフィリスに対してかわいいかわいいと年上目線で思っていたけど、私も間違いなく子供だった。
肩下あたりの髪の毛は緩くウェーブがかかってるのでそれを梳かしてつやつやにしてもらい、頭に白いリボンをまくと完璧な美少女が完成した。
「さあ、お祖父様がお待ちですよ。」
「はい!」
シャミアについて部屋を出ようとすると、そこにはサフィリスがいた。彼も着替えていて、夕方で少し冷えてきているのに合わせてハーフパンツではなく長ズボンに、シャツも少し厚手のクリーム色のものに代わっていた。
「サフィー!」
そう呼ぶとサフィリスは顔を真っ赤にしながら、そっと手を出してくれた。
何だろう?と思ってみているとシャミアが小さな声で「手をのせてください。エスコートですよ」と教えてくれた。
のせる?エスコート?と戸惑ってると、サフィリスが私の手をそっと握った。
「一緒にいこう、アリアちゃん。」
あったかくてちょっとだけ湿った手に引かれて歩いていく。
エスコート・・・虹シュバの小説の中でそういう単語を目にしていたしコミカライズされたものを読んだときに確かに手をとって歩いていた。歩きにくくない???と思いながら読んでいた記憶しかない。
有亜のころには一切男性とそういうことをしたことがなく、手をつなぐのも手を引かれるのも現実味がなかった。
(三歳児でも女性を大事に扱うって、貴族ってすごいなぁ)
何となく気恥ずかしく、そしてそわそわしながら感心しつつ後をついていく。
ゆっくりとしたそのペースは歩きやすいし気遣われてるのだとものすごく感じる。
歩調を合わせてもらうという経験もアリアになってから両親や使用人の人たちがしてくれて初めて体験した。
それと同じことを三歳のサフィリスがしていることに感動する。
(170㎝の女は歩調合せる側だったもんな)
有亜だった日々を遠く思う。
誰といても親しくなる気はなく、来栖とでさえ仕事以外で会うことはなかった。合間に雑談する程度。孤児院でも学校でも。
他人として接することはあっても、身内として、大事な相手として誰かを扱ったことも扱われたこともない。
友人も、家族もない。それが有亜だった。
背の低い来栖と一緒に歩くときに、歩調を合わせないと彼女が不機嫌になるからとゆっくり歩いた時のことを思い出す。もしあのまま生きていたら、彼女が唯一、友人と呼べるかもしれない相手になったかもしれない。
もう遅いけれど。
一年ほとんど動いていなかったであろう私の体は、サフィリスに比べ歩くのがたどたどしい。自分で歩いて遅いなと何度も思ったけど、比べてみるとその差は歴然だった。
サフィリスはちらちらとこちらをみて様子をうかがってくれる。遅いよ、などとは一言も言わないしそんな表情もしてない。
耳まで真っ赤なサフィリスを斜め後ろから見ながら、大切に扱われるというのは嬉しさでもどかしいものなんだなと知った。
誕生日会をしていた温室ではなく、応接間に来た。もう夕食時だと思うけれどご飯を食べるという流れではないらしい。食卓ではなくこちらに来たということは軽く話して解散という流れなのかなと思いながら開けられたドアの先を見た時。
ぎゅっとサフィリスが強く手を握った。
(どうしたんだろ?)
先ほどまで赤かった耳は平常にもどり、同じく赤かったはずの頬は色を失っているように見える。怖がっている、という言葉が妥当かもしれない。
痛くない程度に力を込めて握り返すと、少しだけ私に振り返って小さな声で「いこう」と呟いて歩き出した。
「これはこれは、可愛らしいお二人だね。」
部屋の中には知らない大人が二人いた。白髪交じりだけどパパや叔父様と同じ焦げ茶色の髪をしているのがおそらくお祖父様。
そして今声を上げたのは、金髪でものすごく整った顔をした・・・誰だろう。この場にいる誰とも顔は似ていない。パパより年上に見えるけど、お祖父様よりは若いとおもうその人はものすごくうれしそうにこちらを見ていた。
ママの血縁者の人かと思ったけど、空気が違う気がする。
パパ、ママ、叔父様、そしてお祖父様らしき人と謎の男性。謎の男性以外は何故か凍り付いたような空気でそこに座っていた。
パパたちだけじゃなく、スヴェンやエレナですらいつもの仕事の表情を引きつらせているように見える。
謎の男性だけが、にこやか。異様な空気がそこにあった。
「これならすぐにでも姉弟になっても大丈夫そうじゃないか。よかったなエンジーク!」
ソファから腰をあげ、こちらにやってきたその人が私たちの前で膝をついた。
目線が合った。
顔は笑っている、目も笑っている。でも、その瞳が私の何かを射抜いた。
殺される。
なぜだかわからないけどそう思った。
次は同時にアップしてます
※評価、ブックマーク嬉しいです。ありがとうございます。先は長い道のりですがどうぞよろしくお願いします。




