第81話 Moon lullaby 6
「チャーリー王子!!報告です!!」
「話せ」
ハロドックとユリがルブラーンから抜けだした直後、1人の兵士が大声をあげ急いで王室に入ってきた。
慌てふためく兵士とは対極にチャーリーと従者は驚く様子ひとつ見せず、チャーリーは椅子に座ったまま兵士の目を見て従者はコップに一杯の水を注ぎ兵士に渡す。
父親である王にケイナンと共に王としての心得を幼い頃から英才教育されてきたため、非常時にも動じない精神力を持っている。
従者も特に王家の専属となると、同程度の英才教育を施されるため白髪の老いた男の従者も同じく動じない。
兵士は少し口元から一筋こぼしながら水を一気に飲み干し、コップを持ったまま一息つくと同時に報告を伝える。
「……先ほど……王宮庭園を警備中の兵から……話を聞いて……ユリ様の部屋が……もぬけの殻でした!!!」
「……なっ……何だと!!?」
想定外も想定外……いつかは来るとは思っていた、そして王のいないこの数日間のどこかこのタイミングならあり得ると、警備の数も増やした。
故に誰にも一切気付かれる事無くユリの部屋に辿り着き、ユリと共にルブラーンを脱出するという事が理解出来なかった。
恐らく今まであらゆる防衛策を練っても、全て突破された理由はそこにある……。
いつどのタイミングで来るのか分からない、かといって王宮ぐるみで隠蔽している存在を大掛かりに護る事も出来ない。
そして何よりケイナンが管理を怠っていたとも考えにくいため、ハロドックの呪力はそれほどまでの力なのだと緊急時の今無理矢理そうだと結論づける以外になかった。
「現在王宮内にいる兵を総動員させて捜索しています!今日中にはルブラーン全域をしらみつぶしに探します!!」
「……分かった……引き続き頼む」
「はっ!!」
ユリの存在を知る数少ない、王家に仕える精鋭部隊の1人である兵士の男は、従者が持って準備していたトレイにコップを置き、敬礼をした後に部屋を出た。
そして急ぎ足で走ってチャーリーの部屋を出た兵士と入れ違いで僅かに微笑み、口元の綻ぶケイナンが入ってきた。
「やっと連れ出されたか」
「……分かっていたのか?……」
全てが思惑通りだと微笑む弟に、兄はこの時初めて明確な敵意を向けた。
「今までの継承者だってそうだ、どれだけ厳重に警備しようとハロドック・グラエルは全てすり抜け誘拐する」
「お前はその理由を知っているのか……奴の呪力を……」
「当然だ」
「……何故お前は知っている……」
「さあな~、てか城にいねぇならルブラーンにもいねぇよ、全域捜した所で無駄だ……長引けばコーゴーなんかに応援要請したっていいんじゃねぇの?」
これは皮肉だ、そもそも隠蔽している存在でありさらにコーゴーはクルエルを良くは思っていない。
コーゴーが出来上がったその大きなきっかけにクルエル……いや、英雄マナクリナ・クルエルと〝千年戦争〟が大きく関連しているからだ。
「バカ言え、我々がすぐに見つける」
「……だと良いな」
※ ※ ※ ※ ※
海を見た感動がまだ全身に残ったまま、ユリはその場で人生初の野宿をする。
シュベレットと再会し、たった一日で自分の世界が目まぐるしく変化していったせいかドッと疲れが溜まり、火を起こしてすぐに眠ってしまった。
「……ん……く……え」
衝撃は絶え間なくやってくる。
王宮を抜けだした時のままのぼろ切れは少し肌寒く、潮風がさらに汚していき王女とは思えない程に華やかさが欠けていく。
ただしアリシアに似た麗しい顔や朝日に照らされ輝いて見える金髪は、そのぼろ切れによってさらに輝かせている。
金髪の家系ではないクルエルの血族で〝ホシノキズナ〟を継承した者だけはこうして突然変異が起こる。
そんなぼろ切れにわざとらしく寝顔を突っ込み、平らな胸に直に顔を擦り寄せるだらしないおっさんの気持ち悪い姿に瞬時に拒絶反応を示す。
「いやああああ!!!!!」
鼓膜を貫く叫び声と同時に暴れて四肢をバタつかせ、激しく動かした右膝が幸いしてユリには一生分からないであろう激痛がハロドックの股間から全身へ広がる。
「ぎぃやああああああ!!!!!」
「自業自得だな」
「最っ低!!」
朝っぱらから本領発揮したハロドックは股間を押さえたまま悶絶、ユリはさらに顔面にもう一蹴りとびっきりのを入れる。
何の騒ぎかと飛び起きたシュベレットは2人の様子を見て即座に察し、しかし何故かそれが微笑ましく見えたために少し微笑む。
だが半分起きてるハロドックが寝ぼけている風を装ってさらにユリに触ろうとしたので、仕方なくユリに加勢し再びハロドックがぶら下げる生命の故郷に激痛が走る。
「ユリ様、お気持ちは分かりますが……そこは痛いです」
「てめぇも蹴ったじゃねぇか!!」
「どれくらい痛いの?」
「いいかユリ……この痛みは……決して何かに代えられる痛みじゃねぇんだ……この体に、ずっと残るんだ……この痛みとは……俺たちはずっと共存するしかねぇんだ……だから……この痛みを知らないお前は……幸せなんだ……」
「何か名言風に言ってるけど質問に答えて無いからね」
「角に小指をぶつける瞬間的な痛みとは違って、鐘の音のように広がっていく痛みが数十分は伴います」
「あっそう」
「あっそうですますな!!この球体は生命の宝箱なんだ……いわば星だ……女とつながるための星……そう!!つまり〝ホシノキ」
言わせまいとシュベレットはハロドックの頭上にゲンコツをお見舞いする。
シュベレットも〝ホシノキズナ〟の詳細は分からないが、そんなおっさんの下ネタなんかで使われてはいけないモノだとそんな気がした。
「く……しょうがねぇな……詫びとして水と食料は俺が用意する……魚でいいよな」
「水はどうするつもりだ」
「俺の小便をろ過する、あ、俺はユリのを直飲ぶぐほぉ!!!」
裸足のユリから繰り出された考え得る中で最大の攻撃手段である、かかと落としがハロドックの頭上に一閃した。
ずっと跪いて立ち上がれないハロドックを、不憫だと思う者はもうこの場にはいなかった。
「ふざけんな」
「まあ……尿をろ過すれば川の水より綺麗な水になりますから……」
「だとしても直飲みは死ね」
「ぐふぅ……」
※ ※ ※ ※ ※
結果魚は2匹しか捕れず、ヒトデを大量に捕って朝食となった。
ハロドックが魚を2匹食べ、シュベレットは好き嫌いが無いのでいいのだが問題はユリだ。
無知なのをいい事にヒトデの魅力を何故かこれでもかと饒舌に話すハロドックにより渋々食べると、何も言わなかったがものすごい食べっぷりからどうやら美味しかったようだ。
シュベレットの心配を横目に食べられる部分を貪るユリの姿に勧めたハロドックが引き気味になっていたのを見て、シュベレットは僅かな殺意を覚える。
マズいと言うユリをからかい蹴られるまでがハロドックの予定だったが、ユリが舌が飢えていることを想定に入れずに謀ったバカバカしい行為だ。
そもそも歴代継承者達も代々監禁かそれに近い状況だったというのに、これを考慮に入れない辺りまだ寝ぼけているのだろう……海潜ったのに。
用意の良いハロドックはこの海を渡るためにと準備した大きめの手漕ぎボートに3人は乗り、海を渡っていた。
「……ねぇ……ねぇ……」
ユリはいびきをかいて寝ているハロドックを揺すって起こそうとしていた。
「彼に何か?」
「だってずっとシュベレットが漕いでるじゃん、こいつにも働かせないと」
ハロドックが用意していたので、自分専用の枕があることにも腹が立つユリ。
先の見えない水平線へと1人でせっせと漕ぐシュベレットが見てられなくなり、自分もやると言うがこれをシュベレットは固く拒む。
シュベレット曰く「このような力仕事は我々がします、まだお疲れでしょう」と紳士的にユリを気遣いユリにオールを渡さない。
「あ……お気になさらず、私は魔人族とは違い日々鍛えないと体が鈍りますから」
「魔人族は鈍らないの?」
「大気中から魔力を吸収し、常日頃から肉体を活性化させているので……だから魔人族は飲まず食わずでも何年も生きられると言われています」
「……でも普通に労働はしろよ」
ユリはアリシアのように船酔いはしなかった、見てくれなど似ている部分だけではなくちゃんと個性は存在している。
彼女たちは〝ホシノキズナ〟継承者である以前に1人の女なのだから。
「何故彼を目の敵に……」
「あり得ないでしょ!?ほとんど初めましての女の子の胸触るとか!」
「……しかしそれはまだマシな方ですよ、特等聖戦士もそうですが……強いと称される方々は皆さん常識外れなんですよ……」
「……そんなんで組織は統制されてるの?……」
「難しい言葉をお使いになりますね」
「無知じゃないし!」
コーゴーの特等聖戦士という地位においては、そこに在籍していたシュベレットが逆に珍しいのだ。
全員ひと癖もふた癖もあるメンツで、特に性に関してはそれぞれ突出した個性を発揮している。
「すみません……しかし統制がとれなくなることはありません、特等聖戦士ははみ出し者と言われた人達が集結しています、居場所のようなものですから」
「へぇ~……けどやっぱりこいつは起こす」
無邪気ととるべきか、今まで有り余ったエネルギーが一気に開放されたからなのか、それともハロドックの思惑通りなのか、ユリは何かにつけてハロドックに当たる。
彼女は未だ自分の心が完全には理解出来ていない。
「嫌いじゃないんじゃないのですか?」
「嫌い!!起きろこの変態野郎!!」
ユリはハロドックの顔面を一発殴るも、ハロドックはうんともすんとも言わなかった。
「……あ~、目の前に100センチ越えの胸が~」
「何ぃ!!!?」
ユリが耳元でそう囁きかけると、ハロドックは目を見開いて飛び起き立ち上がった。
「どこだよ!!!?」
立ち上がった反動で大揺れするボートだが、誰ひとりとしてその状況に動じていない。
ユリは心の中で、シュベレットは何があっても守ってくれると確信していたために危機感が著しく欠如している。
「あれ」
ユリは真顔でシュベレットの胸部を指差した。
「……確かに胸囲は100センチ越えてますが……」
「汚ぇ」
「シュベレットと代わって漕いでよ」
「やだよ~面倒くさい~」
シュベレットへの半分侮蔑の暗いトーンとは打って変わり、ユリには煽り口調で体をクネクネと訳の分からない動きをしながら嘲笑う。
「私泳げるよ」
「そんなことしても無駄ですぅ~時間止めて戻してあれこれしますぅ~」
「ユリ様いつの間に泳げるように?」
もちろん泳げない、ハロドックとの舌戦で意地になり無意識にハッタリをかましただけだ。
「気持ち悪い」
「任せろ、俺の指は3秒あれば女の弱点を見つけられる、ちなみに勘だがユリは今小便したいはず」
「何で分かんだよ!!!!」
ボートに乗り込んで約1時間近く、ユリは辺りに陰も無いためにハロドックを警戒して用が足せないでいた。
なので若干下腹部を気にする様子を、ハロドックは見逃さなかった。
「俺が飲むから問題ない、小便は出したては汚くないしな」
「あと数分で岸に着きますよ」
「なんだよ……飲ませろよ……」
「はあ……」
ユリはもはや言葉を返すことすら馬鹿馬鹿しくなり、ため息をついた。
この辺りからユリの興味は確実に、シュベレットからハロドックへと移り変わっていた。
何も言わないが、シュベレットはハロドックの行動とユリの心情の変化に利害の一致があることを読み取り、ハロドックの話術に思わず感心していた。




