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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第83話 Moon lullaby 8

 ハロドックとユリの2人は姿を消したシュベレットを追い、反対側の岸に向かって海賊が拠点とするこの無人島を一直線に突っ切っていった。


 「……はぁ……はぁ……」


 「……おい大丈夫か?スピード落とすか?」


 草花や木の枝、石ころがただでさえ心身の疲労が溜まっているユリの足を邪魔し、走るスピードが上がらない。


 ここは文明の無い島、いくら我慢しても裸足のユリには限界がある……ハロドックも自身が焦れったくなるくらい遅く走っているがコンディションが違いすぎる。


 「はぁ……大丈夫……だから……」


 「……はぁ……」


 言葉と状態が合致せず、膝に手をついて息を切らすユリを見てため息をつきユリのそばにより、有無を言わせず抱き上げる。


 「へっ!わっ!ちょっと!?」


 「安心しろ、お前はシンデレラじゃねぇから」


 「何の事!?」


 この世界にシンデレラという物語も人物も存在はしないのだが、ハロドックが何故その単語を口にしたのか……それはまた別のお話。


 「どっちも灰被りだが、お前は魔法にかからなくても俺に出会った」


 「よく分かんないけどさっさと降ろしてよ!!」


 「お前のそれはただの意地っぱりだ、可愛いけど今はいらねぇよ……分かったか?」


 「……うん……」


 分かってはいない、つまり自分は足手まといだと言われているのと同じだと不満げな表情を露骨に浮かべるユリ。


 さっきまでの無様な姿とは同一人物とは思えないほどに、切り替えが早いという次元ではない覚悟にハロドック自身も驚いたのは確かだ。


 しかし心と体は必ずしも並走はしない、ユリの体は依然として弱者のままだ。


 ハロドックは急ぐ必要などなく、シュベレットがたとえ本当に3日食事を抜いていようがシュベレットが何とかするので歩いても、何なら向かわなくてもいい。


 それでもハロドックは、ダメ押しと言わんばかりにユリの望みを叶える勇者や王子の類となるために、急ぐ最善の方法を選択した。


 ユリも急ぐ最善としてはこれだろうと心の奥底では思っていたので強く否定はせず、抱き抱えられたままさらに速度を上げてシュベレットのいる方向へと向かっていく。




   ※ ※ ※ ※ ※




 向かい側、島でルブラーンのある大陸から最も離れた地にある砂浜の沖……そこには巨大な帆船が海上に浮かんでいた。


 大きな帆には目立つように大きくドクロのマークが描かれており、古びて汚れが濃く現れている船体がより禍々しさを彷彿させる。


 ハロドックがユリを抱き抱えたまま砂浜近くの崖の上に辿り着くと、船は既に出航し島から数キロ近く離れていっていた。


 「……そんな……」


 「仲間集めて迎え撃つんじゃなかったのかよ……さすが海賊、詭弁は基本か」


 「そもそも……シュベレットが何で……」


 「洗脳でもして武器にする、は無理か……女の富豪に性奴隷として売るとか、あのガタイと……知ってたら肩書きは金になる」


 「……あのボートで追いつくの?……」


 「は?んな面倒くせぇことするかよ」


 ハロドックの腕の中から降りる体制と気持ちを整えていたユリだが、ハロドックは再びしっかりとユリを抱き抱え直した。


 「へっ!?」


 「俺の滲み出るエロスで濡れんなよ、俺も興奮しちゃうから」


 そしてハロドックはしゃがんでタメを作り、左脚で立っている位置が凹み亀裂が生じるくらいに強く踏み込んで大きく跳び上がる。


 「えええええええええ!!ちょおお!!」


 同じ体験をつい昨日したユリだが、まあ慣れない……両腕でハロドックを抱きしめ落ちない努力を半分本能でする。


 上昇するのは初めてなので風圧に驚き、降下する際に発生する酔いみたいな感覚も嫌になる。


 「よく叫ぶな~お前」


 東から陽光差し込む朝空に弧を描き、砂浜、海を跳び越えバランスを崩す事無く状態を維持し呪力で培った空間認識能力が着地位置に少しのズレも許さず、たった一歩で帆船の前方にある甲板に着地した。


 「ぬおおとと!!」


 「な!何だあ!!?」


 和らげるように工夫はしたが思い切り着地したために船は大きく揺れ、立っていた者も座っていた者も乗員は全員倒れる。


 さらに着地した甲板には亀裂が生じ、踏み外さなかったラッキーを噛み締めるハロドックから離れず降りることを拒むユリ。


 「っと、こんな汚ぇ船になぁ……後で俺がお背中洗ってやるよ」


 「お尻掴みながら言われて承諾するとでも?」


 もはや掴まるだけでハロドックの支えは必要性が欠けてきたため、余った右手でおもむろにユリの尻を鷲掴む。


 「な、何だお前ら!!!?」


 「さっき、デケぇ野郎を拉致ったのはこの船か?うちの小間使いが金になると思ってんのか?」


 海賊達は立ち上がりハロドックの姿に怯えつつも、威嚇のために番犬のように吠える。


 「恥ずかしい……」


 「何しに来た?」


 すると先ほどユリを襲おうとしハロドックに退けられたキャプテンと呼ばれる男が船内から現れ、ハロドックの姿を見るなり右腕を挙げた。


 それを合図と受け取った100人近い船員達は男の姿に鼓舞され、怖れは失せ全員剣を抜き、ハロドックとユリに向かって構えた。


 「デカい奴拉致ったよな?」


 「ああ、ジェノサイドに売れば言い値で買い取ってくれんだろ、ジェノサイドは太っ腹だからな」


 やはりシュベレットを捕らえたのは金銭目的、ジェノサイドほど巨大な組織なら何らかで価値を見出し買い取ってくれるだろうという算段だ。


 実際ジェノサイドがシュベレットを商品として見たなら購入は即決だろう……半鎖種主義の人間界では情報が無く、まして海賊達にそのような情報が回るはずもなく、その価値が分からないだろう。


 シュベレットは元特等聖戦士、1人で世界すらも蹂躙出来る力があると表向きでは認められたのだから、間違いなく戦力として購入する。


 実力は特等聖戦士としては伴わなくても、それに限りなく近い戦力はあるため、ジェノサイドには有益しか無い。


 「助けに来たっつったら、どうする?」


 「この数を倒せるとでも?」


 下っ端らしき男がそう問うと、その質問がバカバカしく思えたのかハロドックは両方の意味で海賊達を見下ろして口角を上げる。


 「かわいそうだから、お前のせいで半裸が精一杯のケツ丸出しビッチを抱きながら相手してやるよ」


 「はあ!?」


 王国庭園とは比較にならない数が相手だが、ハロドックは自信というより余裕すら感じる。 


 1対100以上、さらにハロドックは両腕が使えないというハンデ、誰がどうみてもハロドックに勝ち目は無い。


 キャプテンと呼ばれる男はたとえ乗り込んできても数の暴力で押し退けられると考え、とんずらをこいたのだ。


 しかしその思惑に飲まれてなお、ハロドックはその不敵な笑みを絶やさない。


 「……なめやがって……」


 (よし計画通り、わざと海賊いる島でユリを危機的状況に追い込んでから俺が華麗に救い出し、さらにあのデカブツがわざと捕まってそれを俺が助ける事によりユリからの信頼を勝ち取る……


 バカやったり時々優しくしたりの繰り返しでユリの脳裏に俺の存在を大きくし、ユリを落とす!


 今までの継承者は毎回この作戦で落ちたんだ、継承者は壮絶な半生だから落としやすい……チョロいチョロい)


 「殺せえええ!!!」


 「「「うおおおお!!!」」」


 右手に持つ剣を高々と掲げながら、船中に響き渡る男の一声で船員達は一斉にハロドックにかかっていった。


 同時にハロドックは、当人に何の相談もしないまま突然ユリを真上に放り投げた。


 「え!?え!?」


 「こっちもまともにやり合う気はねぇよ」


 ハロドックは時間を止め、腰に携えるナイフで流れていれば時間にしてほんの数秒の衝撃的なスピードで剣を持つ海賊達全員の喉をかっ切った。


 喉をかっ切る際は、切られた本人が気付かない程の速度で時間の流れのオンオフを操作し、切る際は流し、切れば止めるを繰り返す。


 「よっと」


 ハロドックは血塗れたナイフから血を振り落としてからしまい、止める以前の立ち位置に戻り時間を動かしてユリを受け止めた。


 「わっ……え……」


 すると海賊達は全員、まるで一斉に首から血を噴き出し倒れていった。


 「な……なな……何をした!!……」


 キャプテンと呼ばれる男だけを残し、船には100以上の真新しい屍が並ぶ。


 他から見ればハロドックは何もしていない、それなのに気付くと目の前の全員が死んでいる光景には驚きを隠せない。


 「こいつを放り投げただけだが?」


 「ふ……ふ……ふざ」


 男が喋り終える前にハロドックは足元に落ちていた死んだ海賊の1人の剣の切っ先が男に向いているのを見て、柄の先端をつま先で蹴り飛ばす。


 バリスタで放ったみたいな速度と正確さで剣は男の鼻に突き刺さり、その奥にある脳幹を貫いた。


 多量の血を吐き出しきる間もなく、苦しむ様子も無く男は即死した。


 「……ハロドック……」


 「心配しなくてもかわいいから」


 「……へ?……」


 「俺だけ見てろ」


 目の前の惨状について聞こうとするが、ハロドックは答える事が面倒くさくなりいつものハロドック節を吐き捨て逃げる。


 そしてユリが見れば正気はまず失うであろう目の前の景色を見せないために、ハロドックはさっきからユリの首をこちら側に向け見つめ合う。


 そしてハロドックはユリを抱きかかえたまま、屍を避けるでも無く踏みながら真っ直ぐに船内に入った。




   ※ ※ ※ ※ ※




 ボロく異臭の漂う船内……その全ての部屋をくまなく捜し、ユリはようやく船に足を着け二手に分かれてシュベレットを捜す。


 そして船の下層部にある宝物庫の中で、縄で両手足をガチガチに縛られ跪いているシュベレットがいた。


 「シュベレット!!」


 「……ユリ様……」


 目に涙を浮かべながら、ユリは走ってシュベレットの前に座り込んだ。


 「……ユリ様……申し訳ありませんでした……私が軟弱なばかりに恐ろしい目に」


 「バカ!!!!……ホントにバカ……何……ストレスで3日も飲まず食わずって……それで簡単に捕まって……バカ……大バカ野郎だよ……ホントに怖かったの……」


 ユリは浮かべた涙を頬に伝わせ、今の感情を曝け出して思いを口に出す。


 「……しかし、彼がいてくれたじゃないですか」


 「……え……」


 「彼は私より強い、私より女性の理解がある、私より……ユリ様を心配していました……」


 「……は……何言って……」


 (おい何だそのアドリブ聞いてねぇぞ、下手に自分卑下して俺を上げても株はお前の方が上がるんだよ!!!ふざけんな!!!)


 ハロドックの作戦ではここから徐々にシュベレットはユリと距離を置き、だんだん会話もなくなりそこにつけ込んでめでたく結ばれる、というものだ。


 内容を見れば下衆の極みだが、今までの継承者に無い別の男という状況において、突然現れたハロドックの勝算はこれしか無い。


 そう打ち合わせをした上でわざとシュベレットは捕らわれたが、ハロドックの思惑はシュベレットの行動でズレ始める。


 「……ユリ様と抱擁を交わした先日、私は決めました……私は、ユリ様の元から、離れなくてはならないと」


 「……どうして……何で……」


 シュベレットの突然の告白に、ユリもハロドックも困惑の表情を浮かべる。


 続けてシュベレットはこう言った。


 「……ユリ様は……無理に満足をしていました……自分に葛藤していたのか、私に気を遣ったのか……私はユリ様に、心の底から満足のいく人生を歩んでほしいと思いました……そこに……私がいてはならないと、そう思いました」


 「……全然分かんない……全然分かんないよ!!!……シュベレットが何言ってるのか……これっぽっちも分かんない!!!」


 「私がいたら!!ユリ様はあらゆる機会を得なくなってしまう!!!……貪欲さが……意思が……ユリ様はたとえ無意識であっても……私に甘えているんです」


 「……だから……何なの?……それの何がダメなの?……」


 「……幸せは、勝手に舞い込んできはしません……悩み、もがき、それでも、自分を信じ切る者が、目に、心に一切の曇りの無い者だけが……見る事が出来る、聞くことが、感じることが出来る温もりを……幸せと呼ぶのです」


 「……シュベレットが……私の幸せを邪魔してるの?……そうなの?…」


 「……はい、私がユリ様のフィルターとなってしまい、踏み出せずにいるという事になってしまっています……」


 「……そんな……こと……は……」


 「ハロドックどの……感謝する」


 「……え?」


 話を聞き入っていたハロドックは突然名指しされ、集中を切らして我に返る。


 「……ユリ様の歩みと共に……並んで歩いてくれて……」


 「……ああ」


 「……私は事が済み次第、ユリ様とハロドックどのと別れます……別れがなくては、人は成長出来ません」


 「……シュベレット……」


 「……たとえどれだけ遠くにいても……私はいつも……ユリ様の幸せを願っています……あなたは私の……希望ですから」


 「……う……うぅ……」


 溢れ出る涙を拭うユリの頭をハロドックは右手で優しく撫でた……それしか出来なかった……それ以外にするべきではないと理解していた。


 「腹括れユリ、お前の弱さで男の決意踏みにじんなよ」


 「……っ……」


 するとユリは無言で一歩一歩とゆっくり歩み寄り、シュベレットを優しく、それでいて強く抱きしめる。


 「……ありがとう……私のために……ありがとう……私……頑張るよ……だからシュベレットも……負けないでね」


 「……はい……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 数分後、ハロドックは船を近くのボートを停めている島とは別の無人島に停め、シュベレットはそこで降りた。


 2人はシュベレットを後にし船を進める。


 船を見送るシュベレットに、2人は手を振ることはなかった。

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