第四話 私の元婚約者殿はリリアーナが苦手らしいです
「君は騎士だろう?慎みたまえ」
「騎士ではありません。魔法師団員です」
「ではもっと遠慮してくれ」
「あなたこそわきまえてはいかがですか?」
「何?」
「不貞を働いた元婚約者が、なぜ未だにリディール王女殿下につきまとっているのですか?」
「つきまとう?それは違うよ。僕とリディールは友人だ。僕に対して友人以上の感情は彼女にはないよ」
二人は一体何をそんなに揉めてるんだ?
さっさとフォーカスに色々と訊きたいんだけどな……。
「そうですかそうですか。それは残念でしたね。しかし、なぜ二人きりで話す必要がおありで?それほど大切なお話なら、個人でしたほうがいいのでは?」
「僕はリディルと二人で話したいんだ。横槍を入れられるのは嫌なんだ」
まだおわんねぇのかな。
私はヒマすぎて周りの貴族を見た。
「あ!リリアーナ!」
近くに律がいることに気がついた私は、律に手を振った。
律はわざわざ私の元へ来てくれた。
栗の姿を見たフォーカスがあからさまに嫌そうな顔をする。
「げっ!」
「あれ?フォーカス?なんでこんなところにいるの?勘当されたって言ってなかった?」
「色々あって、特例でパーティーに出席してるの」
「へぇ」
このメンツさ、正直はたから見ると修羅場なんだよね。
魅了魔法で浮気をさせられた男、魅了魔法で浮気をさせた女、浮気させられた男の元婚約者。
とんでもねぇ修羅場だよ。
律がフォーカスに歩み寄って行った。
「な、なんだよ。俺達はもう終わってるだろ?」
「ええ、でもこのままじゃ私の気が済まないの」
律はフォーカスの真正面で立ち止まり、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「…………は?」
「私は自分が家族から愛されているのか分からずに、あなたに魅了魔法をかけました。その謝罪をちゃんとできていなかったので」
「…………」
フォーカスは何も言わない。
責めもせずにただ呆然と頭を下げる律を驚いた表情で見ていた。
そして、しばらくしてから口を開いた。
「べ、別に構わない。それに、お前が僕を魅了してくれたおかげで、今まで知らなかった世界を知れた」
フォーカスは心の底からの笑顔を浮かべた。
「ありがとな」
律は少し驚いたような顔をしたけど、すぐに嬉しそうに笑った。
「ところで、リディール様。お二人は何を揉めていたのですか?」
「え?私が知るわけないじゃん。二人が勝手に揉めだしたんだもん。私も困ってたところ」
「お二人共正気ですか?仮にも公爵家の嫡男でありながら、リディール様を困らせてたんですか?」
律が冷めたような視線を二人に送る。
正直、この国の王族の心が広いだけで、他国の王族の前で喧嘩なんかしてみろ。
目障りだってギロチンされるぞ。
というか男爵令嬢が公爵子息を諭すこの絵面面白いな。
「喧嘩の発端はなんですか?」
「アルデーヌ殿がリディールと話したいと言っているのに気を遣ってくれないんだ」
「は?こちらは王女殿下の醜聞にならないように言っているだけなのですが?」
なんの話だぁ……?
別に醜聞くらい気にしないし、アルデーヌが平民差別がどうなっているかの話を聞いてても構わないんだけど。
「リディールに拾われた犬の分際で何をいい気にっている。みっともなく尻尾を振るのをやめろ」
「尻尾なんて振ってねぇよ。元婚約者だからって王女殿下に張り付くな。害虫が」
わお、口が悪い。
ていうかアルデーヌとフォーカス、なんか怒ってない?
バリ怖いんだけど。
「はあ、仕方ない。フォーカスには仮があるし、今回は手伝ってやるか」
「え?律?」
律はアルデーヌに歩み寄っていき、手を取った。
アルデーヌは突然の出来事に固まった。
「アルデーヌ様、ダンスがそろそろ始まりますよ。踊りましょう?」
「いや、しかし俺には王女殿下エスコートが……」
「フォーカス様がなんとかしてくださいますわ!いきましょう!」
「ちょっと!リリアーナ!?」
律は一度だけ振り向いて、ウインクした。
そして、強引にアルデーヌを連れて行ってしまった。
魅了は使ってなかったから大丈夫だと思うけど……。
「リディール、バルコニーに行こう」
「うん、そうだね」
少し律の行動の意味が分からないけど、まずは平民のことを話したい。
私達はバルコニーに出た。
冬だから冷たい風が吹いていて、少し肌寒い。
フォーカスは上着を脱いで私の肩にかけてくれた。
「ありがとう」
「お安いご用だ」
そう微笑むフォーカスは紳士そのものだ。
まあ、紳士ではあるのだけど……。
「それで?城下はどんな感じ?」
「活気に溢れてるよ。今まで苦しかった生活が、今ではだいぶマシになっている。アズルク殿が考えた税制改革案も効果的だったようで、生活に余裕ができてるんだ」
フォーカスの言葉に私は少しホッとした。
私達の行動が、実際に人々の生活を変えている。
それが聞けてよかった。
「借金取り立ての横暴が減って、平民の家族が笑顔で飯を食えるようになった。子供達も学校に行けるようになったし」
フォーカスはバルコニーの手すりに寄りかかり、夜空を見上げる。
星がキラキラと瞬き、遠くの街灯が城下の灯りを優しく照らしている。
「でも、まだ完璧じゃない。少数の過激派貴族が、裏で平民を締め付けているという噂がある。長年に渡る差別は簡単には終わらない。証拠を集めてるけど、完全に差別が終わるとは思わないでくれ」
「まあ、ありがたいけど……でもフォーカス、危ないことしないでよ?無茶はほどほどに」
私はフォーカスの袖を軽く引っ張る。
フォーカスは少し照れたように笑って、私の頭をポンポンと叩いた。
「心配してくれるの?元婚約者として特別扱いかな?」
「バカじゃないの?友達としてだよ。あなたがまた変な女に魅了されたら、私の面目丸潰れなんだから」
フォーカスは声を上げて笑った。
夜会の喧騒が遠くから聞こえてくる中、バルコニーには穏やかな空気が流れる。
「ねぇ、フォーカス。あなたはどうして貴族に戻らなかったの?」
「……どうして急にそんなことを訊くんだ?」
「気になっただけ」
「そうだな……僕、好きな人がいるんだよ」
急に恋バナが始まったんだけど。
まあいいか。
前世では玲奈以外に友達いなかったし、玲奈も恋愛してなかったから恋バナには憧れてたんだよね。
「その人は僕なんかよりもずっと遠くにいて、到底追いつけない存在なんだ」
「へぇ、いつの間にそんな人に会ったの?」
「秘密。で、僕はその人を裏切ったんだよ」
急に重いな。
いきなり裏切りをするな。
想い人だろうが。
「本来なら軽蔑されても仕方ないようなことをしたのに、彼女は僕を許してくれたんだ」
「優しい人なんだね」
「ああ。優しくて、美しくて、自分を傷つけた誰かのために走れる人なんだ。叶わない恋だから、せめてもの贖罪として僕は平民のままで言うことにしたんだ。貴族なんかに戻ったらまた傲慢になるかもだし」
すごいなぁ。
私、そこまで人を好きになったことないからわからないけど、そこまで一途に想われている相手は幸せだろうね。
「恋愛かぁ……」
そう呟いた時、ちょうどバルコニーの扉が誰かに開けられた。
そこにいたのは明らかに位の高い貴族二人組だった。
ていうかすごいな。
どっちも顔がいい。
「リディール様、こちらにおいででしたか」
「随分探しましたよ」
「え?」
えっとぉ……。
申し訳ないんだけどさ、非常に申し訳ないんだけどさ。
誰コイツら。
リディールの記憶の中にもこんな奴いないんだけど。
私はフォーカスを見た。
フォーカスも相手を知らないらしい。
じゃあ本当に誰?




