第三十四話 どうせ後悔するのなら
第三十四話 どうせ後悔するのなら
サイド 矢橋 翔太
「詳しく説明してください、エイミーさん」
例の廃屋に戻り、床に置いたランタンを挟んでエイミーさんに問いかける。彼女は相変わらずの無表情のまま、淡々と答えた。
「村長のベルガーは魔族に類する者なのだよ。彼の様子を観察していたが、アレは人間の皮を加工した物を体に塗りつける事で変装をしている。魔法はほとんど使っていなかった様なので、魔力の流れだけでは気づけない。かなり器用な男だ」
「人の皮を……」
あまり、気分のいい話しではない。だがそれは今おいておこう。
「それで、村人たちに卵が植え付けられているというのは?」
「うむ。君達が治療行為をしている間、隠れて何人かの患者を診た。結果、G5を植え付けられた生物特有の腫れが頭頂部に存在した。痛みはなく、小さい為普通に生活していては自覚できないのだよ」
喉がやけに乾く。舌を重く感じながらも、聞かねばならないと口を動かした。
「……村人全員にですか?」
「その可能性が高い。途中、疲れて眠ってしまっていたジニーも確認した。彼女にも植え付けられている。G5の繫殖能力を考えれば、村人全員と考えるのが妥当だ。卵はある程度なら移動するので、現在地は頭部のどこかとしかわからない」
「安全に摘出する方法は」
「ある。が、この場所では不可能に近い」
「その方法は?」
「高位の聖水を摂取させるか、上位の白魔法による浄化。あるいは神術の発動なのだよ」
「だったらお前が使えばいいじゃん、その神術ってやつを」
それまで黙っていたホムラさんが、エイミーさんを睨みつける。
座る事もなく立ったまま、杖を持つ彼女の手が白くなっている事に気づく。
「お前、熱心過ぎてやばい実験してきた宗教家なんでしょ?だったら使えんでしょ神術」
「無理だ。本機に神術の発動はできない」
「やってみなくちゃわかんないじゃん!」
「ホムラさん、落ち着いてください」
「っ……!」
今にも掴みかかりそうなホムラさんに、努めて冷静を装って声をかける。
正直、今でも頭が混乱している。情報を集めようと城に行って、色んな人を治療して。そして、赤ん坊まで抱いて。そしたら突然全員殺せ?
状況についていけない。頭の中はグルグルとうねり、碌に物が入っていない胃はやけに重苦しい。
「神術は巷で言われているような、ただ祈れば発動するものではない。祈り手の信仰心と、純粋さが求められる」
「信仰心は、十分じゃないんですか……」
「神の考えを試しだした段階で、僕は既に信者とは言えない。また、純粋さとはいかに願いに集中するか。思考が散漫になる状態では、神に祈りは届かない」
ようは、どうあっても使えないと。
だったら聖水を用意するか、上位の白魔法か?だが少なくとも白魔法の方は無理だ。自分は未だ初級までしか使えず、エイミーさんも中位まで。
聖水は……そもそもどうやって作るんだ、そんなもん。
「本機は先に言ったように、G5の孵化前に村人の殲滅を提案する。その後、手勢を失ったベルガーを抹殺。あるいはここからの脱出をするべきなのだよ」
「……けんな」
肩を震わせ、ホムラさんが強くエイミーさんを睨みつける。
「ふざけんな。お前が、お前があんな事をさせなければ、『私』は、『俺』は、燃やすのなんて簡単に……!」
「君達に情が移るような行動をさせた事は謝罪しよう。ベルガーの注意を引きたかった。奴の反応も見たかったのでな」
「てめぇ!」
「ホムラさん!」
ついにエイミーさんの胸倉に掴みかかったホムラさんを、すぐさま強引に引きはがす。
息を荒くし、歯を軋ませながら睨みつけるホムラさん。もはや言葉すら碌に浮かばないほどに怒り狂っているのが傍目にもわかる。
今にも魔法を放たんばかりの彼女を前に、エイミーさんはそっと腰を曲げる。
「すまなかった。本機の優先事項は君達の生存である。その為に、手段を選ぶ事ができなかった。この身が有する知識と能力はあまりに少ない」
「……ウチは」
ぼそりと、アミティエさんが口を開く。
そうだ。まだアミティエさんがいる。彼女なら何か打開策を出してくれるかもしれない。それに、そにれ彼女は――。
「ウチは、エイミーさんの案に賛成する」
「え……?」
馬鹿な。そんな、だって。一番ジニーちゃんと仲良さそうにしていたのは、君じゃないか。
視線を伏せたまま、アミティエさんが続ける。
「ウチはここで死ぬわけにはいかない。翔太君達を死なせる気もない。ウチは仇をとると決めたんだ。必要なら、他者を踏み潰す事だってする」
……俺が、誓わせたからか?
この世界に来て、最初の夜。彼女に俺は誓わせたのだ。スノードラゴンを討ち取るまで死ぬなと。他ならぬ彼女のご両親の名前をかけた誓いを。
自暴自棄になりかけていた彼女に、俺は協力者を失わない為にそう言った。そのエゴが、アミティエさんにこんな事を言わせているのか?
理性では、自分の発言にそんな力はなかったと考えている。
だが心が、目の前が歪む程に軋みをあげていた。
「ホムラ。村を焼くのなら君の魔法が有用だ。協力を願いたい」
「わかんないよ……もう、なんなんだよ……いったい」
押さえていたホムラさんが、体から力を抜いてズルズルと腰を落とし、座り込んでしまう。
俯く彼女に、なんと声をかけていいかわからない。
「……承知した。村を燃やすのは自分とアミティエのみで行う。急いだほうがいい。今晩のうちに、実行する事を提案する」
「はい。火元にする燃えやすい家の選定はウチが」
「……待った」
震えそうな声を気合で抑え、エイミーさんに視線を向ける。
『ありがとう……楽になったよ』
魔法を受けて治癒し、お礼を言ってきたお婆さんを思い出す。
『すまない、余所の人にこんな手伝わせて……俺達も頑張るから』
申し訳なさそうにそう言って、俺よりも長い時間駆けまわる青年がいた。
『ありがとう。貴方達のおかげよ』
幸せそうに、産まれたばかりの赤子を抱く母親がいた。
……くそったれ。エイミーさんが俺達に村人の治療なんてさせなければ……関りさせさえしなければ、こんな感情抱かなくてよかったのに。
「聖水の確保が難しいという話しでしたが、それは何故ですか?」
「聖水の生成には強力な太陽光と、『太陽の雫』と呼ばれる霊石が必要なのだよ。これは僕の知る限り陽光十字教の法王しか所持していない。故に、聖水はあそこしか作れない。高位の聖水となれば、『太陽の雫』から削りだした粉末を混ぜる必要もあるのだよ」
「太陽……」
ピクリと、脳の端に何かがひっかかる。
この前のヴァルピスにて、何度も耳にした単語だ。それこそが勝利の鍵だと頼りにした単語だ。
何よりも、あの吸血鬼を殺した物の名前だ。
「それに、水も魔力で持って作られた物が好ましい。川や海といった、既存の水が循環している物では難しいのだよ。この場に、氷水魔法の使い手はいないと聞いている」
水。魔力で出来た、水。それと『太陽の雫』とやらがあれば、出来る。
「太陽の雫って言うのは……どういう物なんですか?」
「翔太。君が諦められないのは理解しよう。しかし、何度も言うが時間的猶予はない。遅くとも明日の夜にはベルガーは行動に出ると予測する」
「答えてください。お願いします」
「……太陽の力を具現化させた聖人の遺骨である。ジロー・マルーエダと共に戦い、数々の吸血鬼を封印。あるいは滅した人物の――」
「あります」
「なに?」
そっと、自分の腕を差し出す。
「ここに、あります」
今だけは、感謝してやるよ『吸血姫』。
お前を殺した証でもって、お前の仲間をぶち殺してやる。
「……もしや、君はかの聖人の縁者か?いや。異世界からのまれ人と聞いているが」
「カーミラという吸血鬼を殺しました。その結果、神様と思われる存在から力を授けられました。だから、俺の肉体は太陽と同じ力を持っている……はずです」
『吸血姫が見た陽光』
あいにくと、ヴァルピスからその力を試す機会なんぞに遭遇していない。だから実感も確信もないが、与えられた称号を信じるならば可能なはずだ。
エイミーさんが、遂に目を見開く。
「……!驚いた。しかし、君の言葉を信じるとしても魔力で作った水の確保が必要になる。太陽の雫よりは遥かに難易度は低いが、すぐに用意は」
「待った、エイミーさん」
アミティエさんが、自分の腕につけていた腕輪を外す。
それはほんの数週間前に、三人で踏破したダンジョンのコア。魔力を流す事で水を生成する魔道具だ。
それを彼女はエイミーさんに握らせる。
「この魔道具なら、魔力で水を作れます」
「アミティエさん……」
「別に、ウチだって好きで殺したいわけじゃないよ。救える手段があるのなら、全力を尽くす」
そう言ってこちらに笑いかけてくれる彼女に、一瞬呆けてから頷いて返す。
なんの偶然か。あるいはクソったれな神様の思し召しなのか。なんにせよ、『揃った』。
太陽の力なら自分が。魔力の水ならアミティエさんが。そして、知識ならエイミーさんが持っている。
「……驚いたのだよ。特に、君の『力』とやらには。本当に伝説に登場するカーミラを討ち取ったのかね」
「はい。俺の体を調べてもらっても構いません。だから、早くお願いします」
「………」
数秒だけ沈黙した後、エイミーさんが小さく息を吐く。
「危険度はかなり上昇する。リスクばかりでリターンも期待できない。君達の命を優先するなら、最初の案をお勧めするのだが」
「ごめんなさい。けど、そんなすぐに切り替えるなんて無理なんですよ。俺達には」
思わず申し訳なく思い、視線をそらす。
冷静に考えたら馬鹿な事だと断言できる。なんで今日会ったばかりの人達の為に、危険を冒さないといけないのか。
俺は家に生きて帰りたい。だけど、その為ならなんでもできるとまでは言えないのだ。
我ながら中途半端な男だ。だけど、今はまだその甘さを捨てたくない。
「場所と時間が必要だ。器は本機が土木魔法を使って用意しよう。しかし、ベルガーも我々への警戒心を強めているはずだ。襲撃がないのは向こうも準備を整える必要があるからと予測できる。しかし」
「なにもしてこないとは思えない、でしょ?」
杖を支えに、ホムラさんが立ち上がる。
「まぁだ頭んなからぐちゃぐちゃなんだけどさ。ちょうどいいや。暴れたら少しはスッキリするかもしれない」
「ホムラさん……」
「私が一暴れして、奴の注意と戦力を引き付ける。その間に翔太達が聖水とやらの準備をする。うん、シンプルでいいや」
「一番危険な役目なのだが、いけるのかね」
「さあ?けど、一番スカッとする役目でもあるでしょ?」
ニッと、ホムラさんが笑みを浮かべる。
「やってやろうじゃん。暴れてやんよ」
「……ウチもそっちにつくよ。聖水造りは翔太君とエイミーさんにお願いします」
「待った。時間稼ぎなら俺も――」
「ダメだ。確実に君は強い消耗をする。指一本と、大量の血液を消費するのだよ。指は本機が魔法で治せるが、一度に大量の血を流した後ではまともに動けると思えない。そもそも聖水の生成が完了するまで君にいてもらわないとならない」
思わず口をつぐむ。ただ肉片をエイミーさんに預ければ自分の役目は終わり、というわけではないらしい。
クスリと、ホムラさんが笑う。
「任せろよ。そっちも任せるからさ」
「……わかりました」
浮かび上がって来た不安に蓋をして、代わりに精一杯不敵な笑みを浮かべてやる。
「囮をお願いします。一番おいしい所は貰っていく予定なので」
「言ってろ。お前らが到着する前に私が片付けてやる」
「『達』ね?達。ウチも暴れるからね?」
三人で笑い合うが、それを引き締める様にエイミーさんが手を叩く。
「時間がないのだよ。計画を考え、それが失敗した場合も想定しなくてはならない。時計の針は止まってくれないのだよ」
「「はい」」
「あいよ」
まだ折れていない。やれる事はある。
一時のテンションでやらかしているのかもしれない。だが、それでも『やりたいからやる』のだ。それ以上の理由なんて、今はいらない。
後悔なんて、きっと何をやったってするんだ。だったらやるだけやってやる。
「翔太」
「はい」
エイミーさんに話しかけられ、姿勢を正す。
今ならなんだってやってみせよう。
「指を切り落とした後水に傷口を沈めるが、麻酔は君の体に効くか?」
「あっ」
状態異常耐性……そう言えば、そんなスキルもあったっけ。ついでに言うと、VITの数値って毒とかと対抗判定発生するって言ってたなぁ……。
「………効かない、です」
「わかった。なら耐えてくれ。指程度なら本機の白魔法で生やせる。五、六本はいくと思うので覚悟するのだよ」
「はい……」
……やばい。
なんかもう心が折れそうになってきた。泣きそう。
読んで頂きありがとうございます。
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少々ご都合主義な展開かと思いましたが、クリスマスなのでこうしました。前作なら主人公に責任もって燃やさせて心の傷にさせたのですが、今回は無理のない範囲でこういう方向でいこうと思います。




