第三十三話 命の重さ
第三十三話 命の重さ
サイド 矢橋 翔太
人は時に、『奇跡』と出会う。
それは劇的な出会いな時もあれば、日常のふとした拍子である事もある。ただ言えるのは、きっとそんな素敵な出会いを完璧に予想するなんて不可能だってだけ。
だからこそ、『一期一会』という言葉が胸にしみるのだ。
「いち、に、さん、し……」
おっぱい。
何が起きているのか、端的に言おう。エイミーさんがラジオ体操をしているのだ。
そう、あのドスケベボディの持ち主である美女がその乳尻に頓着する事もなく、淡々と体を動かしている。
たゆん、ぶるんと震える乳。時折ぐっと突き出される臀部。なるほど……。
「これが、淫魔……!」
「違うと思う」
思わず呟いた言葉にえらく冷めた声が投げかけられた。
いけない、口に出してしまっていたのか。ただでさえこの場の男女比は偏っている……いや約二名どっちに判定していいのかわからんが、とにかく旅の仲間に軽蔑されるのはまずい。
というか俺のガラスハートが耐えられない。
「いや違うんすよ。寝ぼけてたんですよ。朝ですから。そう、朝だからしょうがないんですよ」
「まあ、いいじゃない……」
やたら冷たいホムラさん。だがその苛立ちというか、嫌悪感はどちらかと言えば自分ではなくエイミーさんに向いている気がする。
この人の異世界人嫌いも筋金入りというか、マジで日常生活に支障をきたすレベルだな。
どこかで、改善とまではいかなくとも取り繕えるぐらいにはなって貰った方が……いや自分はカウンセラーでもないし、下手をしたら逆効果かも……。
「翔太君」
「はい?」
突然肩を優しく叩かれ、振り返ればアミティエさんがいた。
「その……男の子だし、しょうがいないと思うけど。ほどほどにね?」
「はい……」
蚊の鳴くように小声で返す。
辛い。糾弾や軽蔑の視線も辛いけど、この『大丈夫。わかっているよ』という視線が何より辛い。
かつては開いてはならない扉が開きかけていたが、改めてくると心にナイフがぶっ刺さっていた。
「ごー、ろく、しち、はち……」
それはそうと、あの変な事はしていないのにエッチなビデオを見ている気分にさせる人はなんなんだろうね。
* * *
あの後持ち込んでいた食料で軽い朝食をとり、今日の方針を決める。
といっても、詳しく決めるのはできない。なんせ情報が足りないのだ。なので今日はその情報をとりに行く。
「マジで行くの……?」
引きつった顔のホムラさんに、思わず苦笑を浮べる。
「いや気持ちはわかりますが、もう少し肩の力を抜いてもらえると」
「だってさー。やっぱ燃やした方がいいって。絶対にそのベルガーってやつ危ない奴だよ」
「そうは言いましても、病院を燃やすのはちょっと」
そう、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う様に、とりあえず例の城に行く事にしたのだ。
あの虫……エイミーさん曰く『G5』とやら。アレの機能を停止させる必要がある。その設備があった研究所が存在した場所に、ちょうどベルガーの城がある。
他の情報も合わせると怪しい。が、だからと言って確証もなしに殴りかかるのは野盗のする事。いくらなんでも良心が痛むし、余計なもめ事はごめんだ。
……人型の何かを、切り伏せるのはもう十分だ。
「ふむ。であれば、君は廃屋に残ればいいのではないか?無理についてくる必要もないのだよ」
「……いいや。私抜きであんたの作ったG5に二人が襲われたら危険だ。絶対に別行動はしない」
無表情で問いかけたエイミーさんに、硬い表情でホムラさんが返す。
やべぇ、マジで空気が重い。
「エイミーさん。ホムラさんは戦闘ではとても頼りになる人です。できるなら傍にいてもらった方がいいでしょう」
「別に強制しているつもりはないのだよ。ただ選択肢の一つを勧めたすぎない」
アミティエさんがエイミーさんに話しかけている間に、自分もホムラさんへと小声で喋りかける。
「ホムラさん。いくらなんでもエイミーさんを警戒しすぎですよ」
「……ごめん。私はあいつを信用できないし、する気もない」
「でしたら、せめて『利用してやる』ぐらいの心持ちでいてください。敵対しても現状メリットなんてありません。どうにかお願いできませんか?」
別に友達になれとは言わない。ただ、諍いは勘弁してほしいだけだ。
これで頷いてくれないなら、本気でホムラさんだけここに残ってもらう必要が出てくるが……渋々ながら頷いてくれた。
「わかった……迷惑かける」
「いえいえ。色々お互い様ですので」
申し訳なさそうに目を伏せるホムラさん。
い、言えねえ。『オカズ的な意味でお世話になってますから!』とかは絶対に言えねえ。
「さ、行こうか」
「ああ」
アミティエさんに続き、廃屋を出てイノセクト村に。
少しだけ歩いただけで森を抜け、村へと入る。一番森に近い位置にある家にアミティエさんが向かうと、ちょうどそこから少女が一人出てきた。
「あ、お姉さん達!」
「やぁ、ジニーちゃん。どうしたんだい?」
ニッコリと笑いかけるアミティエさんに元気よく挨拶をする少女。ジニーちゃん。
見た感じ変な魔力とかは感じない。そばかすに茶髪のこの世界における普通の子供だ。
「今から病院に行くの。お母さんがもうすぐ妹を産むってお城の人が教えてくれたの」
「それは一大事だね」
わざとらしく驚いた様子のアミティエさん。え、妹?
「だから今からお城に向かうんだけど……」
「お城までは少し遠いかな?その教えに来てくれたお城の人や、父親は一緒じゃないのかい?」
「お城の人はいつも忙しいからすぐに別の所に……お父さんは、半年前に喉に古いパンが詰まって……」
「……ごめん。無神経な事を聞いたね」
「ううん……村の皆も、ベルガーさんも良くしてくれるから、大丈夫」
「そっか。けど、せめてお詫びとしてウチらも一緒に行かせてほしいな」
「一緒に?」
「うん。昨日も話したけどウチらは旅の冒険者でね。これでも体力には自信があるんだ。君を送っていくぐらいわけないよ」
「別に……一人で行けるもん」
「そうだね。けれど、ウチらも何かしたいんだ。助けると思って、ね?」
「……わかった。一緒に行こ」
「ああ。ありがとう」
なんというか、アミティエさん子供の扱いに慣れているな。
ナチュラルにしゃがんで視線を合わせるし、話し方も穏やかでゆっくりだ。
「……そこは雨の日ジョージに似なかったのだな」
ぼそりと、エイミーさんが呟いた言葉に思わず視線を向ける。
「え?」
「あの男はスタンクと二人そろって、子供相手にどうすればいいのか混乱していたのを記録しているのだよ」
「な、なるほど」
いや知らんけども。
それはともかく、村人たちから奇異の視線こそ向けられるが、特に呼び止められる事もなく例の城へと向かう。
やはりと言うか、その時見た感じ村人たちに老人の姿はない。この世界の『普通』にはまだ疎いが、どこか違和感を覚える村だった。
「ねえお姉さん」
「どうしたんだい、ジニーちゃん?」
「そっちのお兄さんとお姉さんは?」
手を繋いで前を歩くジニーちゃんとアミティエさんがこちらに視線を向ける。
どうしたのものかと思い、軽く会釈しておいた。子供との接し方とかわかんねぇ。
「二人ともウチの仲間でね。一緒にモンスターを退治しているんだ」
「すごーい!どんなモンスターを倒したの?」
「そうだなぁ。例えばマタンゴっていう――」
和やかな会話と共に、アミティエさんとジニーちゃんの背中を片隅に、周囲を警戒する。
このタイミングで急に産気づいたジニーちゃんのお母さん、ね。別にそこまで疑うわけじゃないが。つい体に力が入る。
罠か。それとも別の狙いがあるのか。そう警戒して歩くが、杞憂とばかりに道のりは進んでいく。
鬱蒼とした林をはさんだ道も、小さな堀にかかる橋でも特に襲撃等はされる事もなく、あっさりと城へと到着した。
「ベンジャミン、早く薬を!」
「わかってる!それよりマルギットの爺さんの着替えは!?」
だが穏当な道中では打って変わって、やけに城の中が騒がしい。
守衛もいないそこに入れば、白い服を着た男女数名が岩で出来たゴーレムを連れて走り回っていた。いったい何があったのだろうか。
「これは……何があったんですか?」
「ああ!?誰だ君はって、ジニーちゃん?」
慌てた様子で走り去ろうとした男性にアミティエさんが話しかければ、彼の視線がジニーちゃんに向かう。
「おじさん。お母さんが妹を産むって聞いて来たんだけど……」
「あ、ああ。いや性別はわからないけど……とにかく、うん。そうだよ。待っててね。今案内を」
「その必要はありませんよ。私が案内しましょう」
そう言って、一人の男性が近付いてくる。
白衣に厚手の服。温厚な顔をした白髪交じりの男性がニッコリと笑みを浮かべる。
「ジャック君。君はケインさんの方に行ってくれ」
「い、いいんですか『ベルガー先生』」
ベルガー……この人が。
見た感じ中肉中背の、身なりのいい初老の男性としか思えない。少なくとも、カーミラの様な異常さは感じられなかった。
魔力量も……エイミーさんと同じぐらいか?少なくとも自分より少ない。
ちらりとホムラさんへ目を向けるが、彼女も少し困惑した様子だ。
「大丈夫だ。それにドリーさんの出産は近いはず。元々私が行く予定だったからね。任せてくれ」
「わかりました、失礼します!」
慌てて去っていく男性。そしてベルガーがこちらに振り返る。
「さ、こっちに。道すがら色々話そうか」
そう言って足早に歩いていく彼の後に続く。
念のために剣へと指を這わせるが、危険な気配を感じられない。もっとも、ヴァルピスの時もアイナさんに危機感を覚えなかったのだ。油断はできない。
「それで、君達はいったい?この辺では見ない顔だが……」
「ウチらは旅の冒険者でして。森で道に迷いここに辿りついたんです。トレントに襲われて、命からがら逃げこんだ。という方が正しいかもしれませんが」
「なるほど。なんにせよジニーちゃんを連れてきてくれてありがとう。実は患者に出す料理の材料に腐ってしまったのが混ざっていてね。皆腹を壊してしまい大慌てだよ。そのせいで人が足りなくてね」
困った様に笑うベルガーさんに、アミティエさんが笑みを返す。
「それは大変ですね。ウチ、実は薬師の子供でして。よろしければお手伝いしましょうか?」
アミティエさん?
思わず彼女の方を見て、すぐに納得する。なるほど、情報を得たいならここで更に踏み込んだ方が都合いいと。
……いや、それだけではないらしい。
「お母さん……」
「大丈夫だよ、ジニーちゃん。大丈夫……」
周囲のただならぬ雰囲気に当てられたのだろう。ジニーちゃんが今にも泣きそうな顔で、アミティエさんの手を強く握っている。
……アレを見て感情的に動くなとは、ちょっと言えない。アミティエさんにとって、たぶん『親』という言葉は……。
「本当かね!?それはありがたい。では――」
「ベルガー先生!大変です!」
進行方向にあった部屋のドアが開き、そこから一人の女性が出てきた。
「え、どうした突然」
「ドリーさんの容態が急変しました!こ、このままだと……!」
「なっ、すぐに行く!」
病室、だろうか。その部屋に飛び込んだベルガーさんを追って部屋に入ろうとするも、女性に立ちふさがられてしまう。
「ちょっと、貴方、何を勝手に入ろうとしているの!?」
「え、あ、すみません」
しまった。考えればそれはそうだ。修羅場真っ只中の妊婦の病室に、家族でもない男が入ろうとしたら止められて当然だ。
だが単独行動というわけにもいかない。そっと目配せして、ホムラさんが残ってくれる。
「さて、どうするよ」
「どうするも、アミティエさん達を放置はできません。ここはホムラさんに彼女らと行動してもらって、俺が――」
単独で色々探ります。そう言おうとしたが、突然勢いよく開けられた扉に遮られる。
ぎょっとしてそちらを見れば、エイミーさんがこちらを見ていた。
「これより帝王切開にて胎児を取り出す。手伝え」
「「……はっ?」」
なんて?
* * *
「はぁ~……」
壁に背中を預け、大きくため息をつく。
正直言って、その後の事をよく覚えていない。
急展開にもほどがある。なんせ碌に説明もないまま、『死なせたくなければやれ』と、エイミーさんに言われるがまま白魔法を使い続けたのだから。
というか、ジニーちゃんのお母さんのドリーさんだっけ?その人を治療した後も、やたらこき使われたのだが。
なお、隣で自分と同じ様にぐったりしているホムラさんは、『お湯がいる』と言われ、ひたすらに鍋を魔法で温めさせられたらしい。こっちもドリーさんの手術以降も他の患者の為に使われたそうな。
「翔太……私達なにしにここへ来たんだっけ……?」
「もう知りませんよ、マジで……」
ふざけんなあの緑頭。
人命救助は大切な事である。それは間違いない。それはそれとして、こっちも命がけなんだが?最悪カーミラみたいなのがいるかもしれないから、虎穴に踏み込んだのであって、ボランティアをしにきた覚えはない。
まあ、本人に直接文句は言えないのだが。なんでって?怖かったからだよ。
「なんか、逆らえませんでしたね……」
「畜生、無表情のくせに……」
有無を言わさぬとは正にあれの事だろう。反論を口にする暇があるのなら魔法を発動させろとばかりに、次々指示が飛んできた。
「二人とも、お疲れ様」
「アミティエさん、エイミーさん」
ぐったりしている所に二人がやってくる。
こっちは立っているのも億劫だと言うのに、二人してピンピンしている。決して彼女らがサボっていたわけではない。むしろ、自分達よりもかなり動き回っていた。
なのにこの差は……これが経験の違いか。
「ご苦労。二人がいなければ少なくともあの母子は死んでいたのだよ」
「てめぇ……」
ホムラさんが壁から背を離すなり、エイミーさんに杖を突きつける。
「ちょ、ホムラさん……!」
今は周囲に人目が無いとはいえ、少し先には普通に作業しているここのスタッフもいるんだぞ!?
「あのベルガーって奴とグルか?それで私達を消耗させたのか?それとも手札の観察か、情報の交換?なんにせよ、無関係とは言わせねえぞ」
「ふむ。いいや、本機と彼は初対面なのだよ」
「嘘つくんじゃねえよ。じゃあなんで私達を手伝わせた」
「人命救助の為だが?」
今にも魔法を放ちそうなホムラさんに対し、エイミーさんがあっさりと答える。
「あぁ?」
「『目の前の』命を救わないに足る理由が、君にあったのかね。だとしたらすまない事をした」
「喧嘩売ってんだな?OKわかった。全部燃やしてやる……!」
「ホムラさん、本当に落ち着いてください」
冷や汗を流しながらホムラさんを止める。
正直、本音では彼女に同意見だ。あまりにも怪しすぎる。自分達が来るタイミングだけこんな修羅場になった?そんな偶然あるのか。
よしんばそうだとして、そこで自分達を疲弊させる動きに関しては疑問を感じずにはいられない。
人命救助は確かに大事だ。尊い事だと認めよう。だが、自分の命を危険にしてまでやろうとは思えない。あいにくと、そこまで人間できていない。
「落ち着いて、ください」
だが、だからと言ってここで暴れればそのリスクを負ってまで助けた……というか助けさせられた命まで消える。それは、人道的な面は勿論。徒労に変わってしまうという意味でも容認できない。
「ちっ……」
舌打ちをして、ホムラさんがどうにか引いてくれる。そもそも、自分も彼女も魔力に余裕がない。敵のホームで戦闘は危険だ。
「あー……二人が怒るのも無理はないと思う。一応、ウチとエイミーさんの方で少しだけ情報も集めたよ」
「え、マジ?」
あの忙しい状況で?
「うん。この城のあっちこっちを駆け回ったけど、入っちゃダメな部屋や階段がいくつもあった。そのうち二つに、エイミーさんが魔力の気配を感じ取ったらしいよ」
「後で地図にして渡すのだよ」
「……それは、ありがとうございます」
「礼は不要だ。突然君達に手伝わせたのはこちらなのだからな」
それはそうだが、目的の一部を果たしてもらったのも事実。納得はできないが礼ぐらいは言う。
「お姉ちゃん!」
少しギスギスとした空気を裂くように、城の廊下に幼い声が響く。ジニーちゃんだ。
彼女は軽い足取りでこちらにやってきて、真っ先にアミティエさんの手をとる。
「ありがとう!お母さんがね、目を覚ましたの!妹もね、ぐっすり寝てる!」
「それはよかった。ウチらも頑張ったかいがあったよ」
「来て来て!妹を見せてあげる!」
「え、ちょ」
引っ張られていくアミティエさん。困ったとばかりに視線を向けられるも、こういう時の子供をどう止めていいかわからない。
やれやれとばかりに、彼女の後をついていく。
「お母さん!お姉ちゃん達を連れてきたよ!」
「こらジニー。お城では静かに、ね」
疲れたような、しかし優し気な雰囲気の女性。ドリーさんが赤ん坊を抱いてベッドで上体を起こしている。
「貴方達がベルガーさんと一緒に私と赤ん坊を助けてくれた人たちね?本当に、なんとお礼を言っていいか」
「いえいえ。その、それはこっちの二人に言ってあげてください」
あ、照れた結果投げやがった。
アミティエさんに指し示され、咄嗟に言葉を詰まらせる。ホムラさんも同じようで、フードの下で視線を右往左往させていた。
「ありがとう。貴方達は命の恩人です」
「お兄ちゃん達ありがとー!」
「え、いえ。別に……そんな」
先ほどまで治療行為にこき使われた事に不平を言っていた身としては、あまりにも気まずい。
アミティエさんも困った様子でいる所に、ドリーさんから手招きされてしまう。
「えっと」
「この子を、抱いてあげてもらえませんか?」
「へ?」
「恩人に抱いてあげてほしいの」
そう言って差し出された赤子に困惑した後、意を決して腕に抱く。
「わ、わ」
小さい。温かい。
静かに眠っている赤ん坊。その姿は自分もテレビなどでよく見かけるもので、特別不思議でもない見た目。
だというのに、いざ実際に抱いてみるとどうしていいのかわからない。
「ほ、ホムラさん。パス」
「え、私!?」
そっと彼女に突き出す。流石にホムラさんも赤ん坊を相手には丁寧にならずにはいられないようで、恐る恐る抱き上げる。
「え、えっと。えっと」
「ふふっ……大丈夫。怖がらないで」
「こ、怖がってなんか……いや、うん。どうしよう」
赤ん坊を抱き、ホムラさんが途方に暮れる。自分はとりあえず、小さな命を力加減のミスで失ってしまわない事に安堵した。
そして、彼女が赤ん坊の顔をはっきりと見る。
「ぁ……」
ただじっと赤ん坊を見つめるホムラさんの顔には、異世界人に向ける棘など一切見受けられなかった。
* * *
「本当にありがとう!是非うちに泊まっていってくれ。精一杯の歓迎をさせてほしい」
「いえいえ。そちらも今日一日お疲れでしょうから」
いつの間にかもう日が赤らみ始めている頃、ようやく城を出る。
見送りに来たベルガーさんがこちらに頭を下げているのを感じながら、小さくため息をついた。
ちなみに、ジニーちゃんは城に残るそうだ。母親と今晩だけ泊るらしい。だからここにいるのは四人だけだ。
「なんというか、滅茶苦茶疲れた」
「だろうねー。ウチも流石に……」
軽く伸びをするアミティエさん。うん。ナイスおっぱい。
「ふむ。ようやく『耳』が消えたのだよ」
「耳?」
「あいにくと本機に索敵能力はないゆえ、ひたすらに警戒するしかない。なのでようやく本題を話せるのだよ」
足早に歩きながら、エイミーさんが続ける。
「あの城に制御装置がある事が確定した。そして、恐らくベルガーは人間ではない。きわめて高度な擬態をした魔族なのだよ」
「っ……」
思わず城の方を振り返る。既に遠くになったそこに、既にベルガーの影は見えない。
「……どうする。今から乗り込むのは無理だよ」
「わかってます。お互い、魔力切れ寸前ですから」
ホムラさんと呟く。
あそこには産まれたばかりの赤ん坊や、村の人達がいる。不用意に仕掛けるわけにはいかない。
「それと、二つ目なのだよ」
「他にも情報が?」
「村人全員に卵が植え付けられている。十歳以下の子供もだ」
「……は?」
思わず変な声が出た。なんて?
「恐らく場所は脳の近く。よって摘出は困難であり、住民の殲滅を推奨する」
「ちょ、ちょっと待ってください」
思わずエイミーさんの肩を掴んで止める。
「どういう事ですか?いや……え?じゃあ、なんで」
「ここまで消耗させてしまったのは想定外だが、君達に頑張ってもらったおかげで確信に近いものを得たのだよ」
どういう事、なんだ?意味が分からない。
「おい……お前、目の前の命を助ける為って」
「そうだとも」
震える声で問いかけたホムラさんに、真っすぐと『自分達を見て』エイミーさんが答える。
「目の前の命を救う為だとも。本機は、その為に起動した」
読んで頂きありがとうございます。
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