第二話 過去と向き合い未来を見ます
「お前はリディールだろ?転生前がクソだったって言うなら、この世界で変わったお前が本物だ。俺が知ってるのは、異端児のガキを笑顔にしたり、革命派の俺達に戦う気をなくさせるお前だ。他の誰でもない。リディールって名前がついてるお前だよ。偽物じゃない。トラウマが呪いだって思うなら、俺も同じだ。あいつは夢によく出てくる。血まみれで、『お前のせいで』って言ってくる。でも、お前がシリルがそんなやつじゃないことを思い出させてくれた。お前は俺の呪を解いたんだ。それが偽物か?」
「でも、私はリディールじゃなくて……」
「だから何だ?俺が感謝してるのはリディールじゃない。お前だ。母親殺したあのガキだって、お前に救われたんだろ?リディールが救ったんじゃない。名前がどうだろうが、体がどうだろうが、心がどうだろうがなんでもいい。お前は、お前だ。 偽物じゃねえよ。本物だ」
アズルクの言葉が、胸の霧を少しずつ晴らす。
灰色の世界が、ほんのり色づく。
母との記憶が偽物じゃなく、本物の記憶として蘇る。
かくれんぼの笑い声が、遠くじゃなく、近くに聞こえる。
私の目から大粒の涙が流れた。
「アズルク……ありがとう。私、怖かったの。でも、あなたの言う通りかも。私が……この世界を変えてるんだよね。リディールとしてじゃなくて、私として」
「ああ」
「みんなが愛しているのは、私でもあり、リディールでもあるんだ」
私が呟くと、アズルクは微笑んだ。
その笑顔で、世界がまた色づいていく。
私はアズルクに抱きついた。
「ありがとう!アズルク……!!」
アズルクは優しく私の頭を撫でた。
私はその後、いつもの調子に戻り、夕飯を食べて眠りについた。
◇◆◇
これは、夢の続き……?
私は夕方見た夢と同じ場所にいた。
腫れた目が、私をまっすぐ見つめている。
お母さんは立ち上がって私を抱きしめた。
私達のいた場所は、薄暗い廊下から美しい花畑に変わった。
「こんなところにいたのね」
「お、お母さ――」
「……ごめんね。私、ずっと謝りたかったの。あの時、あなたの夢を否定したみたいになったけど、本当は違うの」
お母さんは私の目をまっすぐ見て言った。
今まで向き合おうともしなかった母の言葉を、私は黙って聞いた。
「あの時、怖かったの。あなたが失敗したら、私が支えられないって。夫も、長男も次男も守れなかった。だから怖かった。『関係ない』って言われて、胸が張り裂けそうで、八つ当たりしちゃった。でも、愛してたの。あなたは私の娘よ。血がつながってなくても、あなたは私のすべてだった」
お母さんの言葉が、胸の奥に染み込む。
花畑の風が優しく髪を揺らす。
夢の世界が温かな光で満ちていく。
「お母さん……私も、ごめん。引きこもって、向き合えなくて。愛されてたのに、信じられなくて。夢を否定されたと思って、世界が灰色になって……。新しい世界に来て、変われたのに、まだ怖かったの。あなたが、私を愛してくれてたって、後付けだって思っちゃって」
私は母の胸に顔をうずめる。
涙が止まらない。
お母さんは私の背中を優しく撫で、震える声で続ける。
「後付けなんかじゃないわ。あの時も、今も、ずっと愛してたの。妹の死、息子たちのこと、全部重くてあなたに当たっちゃった。許してとは言わない。でも、生きて。愛されて」
私達は、この時許し合えた。
それからしばらく、お母さんと話をした。
前世の幼い日々の記憶、転生したこと、全部全部を。
花畑の風が、穏やかに吹き抜ける。
花びらが、足元で優しく舞う。
「お母さん、私、またお母さんと会えてよかった」
「私もよ」
お母さんが微笑むと、お母さんの姿が薄くなり始めた。
「時間ね」
「…………」
目覚めたくない。
お母さんともっと話していたい。
お母さんはうつむく私の頬に手を当てた。
「新しい世界で、周りの人の愛を信じて」
私はお母さんの手に頰を寄せてうなずく。
あ、名前を聞きたいな。
「お母さん、私、名前を忘れちゃったの」
「無理ないわ。あんな死に方をしたんだもの」
「……?」
「あなたの名前は――」
◇◆◇
私は目を覚ました。
私の名前……。
私は飛び起きて、王妃の部屋に向かった。
廊下を走る足音が、王宮の静かな夜に響く。
メイド達が驚いた顔で私を見るけど、構わず進む。
夢の母の言葉が、頭の中で繰り返される。
しっかり聞こえた私の名前。
そうだ、私の名前は……。
王妃の部屋の扉を、ノックもせずに開ける。
小百合さんはベッドで上半身を起こして、目をこすっていた。
月光が、彼女の顔を優しく照らす。
「リディール……どうしたの? こんな夜遅くに」
私は息を切らして、小百合さんに抱きつく。
涙がまた零れそうになるのを、ぐっと堪える。
「お母さん……」
「リ、リディール……?どうしたの?」
「私、名前を思い出したよ」
「……?そうなの……?」
「私の名前はりりあ」
「……っ!!」
「雛田りりあ」
お母さんはぎこちない腕の動きで、私を抱きしめ返した。
私の肩に温かい水が落ちてきた。
「りりあはあなただったのね……」
お母さんの声が、震えながら私の耳に届く。
ぎこちない抱擁が、だんだん強く温かくなる。
雛田りりあ……。
夢の中でお母さんが呼んだ名前が、私の前世のものだった。
部屋が温かな光に包まれる。
◇◆◇
――数日後
前世の死因とかはお母さんに聞いて知っているけど、完全に記憶を思い出したわけじゃないんだよなぁ……。
「リディール」
「わぁぁああああ!!び、びっくりした……」
「相変わらずいい反応するな」
「気配消して背後取らないで!アズルク!!」
アズルクはニヤニヤしながら私の頭をポンポンとした。
なにがしたいのか分からないな。
「ところで、リディールは何をしてるんだ?」
「仕事よ」
私は机の上の書類をめくりながらため息をつく。
アズルクの頭ポンポン攻撃が、なんだか子供扱いされてるみたいでムカつくけど嫌じゃない。
転生して以来、こんな風に気軽に私に触れる人は少ないんだよね。
お母さんの愛を思い出した今、みんなの触れ合いが温かく感じる。
「仕事ねえ……。お前まだ子供だろ」
「体は八歳、心は十八歳だけどね。私、王女として色々してるから、それなりに仕事が回ってくるの」
「回ってくる仕事って、異端児保護法の改正案か?」
「うん、今のままままだと、欠点がありすぎるから」
過激派は野放しになってるし、魔力を放出し過ぎで魔法師団の塔の部屋が破壊されたりする事件が起きている。
大変だ……。
アズルクが頬を引き攣らせて言った。
「 お前、マジで休まねえな。昨夜の夢でトラウマ解消したばっかだろ?名前も思い出したってのに」
アズルクの言葉に、ドキッとする。
昨夜、王妃の部屋でりりあとしてお母さんと許し合ったこと、言ってないはずなのに……。
この男、耳がいいのか?
それとも勘がいいのか?
「アズルク……どうして知ってるの?まさか……」




