第七話 王宮大舞踏会①
「精霊伝説の話ですか?」
お父様の目が、少し遠くを見る。
執務室の窓から差し込む夕陽が少し眩しい。
精霊伝説、王族の起源か。
「精霊伝説、メッチャツオイ王国の建国神話。お前達も、幼い頃に聞いたはずだろ?」
お父様は机の引き出しから、古い巻物を引き出す。
羊皮紙みたいな質感で、埃を払うと金色のインクで描かれた精霊のイラストが浮かび上がる。
翼のある精霊と、人間の男の子が手を繋いでる絵。
「遥か昔、精霊王の妃の少女が地上に舞い降りた。しかし、魔物のいる地上は危険がたくさんで、少女は魔物に殺されかけた。そこで彼女は初代メッチャツオイ王国の王太子に助けられた。少女は優しい王太子に惚れ、彼と結婚した。精霊と人間の結婚は初めてだったが、二人は仲睦まじい夫婦として、世間に知れ渡った。しかし、二人の子供が生まれた時、精霊王が地上に舞い降りた。嫉妬に狂った精霊王は、王太子を妃の目の前で殺し、妃を精霊界へ連れて帰り、二度と人間界へ出られないように監禁した。以来、上位精霊は人間界から姿を消し、微精霊や下位精霊しか人間界にいなくなった」
「…………」
「…………」
お……。
おっもぉぉおおおお……。
精霊伝説ってもっとキャッキャウフフな話じゃないの?
バカ重いんだけど。
殺人、監禁って……。
いや、浮気した妃も悪いけど、殺すか?
普通。
「その後、残された二人の子供は国王となった。彼の中にある精霊の魔力は、これまで耐えることなく、どの王族にも現れ続けていた」
「その魔力で使える魔法がロックですか?」
「ああ、他にも使える魔法はあるが、扱いやすくて初歩的なものはロックだ」
へぇー、じゃあ私もロック使えるんだ。
「ところでお父様。精霊は不老不死と聞きますが、精霊王の妃はどうなったんですか?」
「恐らく、今も精霊界に閉じ込められているだろう」
お父様の言葉が、執務室の空気に冷たい霧のように広がる。
不老不死の精霊王が、永遠の嫉妬で妃を閉じ込めてるって……。
未だに監禁って、永遠の拷問じゃん。
私が書いたのは、恐らく現在の話のみ。
過去の話は作ってないから、欠陥を埋める修正力が新たな歴史を生み出したんだ。
執務室の空気が、重く沈む。
精霊王の嫉妬、永遠の監禁。
不老不死の呪いみたいな愛。
前世ならただ「可哀想」と思うだけだっただろう。
でも、これがこの世界の修正力が生み出した歴史だって思うと、背筋が寒くなる。
私の未完成な物語がこんな重い過去を自動生成して、みんなの運命を縛ってるなんて。
王族の特別な魔力。
精霊の血が混ざった、歪んだ遺産。
「リディール、どうした?顔色が悪いぞ」
お父様の声に、ハッと我に返る。
アルデーヌも、心配そうに私を見る。
「いえ、何でもないです。ただ……精霊王の妃、かわいそうだなって」
私は無理に笑顔を作る。
お父様は少し目を細め、静かに頷く。
「そうだな。伝説では、妃は今も精霊界で歌を歌い続けているという。嫉妬の檻の中で、地上の死んだ夫と子供達を想って」
歌を歌い続ける?
不老不死の孤独の中で、永遠に。
私の胸が、チクチク痛む。
前世のお母さんの声が、ふと蘇る。
『りりあ、ごめんね……お母さん、ちゃんと向き合えなかった……』
あの時、扉の向こうで泣いていたお母さん。
今、精霊界で歌う妃。
似てる。
愛を伝えられず、閉じ込められた想い。
「リディール王女殿下、大丈夫ですか?」
アルデーヌの手が、私の肩にそっと触れる。
「うん、ありがとう」
アルデーヌは少し照れくさそうに微笑む。
お父様は本をしまい、立ち上がる。
「まあ、伝説は伝説だ。過去に縛られるより、未来を変えるのが、王族の務めだ。さあ、大舞踏会だ。準備はいいか?」
私は頷き、アルデーヌと一緒に執務室を出る。
廊下を歩きながら、アルデーヌが小声で訊く。
「王女殿下、あの伝説……本当なんですかね?精霊王の妃が、まだ生きてるなんて」
「分からない。でも、もし本当なら救いたいな。永遠の監禁なんて拷問だよ」
「救う……ですか。俺の魔力で、精霊界に繋げられたらなぁ。知ってますか?異端児の魔力は、上位精霊に近いって言われているんです」
へぇ。
王族の特別な魔力と、異端児の溢れる魔力。
もしかして、繋がる?
「今は舞踏会のことを考えよう。私達がやるべきことは、まずそれだよ」
「そうですね」
◇◆◇
王宮大舞踏会は、予想以上に華やかだった。
大広間のシャンデリアが無数の星のように輝き、貴族たちのドレスが波のように揺れる。
私はアルデーヌのエスコートで、入場。
ペアルックの青いドレスが、二人を優しく包む。
周りの視線が熱いなぁ。
「王女殿下とアルデーヌ様、本当に美しいわ」
「異端児がこんなに輝くなんて」
でも、中には冷たい視線も。
過激派の貴族たちが、隅でグラスを傾け、ヒソヒソと囁き合う。
サカムケキニナル侯爵は、アズルクと穏やかに話している。
父子の和解は、舞踏会の噂の的だ。
「さて、舞踏会に来たはいいけど、まずは挨拶回りだよね」
「そうですね」
「あーあ、お父様とお母様は椅子に座っているだけで挨拶に来てくれるからいいなぁ」
アルデーヌにエスコートされながら、広間の端から端へ貴族達の輪を回る。
挨拶は王女の務めだけど……。
めんどっくせぇえぇぇええ。
「リディール王女殿下、アルデーヌ様。今宵は一段と輝いておられますわね」
カエルコワイ侯爵の妻が、優雅に扇子を振る。
スパールの妹、エステリーゼも隣で微笑んでいる。
あの時感じた違和感はまだ胸に残ってるけど、今は置いといて。
「ありがとうございます。侯爵夫人も、エステリーゼ様も宝石のようなドレスですね」
軽い世間話で切り抜けて次へ行く。
次はコロスーゾ公爵一家。
公爵は穏やかな笑顔で、私の手を取る。
「王女殿下、アルデーヌをエスコートに選んでくれてありがとう。息子も張り切ってるようだ」
「ち、父上!余計なことを言わないでください!!」
アルデーヌが少し赤くなる。
耳まで真っ赤になってる姿を見て、思わず笑いが漏れる。
「王女殿下、アルデーヌのダンスの練習は役に立ちましたか?息子は鏡の前で何度もリハーサルしてましたよ」
「父上!!もうやめてください!!」
アルデーヌの声が上ずって、広間の端で少し響く。
周りの貴族達が、クスクスと笑いを堪える。
嘲笑ではなく、単なる笑いだ。
ていうか可愛いな、この人。
異端児の天才で、魔法師団のエース候補なのにこういうところで慌てふためくなんて、ギャップ萌えだわ。
前世のヒキニートだった私からしたら、こんなイケメンが照れてる姿、反則級の癒し。
「ええ、完璧でした」
私はアルデーヌの腕を軽く叩いて、フォローする。
彼はますます赤くなって、視線を逸らす。
「……練習の成果が出せてよかったです」
公爵が肩を震わせて笑う。
「息子も王女殿下にメロメロだな。アルフィーアもきっと喜んでるよ」
アルフィーア夫人。
あの幽霊の優しい微笑みが脳裏に浮かぶ。
きっと、今も天から見守ってるんだろうな。
挨拶を終えて次へ。
オレサイキョー公爵一家。
フォーカスの父は、フォーカスをチラリと見て、私に深く頭を下げる。
「あれ、今回の舞踏会は参加してるんだね」
「久しぶりだな、リディール」




