5.女難の相には泣かされそう
落ち着いて考えればそんなにあわてることでもない。しかし急に言われたら驚くに決まっている。
もちろん言った当人はニヤニヤとオレのあわてようを見て楽しんでるわけだが、それは当然ゲーム内の話だと初めからわかっているからだろう。
このRainbow Berthにはペアレントシステムなる仕組みがあって、プレイヤー同士でペアを組んでいると戦闘やクエストでの報酬や経験値にボーナスが入る仕組みがある。
ぼっちプレイしかしたことが無いオレにとってはまったく縁がない仕組みなので存在すら忘れていたから驚いただけ。決してリアルな展開を期待したわけじゃない。
「ちょっとーレイちゃん先生ってば焦りすぎー もしかしてリアルの話だと思っちゃった? 一人で公園でゲームしてるしそんなカッコはしてるし、まさか彼女いないとか?」
「いなくて悪かったな…… でもそれとこれとは関係ないだろ!? まったく大人をからかって楽しむなんて趣味が悪いよ。いまどきの中学生ってそんなもんなのか?」
「先生の反応が過剰すぎるんじゃない? 大の大人がこのくらいでおろおろするなんて変わってるよね。東北出身だったっけ? なんか純朴って感じ」
「純朴ね…… できればその言葉は聞きたくなかったよ――」
◇◇◇
「ねえ木浪くーん、わたし先にシャワーしたいな。借りていいでしょ?」
「えっ、えっ、ま、まあ構いませんけど…… じゃあバスタオル出しますね」
それは就職し配属が決まってから半年以上が経った冬に起きた出来事だった。
教育係をやってくれていた先輩女子に誘われて飲みに行くことはそれまでもたまにあったのだが、この日はどういうわけかオレの家で飲み直すことになったのだ。
学生時代に友人たちと家飲みをしたことくらいはあっても女性と二人きりと言うのは経験がない。もしかしてこれはいわゆる脈ありってやつなのか?
帰り道に立ち寄ったコンビニを出たところでそんなことを考えてしまったオレは、変に緊張して酔いがあっという間にさめてしまい自宅なのに全然落着けなかった。
だがそこは悲しいかな、彼女いない歴イコール年齢である女性に不慣れな男だ。ここからどうしていいのかさっぱりわからない。
とりあえず言われるがままシャワーを使う用意をすることしかできない。
だがそんな先輩は、風呂場へ向かってすぐに戻ってきた。やはり気が変わったのか、オレのように酔いがさめて冷静になったのかと考え正直少しホッとした。
しかしよく見るとその表情は強張っていて明らかに不機嫌そうだ。もしかして掃除が行き届いてなくて不快な思いをさせてしまったのだろうかと不安を感じた直後――
「ちょっと木浪君? あなたって最低ね。そんな純朴そうに振る舞ってるくせに、こうやってしょっちゅう女の子を連れ込んでるなんて。それで彼女には今日は顔を出さないようにって言っておいたわけ? あー最っ低、わたしこれで帰るからね」
わけがわからず反論をする暇すらないうちに、先輩は荷物をまとめてアパートを後にした。
残されたのは帰り道に買わされた何本かの缶ビールとつまみ少々、それに紙袋へ入れられた小さな箱である。
そんなことがあった週末を微妙な気持ちで過ごしたオレが、ようやく平常心に戻って出勤した月曜日のことだった。
先輩の態度はある程度覚悟していたが、その他の女子社員の態度までがあからさまにおかしかった。もちろんそれまではごく普通に話をしていた同期の女性もである。
どう考えても先輩が言いふらしたに違いないが、それほど恨みを買うような真似をした覚えはない。いったい何に対して怒っているのかがオレにはさっぱりわからなかった。
さらには教育係は別の先輩男性へと変更され、徐々に空気が悪くなっていった。それでも仕事を早く覚えようとまじめに取り組んでいたつもりだ。
こうして逆セクハラにパワハラをあわせたような目にあいつつも、頑張って仕事を覚えて徐々に慣れていった。
それでも二年目に入ると完全に孤立したようになっており、このころからオレは不眠気味になっていく。
やがて三年目の春、会社の健康診断で再検査となっただけでなく、産業医に休職を勧告されてしまったのだ。
部内の雰囲気を悪くしている元凶のように思われていたこともあり、上司は渡りに船とオレの休職を進めていき今に至る。
そんなオレに彼女がいるわけがなかったし、今は欲しいとも思えなかった。




