第三十二話 記録
第三十二話 記録
サイド 矢橋 翔太
「ベルガー?」
「うん」
あれから村娘と十分ほど話し込み、そして大回りして戻って来たアミティエさんから話しを聴く。
それと、どうもこの廃屋は外からだとだいぶ見つけづらくなっているらしい。アミティエさんも戻ろうとして迷いかけて、ホムラさんが案内したそうだ。エイミーさん曰く、ある程度の認識阻害の結界をかけているのだとか。いや先に言えよ。
「それがあの古城の主で、なおかつ村の長をしていると」
「ジニーちゃん……ウチが話した村娘はそう言っていたよ。なんでも、十四年ぐらい前からこの辺にやってきたらしい」
「十四年前。シャイニング卿がここの施設を放棄した翌年か」
考えすぎかもしれないが、つい気になってしまう。これが漫画なら間違いなくただ者ではない。
「うん。それはウチも気になった。なんでも、元々の村長の甥っ子としてこっちに越してきたらしいね。昔は帝国の地方役人として働いていたから、かなりの知識人だとか。今から三年前にその村長が亡くなって、現村長になったってね」
「それで、なんで古城に?村の中に住むならともかく、わざわざあんな場所に住む理由はないだろう。というかエイミーさんも知らないらしいんだけど、あの城」
「あの古城はベルガーが建てたものらしいよ。だから築十数年。彼はあそこを病院代わりにしていて、医者もやっているらしいんだ」
「古城じゃなかった!?」
うっそだろマジか。あんなおどろおどろしいのに?
……というか待った。そんな予算ただの村長がどこから?
「本当に?そのジニーって子が嘘をついている可能性は?」
「たぶんないと思う。断言はできないけどね。ただ、ホムラさんが……」
そう言ってホムラさんにアミティエさんの視線がいくと、彼女がフードの下で頷く。
「あの城、普通の城じゃないと思う。妙に魔力の残滓があるし、その割には魔力同士の繫がりがない。だから、もしかしたら魔力でゴーレム的な物を動かして、それを組み合わせたんじゃないか?そんで、その材料がその辺の岩とか木だったとか」
「あー……それであんな古びた感じに……」
なるほど。材料自体が建てたのか、あの城を。凄いな魔法。
「こっちは前にオトンから聞いたんだけど、帝国貴族は高位の魔法使いを教会にばれないよう、別の役職を与えて雇っているって話しだよ。もしかしたらベルガーもそうだったのかもしれないね。三、四年もあれば、高位の土木魔法の使い手ならできると思う」
「……じゃあ、正直一番気になってる事なんだけど。村人は例の虫やトレントの事はなんて?」
その問いに、アミティエさんの顔から笑みが消える。
「『知らない』。そう言っていたよ。ジニーちゃんはこの村に人が訪ねてきたのは初めて見たって話していたね。そして、村の外にも行った事もないらしい」
「村の外に行った事がない?」
「珍しい話しではないよ。そっちの世界は知らないけど、帝国でもなければ農民が自分の村から出た事ないなんて普通の事。けれど、『誰も来ていない』はおかしい。村の中だけで自給自足するにも限界があるからね」
「だよなぁ……」
アミティエさんの言葉に、腕を組んで考え込む。
こっちの世界は治安もよくないし、何より移動手段の問題もある。村人が外に出ない理由は上げればきりがない。それに、言っては何だが『村の外に行った奴が返ってこない』というのは、よくある事らしい。
途中で賊や魔獣に襲われたか。そうでなくとも碌な地図すら平民は持っていないのだ。行方不明になろうと、不思議がらない。
ついでに言えば、ジニーという少女が疑問を持っている様子もなかったのだろう。なんせ、この世界にはネットどころかまともな新聞もない。他の地域の知識なんて、せいぜいが人伝の言葉程度。
ただ、それでも疑念に思う人もいるはずだ。
「イノセクト村の比較的年寄りは……そのジニーって子はここから見た感じまだ小さかったけど、大人達は?彼らは何か違和感を覚えなかったのか?」
そう、『今まで』を知っている人達だ。
村の大人達。特に歳をとっている人達ならこの世界の常識とやらを知っているはずである。物心つく頃には『当たり前』だった若い世代とは違うはずだ。
「いいや。そもそもあの村に老人はいなかったよ」
「いない?」
「うん。歳をとって動けなくなった者。怪我や病気にかかった者は全てベルガーが治療として城に連れて行ったらしいよ。大半は治療を終えて戻ってくるらしいけど、老人や治る見込みのない人は働かずに穏やかな余生を城で過ごすってジニーちゃんは言っていたよ」
この世界で老人ホームや末期患者用の施設を経営?それはまた随分とご立派な事で。
などと、信じられるわけがない。どうせ『定期診断ですよー』とか言って、自分に疑問をもつ人間は城に連れ込んで洗脳でもしているに違いない。この世界には魔法があるわけだし。
……いや。いくらなんでも決めつけ過ぎか。会ってもいない人に悪人認定は乱暴すぎる。
それはそれとして警戒心はマックスだが。
「はい!!」
「はいホムラさん」
「とりあえずあの城を燃やそう!」
「却下で」
「ないね。うん。それはない」
「なんでぇ!?」
「なんでも何もないですよ。あそこには無関係の村人も入院しているんですよ?」
「ウチも不必要な人死には嫌かなぁ。ベルガーって人が明確に黒って出てないのに、いきなり殺すのはね。後から実は必要な人材だったってなると困る」
「ちぇー」
不貞腐れるな放火魔。
どこまで本気で言ったのやらと、内心で冷や汗を流す。まさか十割本気なんて事はないよな?その場合ドン引きなんてもんじゃないが?
院長が犯罪者かもしれないから病院に火をつける。というのは山賊だって考えないと思うぞ、たぶん。
「それはそうと、エイミーさん」
「なんだね」
流石に寝転がるのをやめて、女の子座りになっているエイミーさんに振り向く。
くっ、つい視線が今にも服を内側から弾け飛ばしそうな胸元に行ってしまう。カップならホムラさんが勝つかもしれないが、身長的にバストサイズ自体はこちらが上か……!?
「例のゴブリンの実験とやらで作った虫。アレの制御装置があった研究所ってどこの辺ですか?」
「そうだな……確か、ここから見て東の方向にあったはずなのだよ。村からは少しはずれになるな」
「……アミティエさん。あの城ってここから見るとどっち方向?」
「東だね。そして村からは少しはずれてるね」
数秒、沈黙が流れる。
「一応、見に行って確認する必要がありますね。怪しいけど」
「そうだね。ウチも賛成だよ。とてつもなく怪しいけど」
「もう燃やさない?」
「本機はその辺の思考を君達に委ねよう」
とりあえず、今日はもう日が暮れてきたので休む事にした。
ベルガー村長……何者なんだ。いや本当にマジで。
* * *
サイド アミティエ
夜、夕食も終え交代で見張りをしながら眠る事に。
こんな怪しすぎる村の近くだ。いかに認識阻害の結界が張られていようが、ベルガーとやらも魔法使い。油断はできない。
ついでに言えば、エイミーさんも謎である。
初対面かつ、あまりいい噂は聞かないシャイニング卿が廃棄したスペアボディ。信用できないのは当然で、特にホムラさんは強く警戒している。
寝る場所もエイミーさんとは一番離れた位置を指定しており、翔太君にしがみついて寝ようとして『眠れないから』と本人に土下座で拒否されたぐらいだ。
だが、ウチは……。
「アミティエ」
蝋燭の小さな明かりで番をしていたウチに、声がかけられる。
「エイミーさん。どうしましたか?」
「少し、話したい事があった」
「なんでしょうか……?」
まあこの人も言わば十五年ぶりに目覚めた様なもの。知りたい事、知らなければならない事も山ほどあるだろう。
二人を起こさない様、小声で会話する。
「雨の日ジョージとスタンクは現在どうしている」
「―――」
喉が、引きつりそうになった。
……スタンクさんに話した時もだけれど、やっぱり、慣れない。オトンの死を誰かに伝えるのは。
「今から一カ月ほど前に、オトンは亡くなりました。スタンクさんはエルギスという街で街長をしています」
「そうか」
ただ短く、エイミーさんが呟く。
その顔は相変わらず無表情で、声も淡々としていて抑揚がない。まるで前に翔太君が言っていた『ロボット』とやらみたいだ。
彼女の反応に怒りや悲しみよりも疑問が浮かぶ。
「それだけ、ですか?」
「ふむ……薄情に見えたかね。君を傷つけたのなら謝罪しよう」
「いいえ。ただ、少しイメージと違ったので」
オトンやスタンクさんから聞くシャイニング卿と言えば、歯に衣着せぬ言い方をすれば『狂人』だ。
その辺の浮浪者一人を救うために命を懸ける時もあれば、罪もない村をまるごと実験場にした事もある。
善か悪かで語るのも難しい。故に狂人。だが、それでもオトンが卿を語る時、そこに嫌悪感がなかったのを覚えている。
きっと、仲は悪くなかったのだろう。なのにこうも淡白な返しをされれば誰だって疑問に思う。
「悲しんでいないわけではない。だが、本機は彼と過ごした『シャイニング卿』ではない。意思や記憶の引継ぎがほとんどされていない、緊急用の肉人形に過ぎない」
「だから、悲しみを口にする事はないと?」
「それ以上に、『記憶』ではなく『記録』なのだよ。本機にとっては」
記憶ではなく、記録。
正直どう違うのか自分にはよくわからない。ただ、彼女が嘘を言っていないのだけはわかる。
「本機には雨の日ジョージの事は他人事にしか感じられない。決して君を傷つける意図はないが、涙を流す事もできない」
「構いませんよ。無理に泣いてもらおうとか、思いませんから」
思わず苦笑する。もしかして、この人は凄まじく不器用なのではないだろうか。
そこでふと、少しだけ『我がまま』が浮かぶ。
「エイミーさん。聞いていいのかわかりませんが、いいでしょうか」
「内容によるのだよ。本機としては本体……シャイニング卿の研究に不都合となる事は答えられないが」
「えっと……『神術』を使えるか試せば、陽光十字教の教えが正しいかわかるんじゃ?」
違う。聞きたかった事はこれではない。
「それはできないのだよ。僕にはその資格がない」
「資格?」
「僕は、シャイニング卿はどのような形であれ『神の教え』を疑い、神に対して己の行いが間違っているなら裁きを下すだろうと試す様な事をした。そして、非道な実験にも手を染めた。たとえ最も効率的だろうと、その方法だけは実行できない」
……なんというか、本当に不器用な人のようだ。
「いいんですか、それで」
「僕は破戒僧である。そして狂人でもある。それを免罪符にするつもりはないし、だから非道な実験を善とする気もない。ただの自己満足であり、自分自身が納得できないなら神術は発動しないのだよ」
訂正。どうやら神術の発動も自分が思っている以上に面倒なものらしい。
「それで。本当に聞きたい事はなんだね」
「……そういう所は器用なんですね」
「記憶はなくとも、記録はある。君は雨の日ジョージに容姿以外はよく似ている」
思わず苦笑する。
スタンクさんや他の傭兵仲間には傍若無人な自由人で通していたらしいオトンも、この人には内側でパニックになっていたのが見抜かれていたのか。
「では、お言葉に甘えて……貴女が知るオトンについて、聞かせてもらえませんか?」
「先ほども言ったが、記憶ではなく記録しかないが?」
「それでもいいんです。シャイニング卿との旅は、オトンもスタンクさんもあまり語ってくれなかったから」
「いいだろう。では、彼らに依頼をした所から話そう」
「お願いします」
「僕がドラゴンの細胞を採取しようと、竜の巣穴を探している時の事で――」
夜はまだ続く。次の番である翔太君を起こすまでの間、小さな声で語られる父達の冒険譚に耳を傾けた。
読んで頂きありがとうございます。
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