第79話 Moon lullaby 4
「どうもー」
「ギュートラス・ゴージス、魔人族だ」
ケイナンはチャーリーの部屋を出てすぐに扉を開け、シュベレットの後任の長官として、ギュートラスを招き入れた。
「……臨時長官職だが、いいのか?」
正式な決定はコーゴーなどとも掛け合い、年内には決めておきたいのがルブラーンにとっても幸いだ。
「構いませんよ~、どうせ新しいの決まったところで俺はルブラーンに居座るんで」
「……どういうことだ?」
「王家直属の機動部隊にでもなるってことです、人間界は国って概念が無いから必要無さそうにも思えるけど、クルエルは大事でしょ?」
この提案の一例を挙げた事で後に王宮直属の暗殺部隊が作られ、その隊長にギュートラスは選ばれた。
「……ジェノサイドとの繋がりはあるのか?」
「無いですけど、あったらマズいんですか?」
ケイナンの話では、元はジェノサイドで幹部を務めていたという事なので、本人の口から確かめる必要があるとチャーリーは見た。
無論、ギュートラスの答えが真実か否かはこの質問だけでは何とも言えないが。
「人間界は半鎖種主義で、可能な限り他種族を受け入れていない、疑わしきは罰す、それが我々の理念だ」
鎖種とは、国同士の交流を完全に切る鎖国と同様に種族間の交流を完全に切る考え方である。
当時の人間界は、コーゴー以外との他種族との交流を完全に断ち、いわゆる半鎖種主義を掲げていた。
完全鎖種を貫いている種族は、当時も現在も、後にも先にも和人族の世界である〝陽ノ國〟のみである。
魔人族であるギュートラスは、そんな人間界にとっては異物に近いモノのため、チャーリーも警戒は解かない。
「……緩めの絶対王政ね、はいはい理解しました、よろしくおなしゃーす」
「……ああ」
ギュートラスはチャーリーの態度に少し嫌気を覚え、適当な返事で部屋を出た。
「実力は保証する、魔人族の生き残りだ」
「……胡散臭い事に違いは無いが」
※ ※ ※ ※ ※
そして3日後、コーゴー本部内国際裁判所にて。
コーゴー平和指導局による厳粛なる裁判……この裁判所で行われる事案はあらゆる種族に影響を及ぼす国際問題、またはコーゴー職員が重大な規約違反や重罪に問われた際のみに利用される。
ここで問われる罪は、自分の名誉のために神聖なるコーゴー戦士の序列を裏から操作し、そのために戦士1人を利用した罪だ。
自らが見出した戦士が序列を高めていくと、最高機関である〝神官十一帝機構〟内でもさらに大きな権力を手に入れることが出来る。
その暗黙のルールのために、掟を破ったその罪は死罪には至らなくても重罪には違いない。
また犯罪行為だと知っていながら、脅迫されていたとはいえ加担した罪がシュベレットには問われている。
2人の護衛に両端を固められ、両手で頭を抱えながら真っ青な顔で怯える老いた男とシュベレットは、今からその罰を言い渡される。
「被告人は前へ」
三重の手錠で繋がれたシュベレットが、証言台に立った。
既に覚悟は決まっている……己の罪も猛省し、暗い未来しか無かった己に光をくれた1人の囚われの姫のために、全てを捧げたのだから。
「判決を言い渡す、〝神官十一帝機構〟のカズラ・ハプナー氏、及びその関係者は巨大監獄ベルフェゴール第173層にて禁錮40年……
……平和執行部特等聖戦士序列10位のシュベレット・フレブルはコーゴー戦士の権利を剥奪、そして今後一切のコーゴーとの関わりを禁ずる」
「───」
思いのほか軽い刑だったために少し驚き、平和指導局長官である裁判長の顔を見上げる。
そんなシュベレットに裁判長はほんの一瞬だけ笑顔を見せ、シュベレットは言葉にはせずとも、目を閉じ軽く頭を下げ心からの礼を述べる。
「ふ!ふざけるなあ!!何故そいつだけ刑罰が軽いのだ!!!何故私だけがそんなに重いのだああ!!!!」
判決に不満を持ったカズラ・ハプナーは勢いよく立ち上がり、護衛に掴まれた肩を剥がさんと体を動かし意見を主張した。
「カズラ、あんたのコーゴーでの権力はたった今失せた……反省もしていないお前の意見は通らない、筋の通っていない奴は黙ってろ」
裁判長らしからぬ発言でカズラを押さえようとするが、それでもカズラは黙らない。
「貴様あ!!私に向かって何たる無礼だ!!私は〝神官十一帝機構〟のカズラ・ハプナーだぞ!!!そんな刑罰なんぞ揉み消してくれるわあ!!!」
現実を受け入れられないこの男は、自分がそんな事になってはならないという捻れた絶対が存在している。
故に傍聴席や裁判官からどんな目を向けられようと、何を言われようとも食い下がろうとはしない。
しかしそうは問屋が卸さない、もはやこの男にはこの場においては人権すらもあるか疑わしい状況だ。
他に厳しく、己にはより厳しく、そんな組織であるからこそ欲望に組織を利用したこの男の罪は罪状以上のモノがある。
「貴様、私に向かって何たる無礼だ、私はこの場における最高の力を持つ裁判長リリガル・ハヴイだぞ、こんな刑罰で物足りないなら、期間を延ばしてもいいのだぞ」
カズラと同じような言葉をならべ、皮肉と怒りを込めてそう言い放つ。
護衛に押さえつけられ、それでも暴れるカズラにリリガルは強制退出を言い渡す。
その後禁錮刑の年数がさらに延びた事は後日平和指導局によって知らされる事となるが……。
「被告人、最後に何か言いたい事はあるか?」
気を取り直し、シュベレットの肩を持った裁判長は真剣な眼差しで発言の許可を言い渡す。
「……娘はどうなるんですか?」
負担でしかなかった望まない家族ではあったが、それでもやはり愛娘はかわいい。
カズラの関係者の中にはシュベレットの妻も含まれているため、天涯孤独となる娘がその後どうなるのか気になるのも必然だ。
「……セシリア・フレブルは、〝癒波動の地〟へ連行する、以降の最低限の文化的で健康的な生活はコーゴーの名をもって保証する」
嘘はつかない、知らずに巻き込まれただけの小さな女の子の無事は、この場における最高の力を持つ男の口によって、無事が約束された。
「……ありがとうございます」
「これにて閉廷!」
※ ※ ※ ※ ※
数時間後、コーゴー本部である〝神樹ウーヴォリン〟を出てかなり歩くと、神樹を囲むドーナツ状の汽水湖〝ウーヴォリン湖〟がある。
その湖にはいくつかの橋が架かっており、その内最も人々の行き交いが少ない橋を3人の護衛と共に渡る。
そこから約100メートル間隔にある五重のゲートをくぐり、第1ゲートをくぐるとそこはコーゴーの管轄外、誰のモノでも無い神の森。
ゲート前で3人がそれぞれ持つ別々の鍵で三重の手錠を外し、コーゴー史上初の人間族による特等聖戦士となった大男は不名誉な形でその座を退く事となった。
「お疲れさまん……」
「おい、最後何て口にしかけた」
徒歩ならば1か月はかかる道のりを最速で渡るために、ウーヴォリンの神樹林にはあらゆるポイントに3メートル程の人工樹が立てられている。
コーゴー直属の研究機関リ:ミゼルによって開発された誰でも利用可能な瞬間転送装置だ。
ウーヴォリンの神樹林から世界へと渡る〝扉樹〟の解析により、〝神樹ウーヴォリン〟からその原理を生み出す素材があると明らかにされウーヴォリンの神樹林内のみで利用されている。
これにより人一人ずつならば人工樹のある地点を選び、場所間の距離に関係なく数秒での移動が可能となった。
そしてケイナンがルナによってアリシアに着けさせ瞬時にルブラーンへと引き戻したのは、この門外不出の発明をコピーすることに成功させたためだ。
シュベレットはゲート付近にある人工樹から、人間界への出入り口となる〝扉樹〟付近に瞬時に移動する。
2つの樹が縦に楕円形のドーナツ状に重なり合い、その真ん中に空いた空間をくぐれば神樹林とはまた別の森の、木々に囲まれた空間の真ん中に立っており、無数に分かれた道が360度に現れる。
シュベレットはそこから、最もルブラーンに近い場所にある〝扉樹〟への道を歩き、再び道の突き当たりに現れる〝扉樹〟をくぐる。
そしてルブラーンを囲む〝連なり囲む山脈〟が遠くに見える、ルブラーンから最も近い出入り口に出ると、目の前にハロドックが立っていた。
「そ、そりゃあ……ま」
「言うなはしたない」
「何がはしたない、だよ!てめぇの故郷だぞ!!」
何故ハロドックがそれをどうしても口にしたいのか理解不能だが、気色が悪いのでさっさと話が終わってほしいとシュベレットは願う。
「本題は」
「ああ……〝ピーーーーーーーーーーー〟……満足した」
「言葉のほとんどが謎の音で聞こえなかったぞ」
「俺も思ってもみないような繋がりをゲットしたな~」
形はどうあれ実力史上主義のコーゴーで特等聖戦士となったのだから、その能力は折り紙つきだ。
ハロドックも利用のしがいがありそうな奴が手に入ったと思わんばかりに笑みがこぼれる。
「……ハロドック・グラエル……ユリ様を救い出した後はどうするんだ?」
「あ?ユリのやりたいようにする、気ままに旅したり、美味いもん食ったり、なんだっていい」
ハロドックは基本的に、連れ出した後はノープランだ。
〝千年戦争〟のような力を必要とする場面ならば何とか〝ホシノキズナ〟覚醒の手助けをするが、何も無ければ何もしない、やりたい事をやりたいだけやらせるだけだ。
ならば連れ出す必要性は無いのでは?と思うだろう、実際ハロドックもそう思っている……だが、せざるを得ない強力な縛りがあるために、ハロドックは毎回〝ホシノキズナ〟継承者を連れ出す。
「私も付いていって構わないか?」
「……いいけど、俺がユリとイチャラブすんのは邪魔すんなよ」
「……分かっている……だが、これだけは約束してくれ」
「ん?」
「───ユリ様を……生涯幸せにしてくれ」
決して自分には出来ない、自分が成し遂げたい願い。
野郎の願いはほぼ受け付けないハロドックが、全身全霊を以て頭を下げるシュベレットの覚悟は受け止めた。
様々な思惑が交錯する人間界で、8度目となる約束された2人の物語が、幕を開ける。




