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死んでるはずの令嬢に転生したので、悪役令嬢として生贄になります  作者: 椿 柚柑
第一章 はじまり

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8 冷たくて甘い男

アリアの父エンジーク視点です



「あのまま人形のほうが、気持ちの整理が付けやすいでしょうに。」



 書斎にあるソファにかけ、父が来るまで積もる話でも、と執事のスヴェンに茶を用意させていた。

 まさか、そんな話になるとは思いもせず。俺もオパールも、スヴェンだってにこやかだった。さっきまで。



 スヴェンは俺たちが生まれた時から働いていたので、彼もいっしょに近況報告でも、とのんびりと考えていた。侍女頭のエレナもだが、彼女には子供たちを任せている。それでよかった、と今は思う。



 油断していたのかもしれない。


 奇跡に酔っていたのかもしれない。



 もう、アリアに悲しいことが起こることがない、と二週間でそう思ってしまった。




 たった二週間だったのに。一年という長い冬に比べたら、その二週間が暖かすぎてもう二度と戻れない、考えたくないと思ってしまっていた俺の、油断。




「お前何を知っている?」


 思った以上に低く冷たい声が出た。別に弟を脅そうと思ったわけではない、と思う。こいつと俺の仲は悪くない。喧嘩はしてもこんなに険悪な空気で話をしたことなど一度もなかった。


 お互いの家にちょうど同時期に子供が生まれたころ、ラルフレドの仕事が忙しくなった。魔法技師としてすでに第一線だったラルフレドは魔石産出で有名な国境にあるヒリエス高山地帯で長期の採掘と加工をすることに決まっていた。


 子供たちの顔を見せ合う時間もほとんどなく、あっという間に王都を離れた弟がようやく王都に戻ってくると聞いたからこそアリアのことを相談しようという話がまとまったともいえる。



 俺の声に驚き目を丸くしているラルフレドの顔が見え、俺も驚いた。顔には出さなかったと思う。

 なぜ驚くのか、意味が分からなかった。問いただして驚かれるなんて、まるで・・・


 

(まるで俺が、アリアを人形にしたみたいじゃないか!)



 スヴェンがカップを置いた。まだ昼を超えたころで夕方にもなっていない早い時間だ。父が来るのはもう少し後になるだろうと連絡があった。

 さすがに今から酒を飲むのも、ということで茶にしたが、正解だった。



 酒なんぞ飲めばこいつを殴っていたかもしれない。



「もしかして兄さん、知らなかったのか?」


「何をだ。質問に質問で返すなよ。」


「あー・・・そのさ、てっきり当主の本を読んだと思ってたんだ。まだだったとは思ってなくてごめん。」


 当主の本とは、父が持ってきたあの本のことだろうか。確かにロバイトの当主に伝えるべきことが書かれていたが。



「なぜお前が知っている。”当主”の本だぞ。」


 一歳違いの俺と弟。基本的に長子が家を継ぐ。宝剣士の家だから当主は男でなければならないが、その条件通りの俺が宝剣も家も継いだ。


 ラルフレドはそれに不満を言うことは一度もなかった。むしろ魔法道具の研究や魔石の加工に時間を使えるから嬉しいと。公爵家ともなれば当主のための教育は時間を取られるし、宝剣を持っていることで子供のころから公務が多くあり、年に一度は儀式もあり、終わった後は動けなくなることもあった。

 魔法技師になるための勉強以外に時間を取られるのが嫌だ、次男でよかった、そういっていたラルフレドが当主の本を読んでいたというのはなぜだ。



 ラルフレドは武器じゃないからね、と言って胸ポケットから何かを取り出した。


「ガラス板か?」


 手のひらにすっぽり収まる程度の長方形のガラス板がテーブルに置かれた。厚みはあまりなく、ガラス以外の素材、おそらく銀で縁取られている。銀は魔力と相性がいい。


「これ、僕が十二歳くらいの時に作った翻訳ガラス。」


「翻訳ガラス?何だそれは。」


 ラルフレドはそれに答えず、スヴェンに「古代語が書いてある本持ってきてくれる?」と言い、俺は頷いた。

 スヴェンはすぐに隣の小さい図書室からすぐに古代語が書かれた歴史書を持ってきてラルフレドに渡した。



 ぱらぱらとめくり、ちょうどいいところを見つけたようでテーブルに開いておかれたそこには古代語と現代語が並んで書かれている。


「これは古代語で書かれた昔の王の手紙と、その翻訳だね。」


「それは見ればわかる。」


 何がしたいのかわからず少し苛立ち急かすように睨むと、ラルフレドがふうとため息をつく。

 先ほどのガラスを持ち、古代語が書かれた上に置く。


「今からこのガラスに魔力を通す。危険じゃないから止めないで見てて。」


 じわ、と溶け出すようにラルフレドの指先から魔力が発せられる。縁取りの銀にそれが染み渡るように広がるとガラスの色が少し青みがかったようになった。


「ガラス越しに古代語を見て。現代語になってるでしょ。」


「まさかそんなことが・・・」


 意味がわからない、と言ってやろうかと思った。思ったが、できなかった。そこには間違いなく現代語訳されたものが映し出されていたのだから。



 俺は古代語を読むことはできない。辞書があれば何とか、というところだが文字の判別が難しく、現代語であれば五文字で済む単語が十文字以上に見える長さで表現されるということが多く、ミミズが連なるように見えるそれらはとにかく一文が長く読みずらい。

 今の貴族教育に古代語についての読み書きは含まれなくなって久しく、一般的に読める者は殆どいなくなり、今となっては歴史家や研究者、とくに魔法に関わることを深めていく者たちが過去の文献を読むために学ぶだけだ。


 魔法に関する書物は古代語の時代のほうが豊富に作られていたため、魔法使いや魔法技師たちは読める者も多い。

 だから技師であるラルフレドが読めることについては疑問に思うことはないが、翻訳を魔力で行うなど聞いたことも見たことも、想像したことすらない。 



 だが確かに今目の前でそれは起こっていた。

 難解で長ったらしい古代語で書かれたそれにガラスをのせると、うっすら透けた古代語の上にはっきりとした青で現代語が浮かんで見える。


 歴史書で訳された文章と、ガラスに浮かんだ文字を見比べる。



「これ、試作品一号だからちょっと誤訳があったりするし、文章が二段に分かれるとうまく訳せてないけど、大体読めるでしょ。」



 信じられない。



 指より薄いガラスを透かして見ただけで、ほとんど間違いなく現代語として読める。

 確かに一部抜けていたり、長い文章だと文章としておかしな表現になって見えるところはあるけれど、単語を拾っていけば大体の意味が分かる程度には読めるものになっている。



「こんな、こんなものが作れるなんてあり得ない。」


 試しに別のページをめくる。読める。

 借りて自分の魔力で作動するか試す。読める。


 隣にいたオパールにも渡す。オパールは俺やラルフレドに比べると魔力量はそれほどでもないが、それでも作動し読むことができた。


「本当に読めますのね・・・信じられません。」


 スヴェンにも試させた。彼はオパールよりもだいぶ低い魔力量だが、問題なく作動した。

 三人で何度も試す。読める。読めてしまう。



 こんな奇跡のような代物を、十二歳の時に作っていただなんて。



「うーん。本当に知らなかったのか。じゃあ陛下はなんで・・・」


 ラルフレドは小さな声で何か呟いていたようだが、俺の耳には聞こえなかった。

 仕事で人と話すときは聴覚強化の魔法をかけておくが、今はしていない。本当に気を抜いていたのだと自分に呆れた。書斎にもともと防音魔法がかかっていたことが救いか。



「この板で古代語が読める、ということはわかった。それがなぜ当主の本とつながる?」



「これ作った時は領地の屋敷にいたから、試しに家じゅうの古代語の本を読んだんだ。こういう古代語と現代語が一緒に書かれている本で試して、大体読めると分かったら面白くなっちゃって。古い本を手あたり次第にね。あっちの図書室は古い本とか昔の当主の日記とかいっぱいあるから。」


 確かに。ロバイト家は公爵位を授かってから二千年以上経っている。つまり建国当初から存在している。魔王封印と同時に建国されたこのオースティンで、ロバイトはその頃から続く家系だ。

 領地の屋敷は焼失したことなども一度もなく、長い時間の中で何度も建て替えてはいるが古いものも多く残っている。本がその代表だ。さすがに建国当初のものは存在しないだろうが、歴史書だけでなくラルフレドの言うように日記や、家令たちが残していた日報などの記録書類もたくさん残してある。


「それで読んだというのか?」


「うん。僕もロバイトの血を引いてるからね。図書室の奥の鍵付きの本棚の中にあったけど鍵もロバイトの血を引いてるなら開けられたし。」

 

 怒られると思って言わなかったけどね、とラルフレドは子供の時と同じように笑った。この様子では父にも知らせていないのだろう。

 だから父に陛下から内容を次代に伝えるなと命が下っていることも知らず、俺が読んでいるはずだと思ったのか。


「だが、俺の知ってる当主の本とやらは現代語だったぞ。」



「え?」


 紅茶を飲もうとしていたラルフレドの手が止まる。カチャリ、と小さな音が響いた。


「いや、そんなはずないと思うけど・・・現代語訳したのかな、途中で。」


 古代語に移り変わってから約八百年ほど。切り替わった当初はどちらも読める者が多かっただろうが途中で当主の本を現代語に書き換えても不思議ではない。


 父からあの本は預かっている。何かかけら程度でもヒントがあればと思い読み込んだがアリアの状態を指し示すようなものは一つも書かれていなかった。


 ただ、生贄だと。

 捧げよ、と。それだけだった。



「だとして、お前の言っている『人形』だの『起こした』だのというものは書かれていなかった。何か別の本を読んだのか?」



「そんなはずないよ。当主の心得のようなことだけじゃなくて宝剣の使い方や封印石の強化の儀式のこと、生贄の儀式のことも書いてあった。読んだ僕が言うのもなんだけど、当主が受け継いでいく本だとしか思えなかった。そう書いてあったしね。」


 ラルフレドは少しムキになっているようだ。信じてもらえないのが信じられない、というような。


 ここまで来たら一緒だ、と俺は書棚に向かい、隠してあった当主の本を取り出し、テーブルに置いた。


「これがここにあるのは誰にも言うなよ。読んで確認してみろ。」


 言葉の意味を図りかねたようだったが、ラルフレドはページをめくる。特に何事もなくめくり続け、最後まで見終わった。



「これだけ?」


「これだけって何だ。」


「続きはないのかってことだよ。」


「父から渡されたのはその本だけだ。ほかにあるとは聞いていない。」



 もう一度ページをめくり、確認して、ラルフレドは首を横に振った。


「これ、完全じゃない。僕が読んだのと途中までは一緒だけど、途中までしか書かれてないから不完全。」


 その言葉にざわりと体が震えた。



 次代当主に伝えないように、王命が下ったと父は言った。

 それは本当に今だけの話なのか?



 昔の王も、同じように当主の役割を操作しようとしていたら。


 書き換えのタイミングなど、操作するのに適しすぎている。


「何があった。ここにない部分に。」



 はぁ、と大きなため息をつくと、言いたくないんだけど、とラルフレドは言う。僕を殴らないでよ、とも言った。



「生贄の乙女を捧げるときに、騒がれたり反対されたり、姉弟だから殺せないってうちの宝剣士が言った逃がしたりする可能性があるから、それを防止するために生贄を人形にするほうほ」


 ダン!!!!!



 思わずテーブルを叩いてしまった。カップが揺れ紅茶が零れる。

 娘を殺したくないと思ってなぜ悪い。死なせるために育てるなんて、誰だってしたくはない。当り前じゃないか。


 怒りが、魔力となって漏れ出そうになるのを感じる。


「あなた、だめ。聞かなくちゃ。」


 オパールがそっと俺の拳に手を重ねた。ひやりとしたその指はまるで血が通ってないかのようで、その冷たさに驚き息を吐く。


 顔を見れば青白く、冷や汗もかいているようだった。それでも、唇をかみしめ、冷たい手を握りしめ、聞くべきだと言っている彼女の強さに、俺は自分を恥じた。


「すまない。続けてくれ。」


 オパールの手の上に、もう片方の手をのせた。一緒に聞いてくれ、という気持ちを込めて。



「生贄を人形にする方法が、書いてあった。宝剣で魔力回路を書き換えて、心を眠らせる。宝剣士なら誰でもできるけれどロバイトが責任をもって行うようにとも書かれていた。過去に何度もそれを為せなかった当主や宝剣士がいたとも書かれていた。だから何度も何度も、必ずそうしろと。」


 俺のこの葛藤と同じものを、過去の生贄の乙女の父たちも感じたのだろう。

 当主として咎められても、宝剣士としての責務を果たしていないと詰られても、親としての気持ちがそれを上回っても仕方ない、と思うのは俺が当事者だからか。


 ほかの代の当主たちからしたら、滑稽に見えるのだろうか。



「起こす方法もあったのか」


「同じ宝剣で回路を元に戻せばいいらしい。僕は宝剣がないから具体的なやり方はわからない、どちらもね。」



 ああ、だからか。


「俺がアリアを人形にしたけれど起こしたと思ったんだな。」


「そうだね。兄さんは当主としても宝剣士としても立派な人だと思っていたから、折り合いをつけたんだと思ったんだよ。」



 理由はわかった、けれど腑に落ちない。



「お前がなぜ知っている?アリアが人形のようになっていたことを。」



 はぁ、と何度目かわからないラルフレドのため息が聞こえてきた。



「兄さんは冷酷な魔法使いだとか魔王再来とかまで言われているのに、甘すぎるよ。ロバイト公爵家の姫君は人形だと半年前にはもう噂が回ってた。人形姫とか、人形令嬢のいる屋敷ってここは有名なんだよ。そんなだから足元を掬われたり気づいた時には周りが敵でいっぱいになるんだよ。現に今だってそうなりかけてるじゃないか。」


「なにを」


 どんどん!!!


 その言葉と同時に、書斎が激しくノックされ来客が告げられた。ノックというか殴るようなその音に眉をひそめる。うちの使用人にしては異常だ。



「ペンディウム様と、お連れ様がご到着です。」


 焦った声が響く。連れが来るとは聞いていない。合図を受けスヴェンがドアを開け確認すると、一瞬肩が跳ねたようだった。


すぐさま報告をくれたが、それは意外過ぎるものだった。




「旦那様、ジュピウム大公がお忍びでいらしています。」





 ジュピウム大公。現在宝剣を持つ一人。陛下の兄。


 そんな人が、なぜ。


次は明日アップします。これからはお昼にアップ予定です

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