第四十一話 剣術
第四十一話 剣術
サイド 矢橋 翔太
「の、おぉ……!」
迫りくる斬撃を必死に避け、時には手に持った『棒』をぶつけに行く。
だが、こちらから当てに行けばのらりくらりと避けられる。その瞬間、直感に反応があった。
考えるより先に足を引けば、『彼女』の足が空振りする所だった。
チャンス……!
銀髪をたなびかせた彼女の肩に一撃を入れようとして――。
「なぁ!?」
突然視界が白くなった。強い光を浴びたのか?
視覚が封じられるが、直感は生きている。自分の襟に手が伸ばされているのに気づき、それを払いのけようと左手を動かす。
だが、指先が触れる直前に手首を掴まれた。直感も反応したが間に合わない!
咄嗟に腰を落とし踏ん張ろうとするが、膝裏に衝撃。続けて胸を剣の柄で殴られてバランスを崩し、後頭部から地面に倒れた。
「いった……くはないけど……」
回復した視界に飛び込んできたのは、突き付けられた切っ先。自分には刺さらないとわかっていても、思わず血の気が引く。
だが、陽光でキラリと光る刀身を見て自分の目がくらんだ理由がわかった。これで日の光を反射させたのだ。本当に器用だな、この人。
「前よりももったね、翔太君」
「それはどうも……」
剣が離れてようやく一息をつき、差し出された手をとって立ち上がった。
白く、そして華奢な掌。武骨な剣を握っていたとは思えない少女の手だが、その持ち主に自分は今しがた敗北したわけだ。
「やっぱ強いな、アミティエさん」
「それほどでもあるかな?」
ニッコリと笑うアミティエさんに、こちらも苦笑で返す。
この世界に来て『二ヶ月』。イノセクト村を出て一カ月ほどが経つ。自分達は新たなシャイニング卿の隠れ家を探して旅を続けていた。
今しがたしていたのは、旅の合間に行う訓練である。
というのも、だ。
「けど翔太君はすごく成長したよ。最初は自分の剣で爪先を怪我していたのに」
自分、素人ですから……。
言い訳をさせてほしい。こっちは剣道どころか真剣を握ったのすら異世界が初めてだ。そんなんが始めっから華麗な太刀筋なんて振るえるわけもない。
と、いうわけで専門ではないらしいが、それでも経験者なアミティエさんに習っている。
「じゃ、もう一本やってから素振りしようか」
「おす……お願いします」
十歩分離れてから互いに武器を構える。
勝利条件は、アミティエさんの場合『俺の急所に剣を強く当てる』事。俺の方は『体のどこでもいいから木の棒で叩く。あるいは剣にぶつける』だ。
どう見ても自分が有利なルールだが、リスクを負っているのはアミティエさんだ。なんせ、こちらは彼女の全力の斬撃でも傷一つつかないが、自分の膂力で振るわれた棒は人の骨を折る。
なお、現在彼女はかすり傷すら負っていない。つえぇ……。
「ホムラさん。合図をお願いします」
「ん?じゃあ、はじめー」
やる気のない掛け声に合わせて、強く踏み込む。距離はその一足でなくなり、彼女が動くよりも早く木の棒を振り下ろす。
最初の頃の様な手加減はない。首から上を狙わない以外は全力だ。
両手で握った木の棒が彼女の肩に迫るが、するりとズレるような動きで躱された。
だがそれは想定内。腕ではなく腰を回す感覚で上体を振り回し、強引に棒の軌道を変えた。
アミティエさんの腿狙いの一撃。これなら……!
だが、当たる寸前で直感に反応。しかし対応する前に膝の横を蹴られた。
彼女の膂力では自分の体をどうこうする事はできない。倒れる事もなければ、バランスを崩す事もない。
ただ、軌道は逸れた。木の棒が地面に当たり先端が折れる。
「あっ」
それに気が逸れたうちに彼女が距離をとった。仕切り直しか。
「じゃ、行くね?」
両手で片手半剣を肩に担ぐように構え、彼女が駆ける。
落ち着け。落ち着いて視ればアミティエさんの動きは十分に目で追える。この体の動体視力は、飛んでくる矢に書かれた文字だって読めるほどだ。
だが注意すべきは『ミスディレクション』。こちらの視線や瞬きを利用して、距離を詰めてくる。
だから、冷静に棒を振るえば、当たる。
「え?」
空ぶった。
おかしい。目では確かに姿を捉えていた。だというのに先端の半歩先に彼女はいて、剣を振りかぶっている。
「のぉ!?」
慌てて半身になり回避。肩をかすめるが、これぐらいなら許容範囲。
すぐさま棒を持ちなおそうとするが、突然足がもつれた。遅れて、彼女が剣をこちらの足目掛けて投げ捨てたのだと気付く。
直感が危機を告げるが、咄嗟に転ぶまいと力んだせいで間に合わない。
気が付けば自分はぶん投げられ、腰から木の幹にぶつかり上下逆転した景色を見る羽目になっていた。
「うそーん……」
呆然とする自分の鼻先に剣が止まる。
「ウチの勝ち。よく見るのはいいけど、見過ぎるのはだめだよ?距離感を誤魔化せちゃう」
「いやそんなんできるの貴女ぐらいでは?」
「スタンクさんやオトンもやってたよ?」
「傭兵こわ……」
剣を傍に置き、アミティエさんがしゃがんでこちらに視線を向けてくる。
おお……このアングル。アミティエさんの乳が膝に圧迫されている様が良く見える……!
「本当に強くなったよ。何度もひやひやした」
「それでも一撃も入れられないんですが、それは」
「あともう少し続ければ当てられるよ。それに、殺し合いなら君の方が強い」
いや、ルール無用にした場合アミティエさんが何してくるかわからな過ぎて怖いんだけど。
それにしても、本当に勝てない。
前に、むきになって眼帯の方から仕掛けようとしたら『読んでた』と対応され。なら眼帯の方にフェイントかけてから右目の方にってしたら『小細工は三年早い』と投げ飛ばされた。
「本当にすごい成長スピード。体づくりが必要ない上に、感覚も鋭い。あとは『噛み合え』ば伸びるよ」
「噛み合う?」
「うん。翔太君、『頭』と『視覚』と『感覚』……いや、『直感』だっけ?それがバラバラなんだもの」
「バラバラ……」
少し考えて、確かにと結論を出す。
「さっきの模擬戦。最後に変な風に空ぶった気がするんだけど」
「正にそれだね。目がいいから、ウチの軌道が読めた。けどそれがこっちもわかっていたから緩急をつけて距離感を狂わせたんだ。けれど君の直感はちゃんとウチの場所を捉えていた」
「まったく違う結論を出した二つが、余計に混乱を招いたと」
「だね。『当て勘』『避け勘』ってあるけど、それが最初から高水準である弊害かな?」
「けど、直感に頼ったら腕を掴まれたんだけど……」
「ん?ああ、一個前の模擬戦か。あれはウチ自身も翔太君の手が伸びてくるまでは襟を掴む気でいたよ?ただ、こっちも勘で切り替えた。君は直感に頼る時大雑把な動きになりがちだからね。意外と簡単に掴めるよ?」
「マジかぁ……ちなみに頭が嚙み合わないのは?」
「単純に経験不足。一生懸命ウチの全身を見ようとしているけど、ここぞという時に視野が狭くなる。後は意識が相手の武器に向かい過ぎかな?」
「うす……」
「じゃ、素振りしよっか」
「うす……」
納得はした。が、すぐに実践できそうもない。
どうにかしなくちゃなぁ、と思いながら、彼女から剣を返してもらって素振りを始めた。
「本当に真面目だねぇ……よく続けられるわ」
結界を貼り終えたホムラさんが少し呆れた様にこちらを見てくる。
「いや。だって死にたくないですし」
「その理由はわかるけど。ぶっちゃけきつくない?」
「それはウチも心配してるかな」
はて。と首を傾げるが、アミティエさんは不安げに顔をしかめる。
「だって……同世代の女子にこうも負け続けると、やめちゃう子は多いから。小さい頃村の子達と訓練していた時に、そういう事あったし……」
「アミティエちゃんは悪くないさ。男ってのは面倒な生き物なんだよ」
うんうんと頷いた後、ホムラさんが改めてこちらに目を向けてくる。
「普通に剣道を習うだけだって、やめちゃう奴多いって聞くじゃん?」
「そりゃあ普通じゃない状況ですからね。俺ら」
自分だって日本にいた頃、漫画やアニメの影響で『強くなりたい!』と思う事はあっても、部活や道場に入る事はなかった。
だが、今はそうも言っていられない。
「強くないと死ぬ。死ぬのは嫌です」
もしも、アミティエさんレベルの剣士が敵として現れたら?もしその剣士が自分を殺せるぐらいの武器を持っていたら?
考えるだけでぞっとする。この世界に来て、死のイメージというやつが強くなった。
人は死ぬのだ。自分だって例外じゃない。
「ウチも同感かな……敵が都合よく自分に合った強さなんて事、滅多にない」
アミティエさんが左目をそっと押さえる。
なんとも言えない沈黙が流れた。
「あ、脇広がってるよ?もう少しとじようか」
「え、ごめん」
「今度はしめすぎだね。ゆっくり振ろう」
そう言ってアミティエさんが後ろから自分の腕に触れてくる。
必然、彼女の体が俺の背に押し付けらられた。たっぷりとした乳肉が広がっていくのを感じる。
柔らかい。それでいて押し返してくる感覚。すげぇ……!
「じゃあ、少しだけウチと一緒に振ろうか」
「はい!!!」
「……男ってやつは単純な時もあるんだよ」
「これで稽古を続けてくれるなら、いいかなって」
視線が、痛い。
* * *
「そういやお前らさ、静かじゃない?」
「はい?」
夜、焚火を囲んでアミティエさんが作ってくれた鍋を食べている時にホムラさんがそんな事を言ってきた。
「口に物が入っている時は喋ったらダメでしょ」
「そうだよ?食事中は三番目ぐらいに奇襲を受けやすいんだから、耳はフリーじゃないと」
「え、そこ?」
「その返しは予想外だったわ」
やっぱこの世界殺伐過ぎない?というか一番目と二番目ってなに?
「まあ、とにかく。食事じゃなくって剣の稽古中?打ち合っている時とか?」
「あー」
確かに。自分としても剣を振る時って『いええええええ!』とか『どらぁああああ!』って叫ぶイメージがある。テレビで見る剣道ってそんな感じだし、アニメでもよく叫んでいる。
ただまあ、西洋式というか。地球にいた頃でも西洋の方だとあんまり叫ばないらしいのだ。武器を振るう時。
「まあ相手を怖がらせたり、驚かせたりする時にはやるかな?それ以外で叫ぶのは、大抵が新兵ってオトンが言ってた」
「あ、そうなんだ?」
「うん。怖がらせる為に戦場でよくスタンクさんは叫ぶらしいけど」
そりゃ怖いだろうよ。なんなら普通に立っているだけで怖いわ、あの人。
身長二メートル前後の筋肉モリモリマッチョマンの傭兵だぞ?日本にいた頃なら全力で逃げるわ。
「けどさ。ほら、示現流だっけ?なんかそういうのあるじゃん」
「じげんりゅう?」
「俺らがいた国で昔使われていた剣術の一つだよ」
「なるほど?」
「はーん?昔じゃありませんがー?現役ですがー?」
ホムラさんが口をへの字にして抗議しだす。
「え、もしかして経験者ですか?」
「おうともー!一週間の稽古を受けた剣士だぞ?」
「はは、寝言は寝て言ってください」
「辛辣ぅ!?」
三日坊主二人分ちょいで剣士とかまともな剣道部員が聴いたら竹刀とはいかずとも蹴りが飛んでくるぞ。いやマジで。
「そのじげんりゅうって言うのは、どういう剣術なの?」
「一撃必殺!最初の一撃に全てを込めて叩き込むのさ!」
「それ一撃しのがれたら死ぬのでは?」
「……一撃で勝てばヨシ!」
「よしじゃねえよ」
こっちは別に剣に生き剣に死すとかそういうんじゃないんだよ。
「俺、あくまで剣は道具としか思ってないんで……」
「それがいいよ。剣も剣術もあくまで手段。それを目的にしたら碌な事ないからね」
うんうんと頷くアミティエさん。まあ傭兵的にはそうだろうなと。
極論、勝てばいいのだ。自分の場合の勝利とは、『生き残る』事。自分は武士でも騎士でもない。
「けどさー。アレじゃん。シャッター効果だっけ?凄い力が出るやつ」
「しゃったー?」
「……シャウト効果の事言ってます?」
「そうそれ!」
シャウト効果。自分も詳しくは知らないが、『叫ぶ事で筋肉の限界を引き出す』だったか?
偶にテニス選手や砲丸投げの選手が、打球や投擲の時に滅茶苦茶叫ぶやつ。
「あんな感じでさ。翔太もこう、必殺技とかどうよ」
「えー……けど『リミッターを外す』って怖くないですか?」
「――は?」
たしか、アレって火事場の馬鹿力を瞬間的に意識して出すものだとテレビで聞いた気がする。
けどリミッターがかかっているのは必要だからだ。人の体はそこまで頑丈じゃない。
「いやいや。何も常にシャウトしてろとは言ってねえよ?」
「そもそも素人が簡単にリミッター解除できるわけないじゃないですか」
「それもそっかー。私なりに翔太のパワーアッププラン考えたんだけどなぁ」
「……いや。さては漫画で見た技を思い出して俺にやらせようとしてるでしょ」
「ちちちち、違うしー?真剣に考えた結果だしー?」
カチャリと、音がする。
「え?」
アミティエさんが俺の剣を握っていたのだ。
鞘に収まったまま、逆手でただ柄を握っている。視線は落としたままでこちらを見ておらず、引き抜く様子もない。
「……敵襲か?」
「マジかよ……どこから」
なんにせよアミティエさんが武器に触れた。つまり、何かしらの危険が近くにいる。
前に、大型の猪がキャンプの近くを通った時も自分の直感と彼女の耳が同時に反応した。
今回は自分の直感が反応していないが、彼女がアクションを起こしたという事は危険があるのだろう。
「ちゃう」
「え?」
「ちゃう。剣は、抜かんで」
いつになく震えた声の彼女に困惑するが、答えは返ってこない。
それから数分後。呼吸を整える様にアミティエさんが深く息を吐いて、顔を上げた。
その顔は、いつも通りの笑顔。
「ごめんなぁ。ちょっと立ち眩みならぬ座りくらみしてもうてな?咄嗟に手を伸ばしたら剣に触れてもうた」
「……わかった」
明らかに違う。だが、彼女がそういう事にしたいならそうしよう。
「それより、もう寝る準備しよか。見張りの順番はいつものでええ?」
「わかった。片付けるから、アミティエさんはゆっくりしていて」
「そんな、気にせんでええのに。目がくらんだゆうても、大した事あらへん」
「いいっていいって。アミティエちゃんはゆっくりしていて」
「ん……それなら、お願いな?」
ホムラさんと少しだけ目くばせする。
アミティエさんがここまでわかり易く動揺したのは初めてだ。たぶん、今自分が似非関西弁を喋っているのすら気づいていない。
……いいや。これと同じぐらい動揺している姿を一度だけ見た事がある。
『どうして、ウチだけ生き残ってしまったんや……』
今はきっと、聞くべきではないのだろう。
何事もなく夜を過ごす。
次の行き先は国境近くにある山の奥。この戸籍すら碌に管理されていない世界では、何が起きるかわからない場所だ。
今は、ゆっくりと休もう。
読んで頂きありがとうございます。
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今年最後の投稿となります。ここまでありがとうございました。どうか来年もよろしくお願いいたします。




