第一話 過去と向き合うのには勇気がいります
気がつくと、私は前世の家の中にいた。
これは夢?
狭いアパートの私の部屋の前。
扉の前で、膝をついて扉に話しかけるお母さん
「××……!お母さん、悪かったから……話聞いて!」
母の声。
煩わしい、嫌いだった声。
転生しても、消えない影と声。
お母さんの疲れた目と乱れた髪。
「ごめんね。お母さん、ちゃんと向き合えなかった。あなたのこと、愛してたのに、伝えられなくて……」
母の言葉が、胸に刺さる。
狭いアパートの廊下、埃っぽい空気。
知らなかった。
お母さんはこんなに私を思ってくれていたのか。
「××……」
いや、これは夢だ。
絆されちゃダメだ。
はっきり言われたじゃない。
突き放されたじゃない。
都合のいい話、あるはずない。
これは夢。
幻だ。
愛してた?
そんなの嘘だ。
都合のいい後付けの贖罪だ。
「許してとは言わない。だから顔を見せて」
「なんで?だってあなたは私が邪魔だったんでしょ?」
「お願い、あなたの夢を否定したつもりはなかったの」
「はっきり言ってたじゃない。無理だって」
「××!!」
「うるさい!!」
私の叫びが、狭い廊下に響く。
母の膝をついた姿が、ぼやけて、涙で歪む。
はっきり突き放された痛みが、いまだに胸を締め付ける。
「愛?それは嘘だったんでしょ!?私の夢、無理だって否定したじゃない!好物を作ってくれても、一緒にかくれんぼしても、あなたは結局突き放した!こんなの後付けの、都合のいい話だよ!」
夢を否定された瞬間、世界が灰色になった。
お母さんがゆっくり顔を上げる。
赤く腫れた目が、私をまっすぐ見つめる。
どうして、そんな顔をしてるの?
お母さん。
「り――」
◇◆◇
私は勢いよく起き上がった。
呼吸は乱れ、目から涙が伝う。
柔らかいベッドの感触が、体を支えている。
自分の部屋だ。
窓から差し込む夕日が、カーテンを優しく揺らし、今朝の疲れを思い起こさせる。
疲れて眠ってしまったのかな。
母の顔が、頭から離れない。
腫れた目、膝をついた姿。
「り――」って、何を言おうとしたの?
私の名前?
それとも別の誰か?
そんな疑問が胸をざわつかせるけど、今は口にできない。
「王女様ー!俺が来てやったぞー!!」
音を立てて扉を開けて部屋に入ってきたのはアズルクだ。
なんでいるんだろう。
「なぜ、使用人の格好を?」
「知らん。なんか使用人として働けって言われた」
「重要なところを知らんで済ませるな」
「……様子が変だな」
「なんでそう思うの?」
「目が死んでる」
この人は私をよく見てたんだな。
出会って間もないのに、様子が変なことに気づくなんて。
「目が死んでる、か……。そんなにわかりやすい?」
私はベッドの上で膝を抱え、苦笑する。
涙の跡がまだ頰に残ってるのを感じて、慌てて袖で拭う。
アズルクはトレイをテーブルに置き、ベッドの端にどっかり座る。
使用人らしからぬ態度だけど、王宮のルールなんか彼には関係ないみたい。
「当たり前だろ。昨日、俺達を説得して剣を落とさせたとき、目が輝いてた。なのに今朝は、まるで幽霊みたいな目をしてる。夢か?それとも、俺のせいか?誘拐した罪滅ぼしに来たのに、余計に傷つけたか?」
彼の声は、低くて優しい。
親友を失った男の目が、私の心を覗き込むみたい。
私は首を振った。
愛されてたのに、否定された痛み。
突き放された瞬間、世界が灰色になった感覚。
アズルクもきっと同じだ。
父に裏切られ、シリルさんを失って、貴族社会を憎んだ。
復讐の炎で、心を焼いてた。
「……アズルク、私が別の世界から来たって言ったら信じる?」
自分でもびっくりするくらい自然に言葉がぽろりと零れ落ちる。
昨夜の夢の余韻か、それともアズルクの目が私の心の壁を溶かしたのか。
なぜかこの人には、なぜか話したくなる。
アズルクは、ベッドの端で動きを止める。
トレイの紅茶が、かすかに湯気を立ててる。
彼はゆっくり顔を上げ、私の目をまっすぐ見つめる。
「別の世界……?輪廻転生、みたいな話か?……信じないわけじゃないな。お前みたいなボンボンが、異端児を救ったり、革命派の俺達を説得したりするなんて、普通じゃありえないからな」
彼の声は低くて、からかうようで、でも本気だった。
私は膝を抱えたまま、息を吐く。
「本当のことなの。私は……この世界の人間じゃない」
「……」
「前世で、クソみたいな人生を送ってた。家族を傷つけて、傷つけられた。だからと言ったら良くないかもだけど、自分を愛せなくなって、部屋に引きこもった。気づいたらこの世界にいて、リディールになってたの。転生できて、嬉しかったけど、前世のトラウマが呪のように蘇っていくの。だからこの世界で与えられたものも全部偽物みたいに感じちゃって……」
言葉が止まらない。
私はベッドのシーツを強く握りしめる。
涙がまた零れ落ちて、シーツに染み込む。
人の前でこんなに弱い自分を見せるなんて初めてだ。
被っていた王女の仮面を脱ぎ捨てて、ただのクソヒキニートに戻ったみたい。
「この世界の人達が愛してるのはリデールであって、私じゃない」
「それは違うだろ」
アズルクの言葉が部屋に低く響く。
からかうような調子じゃなく、真剣だ。
彼はベッドの端から少し身を乗り出し、私の目をまっすぐ見つめる。
「違うって……どういう意味?」
私はシーツを握る手を緩め、涙で濡れた視線を上げる。
怖い。
否定されるのが怖い。




