第78話 Moon lullaby 3
父である王がいない日は、決まって眠れない。
全世界で最も古い伝統を誇る王族、クルエルの次期当主、王となる重圧はハンパじゃない。
間もなく父が退位となり自らが王となる日が近いために、緊張感は日に日に高まり、強欲なケイナンとは違って妻との夜伽は最低限しか行わず、未だあまり子宝には恵まれていない。
今みたいに夜の深い時間に目覚めてしまい、月明かりが所々差し込む王宮を1人歩く事も珍しくない。
チャーリーはユリを監禁する事に疑問を抱いている。
ユリが持つ〝ホシノキズナ〟なるものが人間界に、クルエルにとって如何に重要なモノなのかは、幼少の頃に叩き込まれ理解しているつもりだ。
かといって一個人を王宮を上げて民衆に隠すことは、人間界が掲げる平穏な世の中とは真逆の行為に思える。
人間界の現状に不満を持つケイナンでさえ、ユリの監禁は異論などなくむしろ管理の責任者にすらなっている。
これまでの歴史の中で〝ホシノキズナ〟を持つ先祖達は、皆必ずある男によってルブラーンから拉致されている。
〝狂犬〟ハロドック・グラエルだ。
何百、何千年と防衛策を練ってきたが、どれもハロドック・グラエルには無意味で呆気なく攫われる。
そもそも代々のクルエル達は〝ホシノキズナ〟をどうしたいのか、何のために護るのか……。
確かにかの〝千年戦争〟を終結させたのは〝ホシノキズナ〟を持ち、その力を駆使し全世界から英雄と崇められるマナクリナ・クルエルだ。
しかしそれ以外に〝ホシノキズナ〟の逸話を聞いたことが無い……歴史を創り出したことでそれが持つ力の偉大さは理解出来るが……ユリを見る限りそれだけの力を持っているようには思えない。
ハロドック・グラエルは〝ホシノキズナ〟の価値を理解しているのだろう、でなければ歴代全ての継承者を攫うなんて真似はしない。
しかしこれ以上の詮索はやめておこう……眠れなくなるし……何より……〝ホシノキズナ〟は、「覚醒」という条件を満たさなければ、その意味を成さないと云われている。
そしてクルエルの教えの中にこうある……下手に手を出すな、しかし寿命を全うするまで殺すな、と……。
当たり前すぎて疑ってこなかったこの教訓も、考えてみれば変だ。
情報が足りなさすぎるから、どう仮説を絶てても行き止まる……そういう次元の問題じゃないのだろう……。
「……ハロドック・グラエルは……何のために〝ホシノキズナ〟を…」
※ ※ ※ ※ ※
珍しくユリの声がよく聞こえるなあと、その程度にしか思わなかった同刻の夜、チャーリーは考え事をしながら王宮のエントランスにふと立ち寄ると地下階段の扉が開いていた。
「……誰かいるのか……」
呼びかけには応答はなく、チャーリーは階段を下る。
地下への道は洞窟のように地面を削った程度の風貌だが、部屋に入れば王宮と同じように石造りの部屋となっている。
階段の壁にはたいまつが灯されており、誰かがいるのは確実だとほの暗い階段を右手で壁に触れながら1歩ずつ下っていく。
地下室に入るとそこにはケイナンの姿があった。
「……ケイナン……何をしている……」
「ん?確認だよ」
「何の確認だ」
地下には、歴史ある本がズラリと大きな本棚に並んである。
その本棚も所狭しと部屋の空間を埋め尽くし、掃除以外では誰かが立ち寄る事も無い場所だ。
「……ルブラーン王宮地下には5000年前の技術がそのまま残っている……遺産も、設計図も、古代言語の解読方法も」
「古代言語!?……あれは、まだほんの一部しか解読されていないはず……その解読方法……だと……」
脚立を利用し本をランプの灯りだけで見るケイナンの姿に、チャーリーは少し驚く。
これらの本に書かれている文字は、人類が文字を駆使し始めた有史以前から、かの〝霊王〟が創り出した新時代までに使われていた古代言語と称される文字だ。
現代の文字とは構造から何まで全く異なる代物のため、発掘されたモノから得る少ない情報で、少しずつ、少しずつ解読されていっている。
だが驚くことに、その解読方法が記された書籍がこの地下室には存在しているとケイナンは口にした。
それは安易に歴史を覆すモノで〝霊王〟が葬った旧時代、そして創り出した新時代、そしてベイル・ペプガールが葬ったその新時代を知る術を手に入れた事となる。
「そんなことは無い、人間界以外じゃもう解読はかなり進んでいる……リ:ミゼルでは6割が解読出来たと言われている……1000年に一人の天才、ハリー・ベイゼルの息子で考古学が専門の、デイビッド・ベイゼルによってな」
「……何が言いたい」
埃を被った赤い本を左腕に抱え右手でランプを持ち、ケイナンは脚立を身軽に飛び降りた。
「分からないのか?古代言語が解読されれば、ベイル・ペプガールにより滅んだと思われた先人達の知識がこの世に再び降り立つという事だ」
「っ!?……やめるんだ、今すぐその作業を止めろ!!」
ケイナンの行為は人類を発展させる大きな手がかりとなる……発展とは平穏を脅かす存在のため、チャーリーは大声を上げて不敵な笑みを浮かべるケイナンを止めようと試みる。
「……俺はいつ止めても問題ない、老い先短い親父も直に死ぬ、あと邪魔なのはお前だけだチャーリー」
「ケイナン……本気で言っているのか!!!」
「……冗談だよ」
そう鼻で笑いながら言い、ケイナンは部屋を出て行こうとした。
「待て」
チャーリーは部屋を出ようとするケイナンを止めた。
ケイナンは階段の前で立ち止まり、振り返る事無くチャーリーの話を聞く。
「……古代言語解読が及ぼすのは……それだけか?」
「……ジェノサイドにも、コールド・プログやミルベル・ファーゼルなど優秀な頭脳が集まっている……コーゴーはおそらく〝王証〟の謎を解こうと思っているんだろうが……ジェノサイドは違う」
「……知っているのか?」
「噂程度だが……ガービウ・セトロイならやりかねない噂だ」
「……何なんだ……」
「───賢者ベントスの、復活だ」
「なっ!!!!?……あの……賢者ベントスを……」
存在そのものが不明確な存在、賢者ベントス。
神が造り出した世界に害悪をもたらし、神の怒りを買った人類を滅ぼすために存在する、魂の宿った人型兵器達の総称が賢者ベントスとされている。
「よくやるよ、あんなの復活させたら、神も黙っちゃいないだろうな、っははは!」
ケイナンは様々な思惑を孕んだ笑い声を上げながら階段を上り、地下から出た。
「……くそ……人の探究心には……抗えないのか……」
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、ユリは1人いつもの部屋のベッドの上で目を覚ました。
「……あれ……シュベレット……もう行ったんだ……」
ユリは着替え小さな窓を開けようとすると、いつの間にか窓から男が覗いていた。
「……ん……えっ!!!?……えっ!!何!?誰!?」
驚愕したユリは尻もちをつき、そのまま後ずさりして壁に背中を貼り付け男の目を見る。
「あのさ、時間止める力ってさエロに愛された俺のためにあると思うよな?」
「……は?……」
「あーいやいや冗談だ……お前が……第8ホシノキズナ継承者、ユリ・クルエルだな」
「……は……はい……」
何の継承者か上手く聞き取れなかったが、とりあえず名前をズバリ言い当てられたので思わず答えてしまう。
「俺はエロを愛しエロに愛された生来の変態、ハロドック・グラエルだ」
「……ハロドック……グラエル……え……」
昨夜シュベレットが話を聞いた、シュベレットと共に自分を外へと連れ出してくれる存在。
顔の半分しか見えないが、その目は昨夜のシュベレットと同じ揺るぎない誇りを懸けた男の目だと分かった。
「シュベレットから話聞いてるか?」
「……はい……」
聞きたい事は山ほどある……あるはず、なのに……また思考がまとまらない……突然の事すぎて……今まで何の音沙汰もなかった日々が、急速に展開されていく……。
ついて行けない……ただ、ここから出ることが出来るのは確かで、シュベレットを信じそのシュベレットが頼るこの男を信じる事が今自分がやるべき事なのだと理解している。
「シュベレットが戻ってき次第また来る、多分俺がコーゴー本部まで行かなきゃなんねぇから、よろしく」
そしてハロドックは何の前触れもなくいつの間にかその場から消えていた。
「……あれがハロドック・グラエル……え……いつから見てたの?……え!?……気持ち悪い……」
緊張がほぐれると、ハロドックの覗き行為に寒気が走り、1人叫んでしまった。
わざとなのか否か、ハロドックは出会う異性達にもれなく変態のレッテルを貼られていく……そしてそれを楽しむ姿も見受けられる。
※ ※ ※ ※ ※
ハロドックが姿を消した数分後、ケイナンはチャーリーに呼び出されチャーリーの部屋に赴いた。
ノックもせずに扉を開け、1人だと大部分を持て余すほどの広い部屋のソファに寝転ぶ。
「……シュベレット・フレブルはコーゴーを辞める、長官職も降りる事になる……チャーリー、後任はしばらく決まらないそうだ、特等なんてすぐ決まらない」
「らしいな、セコい奴だ」
シュベレットの情報は既にケイナンにも入ってきている。
「代理と言ったらなんだが、俺が強いのを連れてきた、元ジェノサイドの幹部だったそうだ」
「……信用出来るのか?」
「ジェノサイドが嫌になって辞めたんだ、知ってるか?ジェノサイドに入った奴らの理由の9割は、金に困ったからだそうだ」
「……世話係は務められるか?」
「無理だな」
寝転ぶ足を地面につけてソファに座り、指を組むケイナンは、今日初めてチャーリーと目を合わせる。
「……分かった、代理がすぐ見つかったのはこちらとしてもありがたい、世話係は王宮の従者に交代制で付いて貰う」
「さすが兄様、次期王はご決断がお早くて物事がとんとんと進みます~」
皮肉交じりの賛美を、昨日と同じ不敵な笑みを浮かべながら口にしたケイナンは、話が終わったとみてすぐに立ち上がり、部屋を出た。
「……そうか」




