第四話 呪われた私は精霊と契約します
胸の奥が裂けるように熱くなる。
これは魔力の開花か……?
光の渦が私の体を包む。
好都合だ。
こいつに、生まれたことを後悔させるくらい痛い思いをさせてやる。
絶対に許さない。
光の渦が私の体を激しく包み込んだ。
八歳の細い腕が、まるで自分のものじゃないように震える。
魔力が溢れ出す感覚。
それは水が噴き出すようなもの。
十歳まで待たなければならないはずの、魔力の開花だ。
私は手を前に突き出し、詠唱を唱えた。
「炎の精よ、我が呼びかけに応えよ!ブレイズ・ファイヤー・インフェルノ!!」
手のひらから放たれた炎の奔流が竜の胸を直撃する。
竜の鱗が砕け散り、黒い煙が立ち上る。
咆哮が森を震わせ、鳥達が一斉に飛び立つ。
魔術師団の人達が息を呑んで私を見る。
「あんな威力の魔法……見たことない……」
「風の精よ、我が呼びかけに応えよ!インテンス・ストーム・ウインド!!」
竜の巨体が突風に煽られ、後退する。
翼が風の刃に切り裂かれ、黒い血が雨のように降り注ぐ。
竜の赤い瞳が初めての恐怖を宿す。
『この風……精霊の……怒りか……!?人間の小娘が……なぜ……!』
頭の中に響く竜の声が、ねっとりとした嘲笑から、引き裂かれるような絶叫に変わる。
巨体がよろめき、爪が地面を抉る。
土煙が上がり、視界が白く染まる。
まずい、魔力を開花したばかりで魔法を使ったから体に反動が来ている。
血管が膨張し、視界の端が赤く滲む。
でも、止まらない。
アルカの血の匂いが鼻を突く。
許さない。
この竜も、呪いの源も、みんなの笑顔を奪ったすべてを。
私はおぼつかない足取りで竜に近づいた。
「あなたは喧嘩を売る相手を間違えた」
『お前の魔法の威力……。まさか、お前は精霊王の妃が残した子供の子孫か……?』
「さあな、そのままはっきりしないまま死ねばいいさ」
私は空に向かって手を伸ばした。
「水の精よ、我が呼びかけに応えよ」
『ま、待て!たった一つだけお前の兄を言っ帰らせる方法があるぞ』
「それを教えるから見逃せと?」
『そ、そうだ!これで我輩が殺した事実はなかったことになるだろ?』
「…………話を聞こう。嘘を言っていると分かったら……分かっているな?」
竜は怯えたような声を出しながら話し始めた。
その様子を、周りの人達は不思議そうに見ている。
『そいつはまだ完全に死んではいない』
「どういうこと?」
『そいつの体は死んでいるが、魂は死んでおらん。人間は体が死んでから魂が体から抜けるまで、半刻ほどかかる。人間はそれを知らぬから体が死んだらすぐに、もう生き返らぬと断言する』
また突拍子もない設定が生まれている。
でも、アルカが生き返る……。
試してみる価値はあるな。
「どうやるの?」
『お前ほどの魔力があれば、光魔法で回復できると思う』
信用はならないけど、試してみるか。
「試してみるけど、その間に逃げたら成功してもしなくても殺す」
信じられないくらい不穏な言葉が口から簡単に出るな。
前世でもこんな言葉言わなかったのに。
私はアルカに近づいた。
膝をついて、アルカの頬に触れる。
冷たい……。
「光の上位精霊よ、我が呼びかけに応えよ」
上位精霊は現世には残ってない。
お父様がそう言っていた。
やっぱり出てこないか……。
『はーい』
その声は鈴のような軽やかな響きで、森全体に響き渡った。
風が止まり、土煙が静かに晴れる。
周りの魔術師団の人々が、息を呑んで固まる。
竜の赤い瞳が最大の驚愕を宿す。
『……上位精霊!?なぜここに……!?』
私は手を止めたまま、虚空を見つめる。
上位精霊はお父様の伝説で、精霊王の嫉妬により人間界から姿を消したはず。
微精霊や下位精霊しか残っていないこの世界で、なぜここにいるの……?
『ふふ、久しぶりね、妃の血を引く者』
「なぜ、上位精霊が人間界にいるの……?」
思わず疑問が口から漏れた。
精霊は楽しそうに笑った。
『確かに人間界にいたほとんどの上位精霊は、精霊界に戻された。でも、人間と契約していた上位精霊人間界に留まることができたの。契約は簡単には断ち切れないから』
「簡単には断ち切れない……?」
『そう。契約は一方が死ななければ解消されない。だから、無理に契約者と引き離したら貴重な上位精霊が死ぬの』
重すぎる契約内容だった。
上位精霊は私の周りをくるくる飛び、私を見定めるような目をしている。
『あなたが今代の特別な子ね。今まで見てきた妃の血を引く者はここまで力が強くなかった』
「…………?」
『決めた。あなた、私と契約しない?』
さっきまで黙っていた周囲の人間がざわめき出した。
「上位精霊からの契約の申し出!?」
「嘘だろ?」
上位精霊からの契約の申し出……。
精霊契約は死ぬまで有効だ。
魔力の共有もするため、爆発的に魔力が増えたりもする。
『今のあなたの魔力じゃ、その人を生き返らせたら魔力がカラになって死ぬわよ』
魔力が半分以下になったら、魔法は使えない。
しかし、半分以上ある状態で一気に魔力を使った場合、魔力がカラになって死に至る。
死者蘇生はそれほどの力を使うのか……。
「分かった。契約する」
精霊はうなずいて、私の手を取った。
そして、額に私の指先を当てた。
『私に名前をつけて』
「名前?」
『名前をつけることによって、契約は成立するの』
「…………」
光の上位精霊、光……。
「リュミエール」
呟いた瞬間、まばゆい光が辺りを包んだ。
なんだか魔力が上がった気がする。
『これであなたは死なないわ。安心して魔法を使いなさい』
私はうなずいて、再びアルカの体に手をかざした。
「ウォーム・ミラクル・マジック・ヒーリング!!」
なんでこんな長い呪文がスラスラ出るのかわからないけど、言い終えた途端、アルカの体が光り輝いた。
光が止まると、アルカの腹の傷は消えていた。
わたしは急いで脈を確認した。
ちゃんと、ある。
止まっていた心臓が動いている。
「よ……かった……」
「き、奇跡だ……」
「死者蘇生が実現するとは……」
周りの人達が感極まったように言い出した。
本当によかった。
『言ったであろう。生き返ると』
「そうだね。教えてくれてありがとう」
私は立ち上がって、竜に近寄った。
「でもね」
私は氷の塊を竜の尻尾めがけて落とした。
竜が痛そうに咆哮を上げる。
「アルカが死んだという事実は消えない。アルカがどんな痛みを味わったか分からないでしょ?だから死なない程度に痛めつけてあげ……た……の」
竜はなぜか縮んでいった。
え?
え?
殺しちゃった……?




