第82話 Moon lullaby 7
常人なら3、4人で四半日はかかる距離をシュベレットは休まず漕ぎ続け、1人で1時間もかからずに3人は無人島と思われる木々の生い茂る島に到着した。
しかし無人島というには小さくもしっかりとした波止場があり、とりあえず3人は上陸する。
「絶対に見るなよ!!!近寄んなよ!!!」
「いやマジで嫌なら見ねぇから」
膀胱の限界到達点が近いユリは念入りに忠告するが、ハロドックは自称エロを極めた変態であるため相手が嫌がるなら何もするつもりは無い。
ただし初対面相手に胸を揉む行為はする、そうする事で自身が変態だと相手から観測されその視線がたまらなく興奮するからだ。
「……なんなの……最初からそうしろよ……」
ユリは1人、草木が生い茂る島の中心部に入っていった。
「……ハロドック・グラエル」
いくらシュベレットとて、排尿時に着いていくほど下世話では無い。
弁えてはいるのだが……この島に上陸してからずっと弱々しくも人の気配を感じる……それもユリの向かった方角から。
どこまでがハロドックの策略なのか不明だが、ユリを危険な目に遭わせようとした結果の気配なら……と、あえてフルネームで呼ぶ。
「分かってんよ、仕組んだみてぇであれだけどな」
どうやらハロドックの策略の範疇だったようだ……そして前に出てユリの元へと向かおうとするシュベレットの前に左腕を横に伸ばし、ハロドックは止める。
「少し暴力的だな」
「俺はそんな優しい男になれねぇよ、ユリが俺を好きになればそれでいい……クルエルの奴らとイチャつくのは惰性だからな」
「……最低だな」
「仕方ねぇだろ本命いんのに、俺が迷惑してんだよ」
するとハロドックはユリのいる方へと歩いていった。
「1人で行くのか」
「ヒーローは1人で十分だ……あと、お前は別の方頼む」
※ ※ ※ ※ ※
「───」
ユリは用を足し終わり前を見ると、10メートル手前に大柄な男が3人現れた。
「……え……」
日に焼けた肌、戦っていたのかボロボロの服や、勲章ともとれる傷跡の数々、そして腰には剣を携え、ユリを見るなりニヤリニヤリと到底受け付けられない笑顔で立ち止まる。
「キャプテン、この女うちのシマで小便してますぜ?」
「おいおい嬢ちゃん、この島が俺達海賊の拠点だって分かってんだろうな?」
「え……いや……」
「家に勝手に上がり込んで勝手にトイレにされたら、誰だって怒るよな?対価は支払わねぇとな?」
ユリの心は一気に恐怖心に染まり尻もちをつき、失禁しながらつたなく後ずさりし始める。
「や……助け……」
声が出ない、体が言うことを聞かない、視線が気持ち悪い……こいつらの思考はハロドックと変わらないなんて思っていようとも気は紛れない。
ハロドックとは決定的に違う───害意でしか無い……己の欲望に忠実なだけでそこに悪意という理性を設けただけの獣に違いない。
「金がねぇんなら……分かるよな?」
「へっへっへっ……」
恐怖心が出てきた、抗いようの無い心に怯えだした、震えだした……自分の弱さに情けなくなった。
「いいんですかいキャプテン?」
「ああ」
今まで護られていたこと、それを当然だと思っていた……危険は無い、自分はそうなんだと思い込んでいた……。
シュベレットが助けてくれる……そんな一縷の望みに、またも人頼みに縋る他にこの恐怖心に自我を保てるような強さは無い。
武器も無い、膂力も無い、術も持たない、あまりに無力なユリなどこの海賊達からすれば赤子と大差ない、小動物の方がまだ厄介だ。
自由である事は違いない、少なくとも王宮内の古びた埃まみれの部屋なんかよりは……だが、またしてもユリは勘違いをしている。
自由とは決して良い意味の言葉では無い事を……幸運や災厄が全てに平等に訪れる、それが自由だとユリは知らなかった。
「何事も、溜まったモンは吐き出さねぇとなぁ」
すると両端の2人の海賊はユリを押さえ込み、真ん中に立つもう1人がぼろ切れを片手で破き身包みを剥ぎだした。
「顔は中々上玉じゃねぇか」
「いやあっ!!いやああああああ!!!!」
「うるせぇな!!」
騒ぎ立てないように服を破いた男がユリの顔面を一発殴る、ユリは口を切り口元から血が流れる。
「容赦ないっすね~キャプテン」
「騒がねぇで喘いでりゃいいんだよ……はははっ!こいつ全然乳ねぇなおい!!」
男はユリの胸を強引に鷲掴み、ユリから全ての布を剥ぎ取り押さえている2人はユリの弱々しい抵抗を簡単に押さえ込み、目でユリの姿を堪能し始める。
ユリは完全に思考が止まり恐怖心に支配され、震えて目を瞑っていたその時……3人の海賊は一瞬で数メートル吹っ飛ばされた。
「なっ何だ!!?」
「誰だてめぇ!!」
「おいおいダメだろけだもの共」
「……は……ハロドック……」
ユリの背後に回ってから登場したハロドックは上着を脱いでユリに投げ渡した。
ハロドックのサイズだとユリの体、特に隠すべき場所は容易に隠せるほどに大きい。
「にしても……女の子の失禁ってバニルちゃん以来だな……」
半裸のハロドックはユリの前に立ち、男たちから見えないようにする。
ユリは喜びもあったが、まずは何よりも驚きが勝り小さく開けた口が閉じないでいる。
「いいか、女にエロいことするときはな……爪とか消毒とか衛生面をちゃんと整えて、どちらも満足出来るように知識と技術を兼ね備えて、相手への誠意を込めて勃てやがれ!!!!」
「……え?」
「ユリはなあ!継承者で初めてのおしっこ属性なんだぞ!!一体俺にどんな可能性見せてくれんだよちきしょう!!!」
ここで発動するハロドック節、誰も求めておらず本人は望まない属性に何らかの希望を抱き出す。
許容範囲の広く、そしてこの海賊達同様溜まっているハロドックはとにかく何かにつけて下ネタへと持っていこうと話題を逸らす。
「……なんかズレてない?」
「文句言うなら助けねぇし、飲むぞ」
「っ……」
驚きが来て、喜びが来て、疑問が来たユリはハロドックのドヤ顔を見て嫌悪が現れ苦い顔でハロドックの顔を覗いた。
「後先考えてねぇ野獣に犯されるか、俺を救世主にするか、お前が決めろ」
「なめてんじゃねぇぞゴラァ!!!」
明らかに舐めきった笑みを浮かべ、両手の小指から1本ずつゆっくりと握り拳を作るハロドックを見て怒りがこみ上げる3人の海賊は剣を抜き、ハロドックに向かって構えた。
「……でも……素手で剣なんて……」
「当たらなきゃいい話だ、それに俺は不死身だから問題ない」
「え?」
「正直ここに海賊がいるなんて知らなかった……悪いな、怖い目に遭わせちまって」
「───」
もちろん嘘だ、ここがこの島が海賊の拠点だったからこの地を選び、ユリを1人にする機会を設け危険な状況に陥らせるためだ。
しかしハロドックが先を見据えて仕組んでいそうな雰囲気を今まで持ってきたために、ユリは少しハロドックの言葉を疑う。
「お前が信じらんなかったら、俺はどうこうしたって不安なままだろ……俺を信じろ」
ハロドックは真剣な眼差しをユリに向けた、信用されていない事に戸惑いを見せ、嘘偽りは無いと遠回しに印象操作する。
ハロドックの様子と眼差しを見たユリは、体の震えが止まっていた。
「……助けて、ハロドック───助けて!!!」
「よし」
こいつは信用出来る、ペルソナを被ったハロドックの表情によりユリにそう思わせる事に成功した。
どうにか予定路線に軌道を乗せられたことへの安堵の微笑みも、きっとユリには信用された事で安心した微笑みに見えたのだろう。
だがそうでもしなければならない、曲げられない理由がハロドックにはある。
「死ねゴラァ!!!」
3人の海賊は、正面から一斉にハロドックにかかっていく。
ハロドックは真ん中から剣を振り下ろしてくる男の腹部を右脚で蹴り飛ばし、跳び上がって両脚を開脚し2人の顔面を蹴り飛ばした。
「よっと」
「……強い……」
王宮庭園で見せた動きと同様に舞うような、されど全く違った戦闘としては無駄だらけの動き。
派手さを強調したハロドックの動きに、見る人は魅せられる……ユリはアクロバティックなハロドックの動きに、すぐに見入っていた。
「くそ……あいつ強ぇ……」
「キャプテン……」
軽快な動きからの軽快な蹴りだが、この2人からすれば相当に重く激しい攻撃だった。
3人は吹っ飛ばされ膝をついてすぐには立ち上がれず、蹴られた部分を手で押さえる。
「ちぃ……お前はあいつら呼んでこい!たった1人にやられちゃ海賊の名が廃る!」
「へ、へい!!」
すると1人の男が命令を受け、何とか立ち上がりハロドック達が降りた波止場とは反対側に走っていった。
「まだ足しか使ってねぇぞ?」
「……クソがあっ!!!」
右手でクイクイっと挑発するハロドックに、再び怒りを燃やした海賊は意地となって立ち上がる。
すると2人の男達は腰に隠していた銃を取り出し、ハロドックに向かって何発も撃つもハロドックは全てかわしていた。
「くそっ!!何でこの距離で当たんねぇんだよ!!」
「いや正面にしか飛ばねぇんだから銃口見れば余裕だろ」
サラッと言っているが、10メートルも離れていない距離で放たれた弾丸の速度をいとも容易くかわすハロドックは常人では理解不能な動きだ。
そして1つの弾丸がユリの顔に向かっていくも、ハロドックは右手の親指と人差し指でつまんで止めた。
「大した命中率もねぇくせに、火薬の無駄だな」
「ぐっ……くそっ!弾切れだ!!」
何度もカチカチと引き金を引き、弾が出ない事を確認してから叫びながら銃をハロドックに投げつける。
ハロドックが銃をはたき落とすと同時に、海賊2人は再び剣を構える。
「さっさとどっか行ってくれたらこっちも返り血浴びずに済むんだけどなぁ~」
そう言ってハロドックは取っておいた弾丸を右手の親指に掴んだ乗せ、人差し指で弾き飛ばした。
するとキャプテンと呼ばれる男の腰の入っていない独流の構えで握る剣の刃の中腹にぶつかり、剣は真っ二つに折れた。
「キャプテン!!剣が……」
「ちぃ……行くぞ!」
ようやく諦めた2人の海賊は、ハロドックが追ってこないだろうとみて背を向け逃げるように引き下がっていった。
「……すごい……」
「戻るぞ、その服じゃケツ丸出しだからな」
「う……うん……」
2人は少し速く歩き、ボートを停めておいた波止場に戻った。
しかしそこにはシュベレットの姿が無く、忽然と姿を消していた……オールやハロドック用の枕など物は何も盗まれていない。
「……あれ……シュベレット……」
「……反対側にあの野郎の気配がある、拉致られたか?」
「シュベレットは特等聖戦士だったんだよ?……あんなチンピラなんかに……」
「そういえば3日何も食ってなかったな……ストレスで」
「え!?……もう、バカ!!」
事実この3日でシュベレットが食べたモノは、今朝のヒトデくらいだ。
そのヒトデもユリがあまりに美味しそうに食べるものだから、一口だけ食べて後はユリに分けていた。
「お前は待ってろ」
「私も行く!!……私が決めたから」
「……おう、分かった」
意気込むユリの眼差しはさっきまでとは全く違い、揺るぎない覚悟を宿している。
それだけユリが体験した絶望は深く、ハロドックがユリに与えた勇気はあまりに大きく、そして眩しかった。




