第一話 呪われた私は犯人を見つけたいです
――王宮大舞踏会から数ヶ月後
「リディール王女殿下に、呪いがかかっています……」
「呪い……?」
思いもよらぬ言葉に戸惑う。
最近体調が悪いなと思っていたけど、まさか呪われてるとは。
お母さんが私に抱きつく。
「そんなっ!リディールは呪われることは何一つ……何……一つ……」
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異端児差別をなくす→過激派を刺激
異端児保護法を作る→上に同じく
フォーカスの婚約破棄→フォーカスのことを好きな令嬢に恨まれる
革命派の人間を傍に置く→王宮で働く人の気を逆撫でする
平民差別の緩和→半分以上の貴族を敵に回す
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「……複数ありますね……」
「…………」
「…………」
私も魔術師も微妙な顔でうなずく。
人の恨みを買ってないとは言えない。
というか、かなり買ってる。
「…………」
いや、だからって呪うなよ。
なぜか今、律が私に嫌味を言う顔が思い浮かんだ。
『そんなの呪われる方にも問題があるだろ』
うわぁ、ずこく言いそう。
そうじゃないだろ。
まず常識的に考えて呪うなよ。
「この呪いはどういうものなの?」
「この呪いは魔物に魅了をかけるものです。魅了にかかった魔物は正気を失い、王女殿下を永遠に自分のものにするために殺そうとします」
わぁ、物騒。
誰だこんな悪趣味な呪いかけた奴。
見つけたら絶対ぶっ殺す。
「……とりあえず私の穴はもう掘られてるとして、二人分の穴掘らないといけないとか嫌なんですけど」
「リディール、そういう問題じゃないわ。というか普通に『人を呪わば穴二つ』って言いなさい。紛らわしいわ」
お母さんの言葉に、私は思わず苦笑いを浮かべた。
紛らわしいって……。
穴を二つ掘るのも面倒だけど、魔物に追われるのも同等に面倒くさいよ。
というか、どっちも死ぬパターンじゃん。
魔術師は額に汗を浮かべ、巻物を握りしめながら続ける。
「王女殿下、この呪いは上位の禁呪です。解呪には、呪いの源を絶つしかありません。呪いの源、つまりは王女殿下に呪いをかけられた者の命を奪わなければなりません」
「解呪条件重っ」
「リディール、どちらにしろあなたに呪をかけた人間は処刑されるから変わらないわ」
「え?」
「王族に害をなそうとしているんだもの。当たり前よ」
あー、私の認識がおかしいのか。
お母さんの言葉が耳に残る。
確かに王族に呪いをかけるなんて重罪だ。
処刑は避けられない。
でも、私の心には少しの棘が刺さる。
恨みを買ったのは事実だけど、その人の命を奪うって……。
前世は平民だった私からしたら、人の命を軽く扱うなんてまだ慣れない。
「まずは呪いをかけた人間を探しましょう。魔術師団と影の護衛を動かして」
魔術師は頷き、お母さんと部屋を出て行った。
さて、どうしようかな。
……まずは事情聴取かな。
◇◆◇
――アタマカユイ男爵家
「ってことなんだけど、律じゃないよね?」
「頼むからそろそろ常識を覚えろ。というか、なんで俺を疑うんだこのバカ野郎」
口が悪いな。
でも疑ったことは事実だ。
申し訳ないとは思ってるけど、正直に言うとめんどくさそうだから濁しておこう。
「バカ野郎って……失礼だね。そもそも私は疑ったんじゃない。確認しただけ」
「お茶を濁すな」
ちっ、バレたか。
律は紅茶を飲んで、深くため息をついた。
「俺を疑う前に怪しい人物をリスト化しろよ」
「えー、めんどくさい」
「はっ倒すぞ」
可愛い顔で怖いこと言わないでくださいよー。
リリアーナは可愛い主人公キャラなんだからー。
私に物語を書いた記憶はあまりないが、顔が可愛いから多分そう言う設定なんだろう。
「ところで、この間頼んだ調査ってどうなってる?」
「リディールの転生前の話か?残念だけど、王族の情報は流石に集めれなかった」
「どういうこと?」
「王族の情報を集めてみたいと父に打診したところ、見事に断られた。男爵家に王族を調べる権利はないらしい」
爵位を憎んだことがこれまで以上にあっただろうか。
あ、腐るほどあるわ。
階級差をなくすことは流石にできないからな。
というか、お父様私を自由にしすぎでは?
「りりあ、お前が自分で王宮の人に訊いたりすれば話が早いと俺は思う」
「でも、それはおかしくない?前の自分はどんなのかって急に訊くのは違和感すごいよ?」
「じゃあなんだ?お前がリディールに転生した理由、前世が思い出せない理由、リディールの記憶が完全とは言えない理由。これら全部が分からなくてもいいと?」
いや、よくはないけど……。
違和感持たれるのも嫌だしなぁ。
「アルカ殿下とかに訊けばいいんじゃないか?あの人、チョロいしいけるだろ」
「王太子になんてことを言うんだ」
「別にいいだろ。俺達この世界の人間じゃないし。日本みたいに王族は神!みたいな考えないし」
「いや、天皇陛下の人間宣言からは人間として平等に扱われてるから」
「だとしても天皇陛下に暴言吐いたら即炎上じゃん」
「そりゃそうだろ。アホか」
律は何考えてんだ。
当たり前なこと言いすぎだろ。
人間宣言してるけど目上の人なことには変わりないじゃん。
もしかして、律は会社の社長に向かって暴言吐いたことあるとか?
「天皇陛下に暴言吐いたら即炎上って……当然のことすぎない?というか、私、人間宣言のこともあんまり覚えてないんだけど」
「人間宣言以降、天皇は『神』じゃなくて『人間』として扱われてる。これはいいな?」
「うん」
「1946年の詔書で、昭和天皇が自ら神性を否定したんだ。マッカーサーに脅されたって俺は教わったけどな。まぁ、五箇条の御誓文で平和主義とか民生向上とか誓って、戦前の天皇制をぶっ壊した。あれで日本は本格的に民主化の道へ。平等に扱えって意味じゃ、確かにそう」
やばい、半分以上何言ってるかわかんない。
マッカーサーって誰だっけ?
五箇条の御誓文って何だっけ?
スマホがあれば即調べられるのに。
「律って意外と歴史オタク?それとも、前世で暇すぎてウィキペディア読み漁ってたの?」
「バカ言うな。転生直後から記憶がクリアだった俺の前世は、暇な時間に本読んでただけだ。お前みたいに、断片的で『あれ、私の名前なんだっけ?』とか言ってる奴とは違うんだよ。……まあ、だからこそお前の記憶の謎が気になってんだ。リディールの感情ゼロの記憶、前世のぼんやり感、転生のトリガー。全部繋がってる気がするだろ?」
「それはそう」
私は紅茶を飲んで、再び律を見た。
まぁ、私としては元兄がこんなに可愛い子になってるってのも気になるけど。
「そういえば、お前の言うババアはその後どうなったんだ?」
「え?処刑じゃない?知らんけど」
「一番の重要人物をコイツは……」
律はテーブルに肘をつき、呆れた顔で私を睨む。
リリアーナの可愛い顔でそんな目されると、なんか罪悪感が湧くんだよな。
「お前は作者だろ?ババアの末路くらい覚えておけよ」
「ババアの件は物語に書いてあったの?」
「いや?」
「じゃあ私が覚える義理ないじゃん」
私は紅茶をもう一口飲んで、肩をすくめる。
カップの縁がちょっと熱い。
「まぁ、王宮でババアのその後を調べてみるよ。魔術師団に頼めば、隣国追放後の記録とか出てくるかもだし」
「ババアが生きてるなら、そいつの可能性が高いぞ」
確かに。
いいことを教えてもらっちゃった。
私は立ち上がって、律に言った。
「助言ありがとう。ババアについて詳しく調べてみるね」
私は応接室を出て、すぐに馬車に乗り込んだ。
「…………ババアよりも怪しい女は他に一人いるけどな……」




