第六話 王宮大舞踏会前②
律はテーブルに肘をつき、額を押さえて深く息を吐いた。
「……お前、リディールとしての記憶はあるか?」
「え?普通にあるけど?」
「じゃあ違うか」
え?
なになに?
リディールの記憶と私の記憶、何か関係があるの?
「あ、あんまり手掛かりじゃないかもだけど、リディールの記憶って感情が感じられないんだよね」
私がそう言うと、律が眉をピクリと動かした。
リディールとしての記憶はあるけど、本当に新聞を読んでいるように、必要な情報しかない。
リディールが何を感じたのか、どんな考えをしていたのか、私には全く読み取れない。
「まあ、もしかしたらあのババアのせいかもしれないけどね」
「ババア?ああ、革命派のメイドか」
「あ、知ってるの?」
「新聞になってたからな」
そんなに大事になってたんだ。
割と昔の話だったし、新聞とかにはならないと思ってたけどな。
結局あのババアは隣国へ追放されたらしい。
「で、それとリディールの感情、なんの関係があるんだよ」
「えっと、リディールはババアに昔の栄光を聞かされてたけど、本当はそんなことどうでもよかったの。本音を言えば、怒鳴られるし、地味な嫌がらせをされる。だから悪口も、過去の栄光も、否定せずに全部聞いていたの。多分、その時に感情を消しちゃったんじゃないかな?」
律はまた考えるような仕草をした。
私は律の考察が終わるまで紅茶でも飲んでようかな。
私はティーカップを持って、優雅に紅茶を飲み始めた。
窓に反射するリディールの姿はマジで綺麗だ。
推しになりそう。
「りりあ」
「なに?」
「それはおかしい」
「なんだよ、転生先のおなごを可愛がるくらいいいだろ」
「何言ってんだお前」
おっと、間違えた。
律がとんでもなく複雑な顔してるよ。
やらかしたー。
「ご、ごめん。それで、何がおかしいの?」
律は私を呆れたような顔で見た後、ため息をついて説明をしてくれた。
「感情をなくしたとしても、何も考えてないなんてあるか?」
「あー、ないかも」
行動するためには考えないといけないし、何より、リディールは王族教育も受けていた。
なら、何も考えていないのはおかしい。
「律やお母さんは、リリアーナや王妃様の記憶があるの?」
「しっかりある。感情も考えていたこともな」
じゃあおかしいな。
「そもそも、どういう原理で私達は王妃様やリリアーナ、リディールに転生したんだろう」
これは単なる疑問だ。
前世で徳を積んでいたわけでもない三人がこの世界に転生。
その時点で神様何してんねんって話だけど、生まれた時から私達はこの世界にいたわけじゃない。
途中から入ってきた他人にすぎない。
「……これは僕の考察だだけど、なんらかの拍子に俺達異世界人の魂がこっちの世界に飛んできて、瀕死の奴らの体に入ったんじゃないかと」
「え?瀕死?」
「ああ、瀕死だ」
おかしいな。
リディールは噴水に落ちて風邪を引いてただけのはずだけど……。
「王妃様も瀕死だったの?」
「そりゃそうだろ。革命派の人間に呪いをかけられて、今日が山だと言われていたところで、母さんの魂が入り回復したんだ」
「え?どうして回復したの?体は王妃様のものなのに」
「呪いは魂に刻まれるんだ。だから、母さんの魂と王妃の魂が融合したことによって、呪いが中和されて消えた。ちなみに俺は階段から足を滑らせて、頭をぶつけて死にかけていたリリアーナに転生した」
ああ、納得。
でも、おかしいところがある。
二人は瀕死の体に転生している。
私は風邪を引いただけ。
確かに風は高熱であれば高熱であるほど辛いけど、死に至るほどではないはず。
「リディールは瀕死じゃなかった……」
「おい、嘘だろ。じゃあ、なぜお前はリディールに転生したんだ?」
「分かんない」
謎は深まるばかりだ。
リディールに転生した理由、私の前世が曖昧な理由、リディールの記憶に感情がない理由。
「まあ、この理論が正しいかは分からないけどな。あんまり深入りするなよ」
律は私の頭を優しく叩いて、微笑んだ。
その後、用事を済ませたわたしは帰りの馬車に乗ろうとした。
その時、本題を思い出した。
お見送りしに出てきてくれた律の方を振り返って、私は訊いた。
「律、恋愛小説って持ってる?」
律はあからさまに嫌な顔をした。
「は?恋愛小説?持ってるわけねぇだろ」
予想通りすぎる回答に笑いそうになってしまった。
◇◆◇
「リディール・セア・メッチャツオイ……。今度こそ……。今度こそは……!」
◇◆◇
――王宮大舞踏会当日
「お父様!」
「陛下!」
「「この間の魔法について詳しく教えてください!!」」
私とドレスに着替えた後、アルデーヌと合流して、お父様に挨拶をしにきた。
つもりだったが、ここに来る途中でこの間のお父様の魔法について話が盛り上がってしまってこうなった。
お父様は明らかに引いた顔をしている。
お母さんは苦笑いをしている。
「大舞踏会の日になってもお前達は別の方向に頑張る理由を知りたい」
「だって、どうしても気になるんですよ。ロックなんて魔法はないですよね。それに、精霊への呼びかけもしてないし」
精霊への呼びかけ。
それは、「〜の精霊よ、我が呼びかけに応えよ」
要はこれである↑
この世界の魔法は、体内にある魔力と、それぞれの属性の精霊の力を借りて使えるようになるものだ。
だから、精霊への呼びかけはやらなければならないものだ。
それもなしでお父様はロックという魔法を使ったんだ。
お父様の顔が、ますます引きつってる。
でも、そんなの無駄だ。
アルデーヌの目はキラキラしてるし、私も好奇心が爆発寸前。
引き返すなんてできない。
だって、精霊呼びかけなしで魔法発動って、物理法則違反じゃん!?
「陛下、あのロック魔法……まさか、禁忌の領域ですか??精霊を介さず、直接魔力を空間に固定するなんて、理論上不可能のはずですけど??」
アルデーヌの声は本気モードだ。
魔法師団のエース候補だけあって、分析力ハンパない。
こっちはただの八歳の体に十八の魂だから、詳しい理論はリディールの記憶頼みだけど、それでもおかしいって感覚は共有できる。
お父様はため息をついて、執務室の椅子にどっかり座った。
その姿は威厳たっぷりなのに、目が「めんどくせぇ」って言ってる。
「……まあ、いいだろう。大舞踏会の前に、少しだけ教えてやるか。お前達がこれ以上暴走しないようにな」
「暴走じゃありません!純粋な学問的興味です!」
私は即座に抗議した。
「私達王族には一般的な人とは違う特別な魔力があるんだ。一般的な人と使う魔法は同じだけど、質は違う」
お父様の言葉が、執務室の空気を少しだけ柔らかくした。
特別な魔力?
王族の血統が、ただの飾りじゃないってこと?
「質が違うってどういうことですか?精霊の親和性が高いんですか?それとも、魔力の波長が違う?」
アルデーヌが身を乗り出してお父様を質問攻めにする。
国王にそんなことしてもいいのかな?
「私達王族の伝説は知っているか?」




