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第三話  呪われた私と絶望の瞬間

アルカの優しい目と、優しい手に心地よさを覚える。

ああ、幸せだ。


「アルカ殿下!!リディール殿下!!お逃げ下さい!!」

「何事だ!?」

「竜が……!竜が現れました!!」


竜が現れた……?

この世界には魔物が存在している。

その中でも竜は最高位の魔物で、滅多にお目にかかれない。

まさか、私にかけられた呪いに反応して……?

アルカ達は呪いのことを知らない。


「一体なぜ竜が……」

「東の森から、正気を失ったように現れました……。何かを求めているのかもしれません」

「……リディ、今すぐ王宮に逃げろ。俺が時間を稼ぐ」


アルカの声は低く、力強い。

でも、手がわずかに震えてるのがわかる。


「嫌です!一緒に逃げましょう!」

「駄目だ。俺はここで竜を倒す」

「できるはずありません!今まで竜を倒せた例はないのですから。お願いです、安全なところへ一緒に――」

「言うこと聞け!リディ、お前は王女だ。生きろ!」


アルカが私を後ろに押しやる。

そんな……。

あなただって王子なのに……。

遠くから、地響きが近づく。

木々が折れる音、地面を裂く爪の音。

空が暗くなり、巨大な影が稽古場の空を覆う。

現れた黒竜の赤い目が私を見る。

その視線はただの獣のものじゃない。

狂気に満ちた瞳の奥に、深い渇望のようなものが渦巻いている。

呪いの影響だ。


「リディール!後ろに下がれ!」


アルカの叫びが風を切る。


「王女殿下!こちらです!!」


いつの間にか来ていたサフィーアが私の腕を強く引き、稽古場のフェンス際に押しやる。

竜の翼が一閃し、地面が抉れる。

砂煙が上がり、視界が白く染まる。


「サフィーア!援護しろ!」

「分かりました!王女殿下、早く城へ行ってください」

「でも……」

「俺はもう、大切な人を失いたくないんだ。アルカ様は俺が守る。だから逃げろ」


サフィーアはそう言って、アルカの方へ走っていった。


「待って……待ってよ……」


私が行ったところで、足手まといになる。

なら、剣術を習っている二人に任せたほうがいいんじゃないの?

魔法も使えない、剣も扱えない。

そんな私が助けられる?


「走れ!」


サフィーアの声が、砂煙に掻き消される。

足がすくむ。

竜の咆哮が耳を劈くように近く、地面が震える。

アルカの背中が、竜の爪に狙われているのが見える。

剣を構えて抵抗するアルカの姿が胸を締め付ける。

走るしかない。

私がここにいてもなんの助けにもなれない。

八歳の足が必死に地面を蹴る。

稽古場のフェンスを飛び越え、王宮の裏門へ向かう。

後ろから、金属の衝突音とアルカの怒号が聞こえる。

王宮の裏庭に飛び込む。

薔薇の棘がドレスを裂き、足に刺さる痛み。

塔が見えてきた。

魔術師団の結界が青い光で輝いている。

でも、遅かった。

竜の影が空を覆い尽くす。

サフィーアが走ってきて、私を庇う。

塔の扉が開き、魔術師達が飛び出してくる。


「王女殿下!こちらへ!」

「待て!リディール!!行くな!!」

「え?」


竜が私と魔法師団の間に飛んできた。

竜は私を見て、手を振り上げた。

あ、これ駄目だ。

死ぬ……。

恐怖で目を閉じた。

でも、しばらくしても痛みを感じない。

私、死んだの?

恐る恐る目を開くと、アルカが私と竜の間に立っていた。

アルカの腹には竜の爪が貫通していた。

そこから赤黒い血が噴き出す。

アルカの顔がゆっくりと歪む。

痛みと、優しさの混ざった表情。

口から血の泡が零れ落ちる。


「お兄……様……?」


アルカの体が……動かない。

竜は素早くアルカの腹から爪を抜いた。

アルカは力なく倒れた


「お兄様!!」

「殿下!」


私はアルカの傍に寄り、アルカの体を抱き寄せた。

竜は手についた血を見て、なぜかうろたえている。

もしかして、私達が精霊の子孫だから……?


「……ロック!」


私の叫びが裏庭に鋭く響く。

お父様の魔法を真似る。

私にできるのだろうか。

魔法も使えない私に。

竜の赤い目がわずかに揺らぐ。

そして、巨大な体がピタリと止まった。

魔法師団は少し戸惑っている。


「い、今だ!対竜用の魔道具を持ってこい!!」


あとは任せよう。

ここは私が出る幕ではない。


「お、兄様……」


私はアルカを抱きしめた。

冗談だと言ってほしい。

わずかに残る脈が、少しずつ弱くなっていく。

温かかったアルカの胸が急速に冷えていく。

血の匂いが鼻を突く。

魔術師団の叫びが、遠く聞こえる。


「魔道具準備完了!射て!」


光の矢が竜の鱗を貫く。

竜の咆哮が苦痛に変わる。

「ロック」の効果が、わずかに持続してる。

お父様の魔法を真似できた……。

でも、遅い。

遅すぎる。

アルカの目が薄く開かれる。

最後の力のように私を見る。

優しい目。


「リディ……ごめ……守れなくて……」

「喋らないで、お兄様。きっと助けるから」

「もう……無理だ……お前は……きて……王女として……みんなを……」


言葉が途切れる。

アルカの口から血が溢れる。

アルカの手が私の頰に触れようとして、力なく落ちる。

そして、諦めたように微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。

優しいままの、死の表情。


「お兄様……ねぇ、起きて。起きてよ……ねぇ……」


こんな展開知らないよ……。

いらないよ……。

前世でもそうだった。


――りりあ!!


私を大切に思ってくれている人は、いつも辛い目に遭う。

視界が揺れ、嗚咽が出る。

涙がアルカの血に混ざる。


「王女殿下、離れてください!竜が……!」


私はアルカの身体を地面に優しく置き、ゆっくりと立ち上がった。

怒りで呼吸が荒くなる。


『諦めろ。そいつは死んだ死んだものは生き返らぬぞ』


頭の中に声が響く。

その声は、低く嘲るようにねっとりとした響きだった。

竜の赤い瞳が、私をじっと見下ろしている。

狂気に満ちたその視線は、ただの獣のものじゃない。


「お兄様を……返せ……!」

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― 新着の感想 ―
ええ!アルカ死んじゃったの?。・゜・(ノ∀`)・゜・。あんなに幸せそうだったのに急展開過ぎて胃もたれしちゃう!うわー、アルカ割と推しだったのに!許すマジ竜!!٩(๑`^´๑)۶
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