第64.5話 The last paradise
この夢が醒めたなら
自由になれるのだろうか
否
待つのは永久の贖罪
The last paradise ~Sin~
800年前、〝自然郷〟ミズの一族の郷、王都トルメール。
その王宮敷地内の庭の芝生に、仰向けに寝転がり空を見上げる一人の少女がいた。
この王宮はルブラーンのような城のようにそびえ立つものではなく、宮殿のように敷地面積の広大なものだった。
「ビオラ様……ここにおられましたか」
すると一人の老いた男がビオラに歩み寄った。
「……ねえチド」
「はい」
「……人を殺したいって、どんな感情なのかな……」
「っ……ビオラ様……」
あまりに奇怪なビオラの言葉に、チドは僅かに恐怖感を感じた。
ビオラはこの王宮敷地内に軟禁状態にあった。
ミズの一族の王である、父親により、その身は管理されていた。
※ ※ ※ ※ ※
約10年前、ビオラが生まれて間もない頃、全ての郷が交差する地点にある最も神聖な地、エーギルの樹林にある中心にそびえる天樹エーギルの中に造られた集会所に、5人の男女が集っていた。
「……まさか、もうヒュドール様が亡くなられるとはな……」
ヒの一族の代表、ゴウス・ジャグネット。
ヒの一族はいくつかの国があるが、その中で最大最古の国、ビザニア王国の王であるゴウスが代表してこの集会に来ている。
「短くなかった?初代とかは何万年も生きたって聞いたけど…」
モリの一族の代表、ジュラ・スリーム。
モリの一族もまたいくつかの国があるが、ジュラはそのどの国の王家にも属していないが、最強の女の名の下、現自然族で最もヒュドールに近い存在とされる強さを誇りこの集会に来ている。
「ガービウ・セトロイの台頭であらゆる世界は荒れ、コーゴーの参入で一見均衡が取れたかのように見えるも、やはり世の乱れは生じてしまっている」
コオリの一族の代表、カブナリ・ローメニア。
コオリの一族は国が一つに統一されており、その王であるカブナリが代表として来ている。
「人に上下をつける事がそもそもの間違いだ、確かに地位はある方が説得力がつくが、精神的な平等は確保されるべきだよ」
チの一族の代表、ムルマン・ゴディン。
彼女もまた最強の自然族の名の下、ジュラ同様最もヒュドールに近い者として、王族とは無縁ながら代表として来ている。
「話が脱線しているぞ、問題は五代目が六代目を決めずして亡くなられた事だ……一体〝カミノイノチ〟はどこにあるのかという事だ」
ミズの一族の王、メンロー・ムイ。
国の形は変われど残り続けた自然族最古の都市、トルメールにて王座に君臨する、ミズの一族の唯一王として代表で来ている。
「そもそも~、〝カミノイノチ〟ってそんなに重要?」
「当たり前だ、自然族5つの一族を結ぶ初代様の思いそのものだぞ、ヒュドールに最も近い者とは思えない発言だな」
「いいでしょまだヒュドールのイロハを知って4カ月だよ?」
「4カ月もあれば最低限の教養は得られるはずだ、お前が怠惰なだけだ」
ジュラとカブナリがそう言い合っていたところに、円を組むような並びで座っていた5人の真ん中に、突然黄緑色に光る女体を持つ者が現れた。
「……え……誰……何で裸……」
「…ボクを知らない奴なんているんだ~、不っ思議~」
「エーギル様!!」
するとジュラ以外の4人は、エーギルに向かって右膝を立てて右肘を置き頭を下げた。
ジュラはそれを見て見よう見まねで同じく頭を下げた。
「いいよそんなの、ね、普通に座って」
そう言うと5人は礼を解き、元の姿勢で座った。
「エーギル様……」
「言いたい事は分かるよ、〝カミノイノチ〟がどこにあるかだよね」
「けど、その前に五代目は何で死んだの?寿命とか無いのに」
「契約が切れたんだよ」
「……契約とは?」
「カブナリちゃん」
「ちゃん?」
「キミもキミで怠惰だよ、契約内容マーシェルちゃんから聞いてるでしょ?」
「……いえ……五代目は何も……」
「……ああああああ!そうだよ!マーシェルバカなんだったあああ!……何でもかんでも1人で抱え込むバカだった……うん、とりあえず話すね」
そう言ってエーギルはその場に座り込んだ。
「……マーシェル・キエル元より、マーシェル・ベルシティとの契約は───
〝自然族の王たる資格を持つ者として我と契りを交わせ、汝は〝王証〟とその真意を示す呪いを受け取り、我の跡継ぎとして世に出て自然の恩恵を受けし地を統べよ、そしてその資格を持つ者が表れし際には、その者に〝王証〟と呪いを譲渡し、汝の運命を我に委ねよ〟
って感じのね」
「呪いって何?呪力?」
「ジュラ、貴様は黙ってろ」
「……しかし、譲渡された者が誰なのか……いかんせん無口な方でしたので……」
ムルマンはエーギルにそう言った。
「うん、確かに勝手に見つけて勝手に譲渡した、譲渡したから死んで今に至る……そしてもう六代目はいる、呪いは多分まだ体質的に無理だけど、10歳くらいになったら発現するよ」
「……どこにですか……」
「どこって、キミの娘だよメンロー」
「……私……の……」
※ ※ ※ ※ ※
その後会談は1時間程で終了し、メンローは急いで馬車に乗り込んだ。
「お疲れ様でした王、如何でしたか」
「すぐに戻れチド、あと、今後一切ビオラの自由は私が管理する」
「……どういうことですか……」
「詳しい事は帰ってからだ……これを利用しない手はない」
※ ※ ※ ※ ※
現在に至る、ビオラは突然立ち上がり王宮の中に入っていった。
「ビオラ様、先ほどの言葉は一体……」
「いい、自分で探す」
「そ、そうですか……」
そう言ってビオラはメンローの部屋に向かい扉を開こうと試みた。
「いけませんビオラ様!!」
「何故?」
「何故って……王の部屋です、王の許可が無くては入ることは許されません、当然です」
「けど、その王が入ってはいけないと言えない今なら入れるのでは?」
「は……何を……」
要するにメンローに入っていいかの是非を問えば、必ずNOと答えるから、メンローのいない今ならNOとは直接言えないため入ってもいいとビオラは考えた。
「……あ、鍵」
至極当然だが、鍵がかかっているので扉は開かなかった。
「ビオラ様、もうすぐ王も出張から帰ってこられます、どうしても要件がございますならそれからでも」
「あの人はワタシの話を聞かない、なら直接探せばいい」
するとビオラは普通にドアノブをひねり、扉を破壊しメンローの部屋に入った。
「ビオラ様!!何をお探しなのですか!!?」
「……母の死因」
そしてビオラはドアを閉め、メンローの部屋の棚や引き出しから書物や書類などをしらみつぶしに調べ始めた。
※ ※ ※ ※ ※
その数十分後、メンローは帰宅した。
チドをはじめとするメンロー直属の部下達10数人が、王宮の正門から出迎えた。
「お帰りなさいませ王」
「ああ、ビオラは大人しくしているか」
「……それが……」
チドはビオラが勝手にメンローの部屋に入ったこと、その理由を話した。
「……そうか」
「お許し……頂けるのですか?……」
「探したところで何も無いからな、ミシアの情報や私物は全て処分した、ビオラにはただいたという事実しか知り得ることは出来ない」
「……ならよろしいのですが」
「呪力が発現すればすぐキングの元に下らせる……〝王証〟のひとつを手に入れたとなれば、キングもさぞお喜びになる」
「そうですね」
そしてメンローは部屋の前に立ちドアノブをひねるも、ドアには鍵がかかっていた。
「……鍵がかかっているが、壊したのだろう?」
「はい……確かにこの目と耳で……」
「……どういうことだ」
メンローはポケットから鍵を取り出し、解錠して部屋に入った。
そこは物色された跡は無く、何かが無くなっている訳でもなかった。
「……本当にビオラが入ったのか?」
「間違いありません!この身に誓って絶対に!……止められなくて……大変申し訳ありませんでした……」
チドはそう言ってメンローに土下座をした。
「よい、それよりビオラを探せ、もういつ呪力が目を覚ましてもおかしくない……エーギル様の予言は絶対だ」
「はっ!!」
チドはそう言って王宮の従者たちにビオラの捜索を命じ、王宮中を探し回った。
※ ※ ※ ※ ※
数分後、ビオラは捜索網をかいくぐり、再びメンローの部屋に入った。
「……なんだ、どこにいたビオラ」
しかしメンローは部屋に留まっていたため、部屋の大きな椅子に座ってビオラを待っていた。
「王宮」
「ふっ……いやまあ、部屋に入ったというのは事実か?」
「ええ」
「鍵を壊したと聞いたが?」
「あんな単純なの、見れば誰だって直せる」
「……ほう、して、何のようだ?ノックも無しに」
「……っ!!?」
ビオラは何かを口に出そうとした瞬間視界が揺らぎ、メンローの脳内に吸い込まれていく感覚があった。
※ ※ ※ ※ ※
そしてビオラの目の前には、赤ん坊を抱く女と話すメンローの姿があった。
同じくメンローの部屋、メンローは同じ椅子に座り、赤ん坊を抱く女は机を挟んでメンローの前に立っていた。
女の表情は、混乱と怒りが混在しているように思えた。
ビオラはその様子を、右側にメンロー、左側に女がいるという地点で意識のみで垣間見ているという状態だった。
「……今……なんて言ったの……」
「ビオラはエーギル様に……五代目に選ばれた、それを有効活用すると言った」
その光景は、メンローが会談から帰ったすぐ後の夜中の話だった。
「有効活用?……仮にも自分の子供ですよ……どうして……どうしてそんな冷たいことを…」
「冷たい?……そうだな……自分でも不思議なもので、今までは許せなかった罪の意識を今は高揚感と共に心に棲み着いているんだ」
「……何を……言ってるの……」
「ミシア、君はこの世界が好きだと言ったな」
「……はい」
「何より平和で、温もりに満ちたこの世界が好きだと、そう言ったな」
「……はい」
「───私は、つまらないと思った」
「……え……」
「こんなにもつまらない幻想を抱く女と結婚するのかと思うと、ため息が出たよ」
「……あ……あなたは!!……自分もそういう今を、持続し、胸を張って次世代に継げる世界にしたいって……嘘だったの?……」
「口では何とでも言える」
「っ……なら……どうして私と結婚したの!?」
「ミズの一族で最も資産を持つヴィリタウト家との政略結婚、あとはその伝を利用しての人脈確保、あとは……いい尻だから何人も子が産めるなと、それくらいか……ああ、もう子供はいらないなぁ、こいつだけで十分だ」
「……この子は……ビオラは絶対に、絶対に渡さない!!!!!」
「……そうか」
ミシアは部屋を出ようとドアを開けると、そこには数十人の武装した兵隊が廊下を埋め尽くしていた。
するとビオラはミシアに抱かれたまま状況なんて気にすることなく、泣き始めた。
「ビオラを守りながらこの中を逃げ切れたらいいな」
「……私を殺せば、今まで培った人脈や私の実家との縁が切れる……愚策だと思うけれど」
「今さらヴィリタウト家のようなちんけな家、どうだっていい」
するとメンローは左肩辺りに、手配書などでよく見かける烙印が刻まれていた。
それはミシアにとっていい意味を成すものではなく、さらに恐怖へと陥れた。
「……それって……」
「ジェノサイドの印だ、ジェノサイドの奴隷や売女が主な奴らが印せば、醜いという意味合いがある……といってもそれは、コーゴーが100何年もかけて子供にそう教え込んだ、印象操作みたいなものだ」
「……そこまで堕ちたんだ……」
「何とでも言えばいい、さあビオラを渡せ」
「ふざけないで!!!どうして我が子にそんな目を向けられるの!!?」
「安心しろ、ビオラを生かすために綺麗に殺してやるから」
「質問に答えて!!!!」
「せめてもの、私の手で」
「答えて!!!!!」
するとメンローは剣を抜いたと同時にミシアの首を刎ね、ビオラを右腕に抱えた。
そこに躊躇などなく、噴き出す血がビオラの顔に飛び散る。
そんな瞬間を垣間見たビオラのショックは、思考の欠落は、常軌を逸していた。
意識だけで、実体はそこに無いのに、冷や汗をかいた気がした、叫んだ気がした……血が、顔に飛び散った気がした。
「……力を手にした後では遅い、かといってジェノサイドに従順にすれば死に急ぐ……チド」
「はい」
「世話をしろ」
「はい」
「っははははは、全てはジェノサイドのために」
※ ※ ※ ※ ※
そこでその光景は途切れ、気が付けば元いた場所に膝から崩れ落ちていた。
その光景を終始見たビオラは、驚愕の表情を浮かべ、右手で頭を押さえ、開いた口が閉じなかった。
「……まさか……呪力が……」
「───はぁ……」
驚愕の表情を解いたビオラが開口一番に放ったのは言葉ではなく、ため息だった。
「なんだ」
「ほっとした」
「は?……」
「人の殺し方……身をもって教えてくれても……許されるから」
その瞬間ビオラの目から輝きが消え、異様なオーラを放ち始めた。
「っ……これは……何だ!?……」
メンローは思わず剣を抜きビオラの左側首を斬りにかかるも、ビオラは左手で刃を握り粉砕した。
「なっ……」
「ひひ……」
「うっ……あ、ああああああ!!!」
メンローはビオラを斬るために剣を大きく振り上げるも、スキだらけのメンローの腹部をビオラは右手で貫いた。
「がっは……」
「───」
ビオラは無言で右手を抜き、メンローは白目をむいて仰向けに倒れた。
「……っはははははは」
ビオラは右手に付着した大量の血を見て、生まれて初めて心の底から大声で笑った。
「ビオラ様……一体ど」
ビオラは誰の目にも止まらないスピードで王宮中の人々を無差別に全員をあらゆる殺し方で殺し、王宮は僅か1分程で血の海と化した。
「つ~ぎ~は~」
全身が血にまみれ、常に笑みを浮かべるビオラは、王都の街に向かって右人差し指を向けた。
「〝絶滅の海〟」
すると指先に豆粒程度の小さな水の球が現れ、発砲と同程度のスピードで街に放った。
そして街に到達した瞬間その水の球は超強烈な衝撃波を繰り出し、街のあらゆるものを吹き飛ばし、球は50メートル程までに膨張し、トルメール全てを破壊するほどの大爆発を起こした。
その爆発音と地響きは瞬く間にミズの一族の郷全体に響き渡った。
「た~の~し~」
ビオラは爆風が収まると、ほとんど低空飛行のようなスピードでトルメールを駆け抜けミズの一族の郷中を回り始め、片っ端から殺しにかかった。
殺された人々は声一つあげないまま絶命していった。
※ ※ ※ ※ ※
単純に、楽しかった。
思い思いに動いて、考えるよりも先に体が動いて、楽しくて仕方ない。
今まで、楽しいという気持ちがよく分からなかった。
なのに、これは「楽しい」って分かる。
怒りも無い、憎しみも無い、怖さも、悲しみも、苦しみも、辛さも、とにかくそれらは全部この喜びに覆われた。
快楽───それはどんな理性を持つ生物にとって、最も恐怖すべき心の正体。
一度堕ちれば、一度知れば、ずっと絡み付く。
それを今、ビオラは体の隅々まで、染みつけようとしていた。
……いや……何故こうなった……これは……これは……。
(これは……ワタシの意思……じゃない……)
※ ※ ※ ※ ※
「……あーあ、こんなの望んだの?……マーシェル」
エーギルの樹林では、マーシェルの墓標の前にエーギルが座っていた。
「……もし彼女が目を覚ませばあらゆる負の感情が苛むよ、〝読取〟が〝カミノイノチ〟と一緒に付いてくる理由は、キミ達の意思を伝えるため……
〝命は記憶、託されし記憶は次への選ばれし者を誘う〟───それが〝選ばれし者の記憶〟
……だから……マーシェルが誰にも何も言わず、無口でいたのはこのためだったんだ……けど、キミの破壊妄想は想像を絶するよ……
あれは〝自然郷〟はおろか、全ての世界を滅ぼしかねない……彼女には、与えられた力を最大限以上に使える……多分……四柱の内のどれかの……神の器なんだろうね」
するとエーギルは立ち上がり、マーシェルの墓標を右脚で蹴り飛ばした。
「無理だと分かっても止めに行かなくてはね、こんなんじゃウーヴォリン様は動かないだろうしね……うん……こんなん、じゃ……」
エーギルを両拳を握りしめ、天樹エーギルを鋭い眼光で握りしめた。
「……クズが」
※ ※ ※ ※ ※
するとエーギルは瞬間移動をし、ビオラの前に現れた。
ビオラは構わずエーギルを殺しにかかるも、エーギルには傷一つ入らなかった。
「あ~れ~」
「ボクは守護神の分身だから、今程度のなら余裕だよ」
「へ~え~」
(自我はある……早く目を覚まさないと、奪われる命が増えるだけだ……守護神の分身だから当然、攻撃という手段は行使不可能だけど、スイッチが切れるのを待つしか……)
「よ~い~しょ~」
ビオラは正面から凄まじい攻撃を繰り返しエーギルに迫っていった。
「っぐ……強い……」
「こ~ろ~し~」
(よし、力をより強く行使してきた……あとはこれを全て受けきって落ちるのを……)
「も~っ~と~」
するとビオラはさらに力を増し、一瞬で右拳だけの数十発をエーギルのみぞおちに撃ち込んだ。
「っがは……」
ビオラは即座に両手でエーギルの首根っこを握りしめた。
「こ~ろ~し~」
(バカな……結界を纏っているのに……こんなことは……あるわけがな)
───するとエーギルの首から鈍い音が聞こえ、全身が伸びきった。
「ひ~ひ~ひ~」
ビオラは力をエーギルとの対峙前の状態に戻し、再び人々を殺しにかかっていった。
※ ※ ※ ※ ※
「どう?楽しいでしょ?」
「……誰……」
突然ビオラの視界は真っ白になり、目の前には顔も知らない……なのにまるで鏡で自分を見ているように、その男を自分自身と錯覚した。
本当に、知らないはずなのに。
「おめでとう、俺の選んだヒュドールさん……俺は先代ヒュドール、匿名希望です」
「……どうして、ワタシはこんなことをしてるいの?」
「僕が望んだんだ……でもこれが最後、後は君の自由だよ」
「……じゃあ……ワタシは……」
「ん~、でもこのやり取りはすぐ無かった事にするから、言う必要あったかな~?」
「……ヒュドールは、こんな事をするの?」
「しない、してはいけない、するはずがない……でも僕は……どうしてもしたかったんだ───大虐殺」
「……これが……楽しいの?……」
「さあ、分からない……けど、楽しくて仕方ないんだ……君があの父親に殺意を抱き、君の意識にスキが出てきた……
象徴とか、誇りとか、疲れた……だから人生の最後くらい、やりたいことしなくちゃ……そのために、わざと死んだんだから」
「……何で……」
「殺戮依存症?だっけ、変な病気だよね~、数億人に1人もいない奇病だから誰にも分かってくれなかったんだ、この気持ちを……エーギルにさえも」
「……止まって……早く……止まって……」
「止まるときは、僕が飽きた時か、君の意志が僕の意志を上回った時だ……だから、せいぜい頑張ってね
……そして目を覚まして、知るんだ……それは全て、君がやった……君の罪だと、っははははは……あっははははは!!!!!」
※ ※ ※ ※ ※
たった数時間でミズの一族の郷中を回りきり、ビオラはトルメール近くの村に戻ってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……た~の~し~……」
ビオラは人の気配を感じ村の東側に向かうと、そこには下半身が無い女の遺体を左手をひたすらに握りしめ、ただただ泣き続ける、ビオラと同じくらいの年の少女の姿があった。
「……あ……れ……」
その姿を見たビオラの動きは完全に止まり、ビオラは徐々に我を取り戻し始めた。
「……あ……え……こ……れは……」
すると少女は右側を振り向き、返り血まみれで光の無い瞳を向けるビオラの姿を見た。
「あ……あ……」
それはさっき読み取ったメンローの記憶の片隅なのだろうか……それとも自分が思い出したのか……けれど、間違いない、目の前の光景に刺激され……
───思い出した。
「春の朝日に~、光る刹那の道のりを~、君は笑って走り出すのに~、僕は、踏み出すことさえ恐れ~」
耳に心地良い声、リズムに合わせて優しく、背中に手をあてる温かな手を。
「暗闇に~、なけなしの夢を~、語る日々が嫌いで~……精一杯~、手を伸ばす君を~、笑って握れずに僕は~……憂いを謳歌する~……」
日差しも暖かい……そして、この歌を聴くと……とても落ち着いて……ウトウトして……眠ってしまう。
「小さな~孤独を~陰りの中で育てていく~、朝日が夕日に変わっても~、僕はそれを知らぬまま歩く~……それでも~あなたが~頭に浮かんで離れない~、心と心が繋がるなら~、どうか僕の夢を飲み干して~……」
その歌詞に似つかわしくないくらい優しいメロディで、いつも最後まで聴けない。
聴き終わるまでに、寝てしまう。
それは、とても幸せなんだ……。
これが……幸せなんだ……。
「おやすみなさい、ビオラ……私のかわいい子」
そうやって静かな寝息を立てる赤ん坊にささやき、額にキスをした。
「…お母…さん…」
※ ※ ※ ※ ※
ビオラは訳が分からなくなり、少女の前から逃げるように立ち去った。
「……な……んなの……」
(───分からない……何故ワタシは血まみれなの?……何故ワタシはここにいるの?……
……何故ワタシは……涙を流しているの?……ワタシは誰の何を……あれが……えっと……どこかに……ワタシ……お母さん……何が……頭が……回らない……)
ビオラはただひたすら走り続け、数年をかけて〝人間界〟へと逃げるように〝自然郷〟を去った。
※ ※ ※ ※ ※
「……殺して……やる……」
ビオラの姿を見た少女は、この先、ビオラの事を忘れる事無く、追い続ける。
───辿るは、復讐の道。
※ ※ ※ ※ ※
この事は後に〝トルメールの悲劇〟と云われ、負傷者は0、死者、行方不明者は実にミズの一族の郷全体の人口の9割を占める数だった。
※ ※ ※ ※ ※
「…種…」
ビオラはセタカルド諸島の小さな無人島の真ん中で座り込み、海を眺めていた。
すると服のポケットから花の種をいくつか取り出した。
「……あ……あれか……」
※ ※ ※ ※ ※
ビオラはメンローの部屋を探し尽くし、完璧に散らかる部屋を元通りにし、鍵を直して部屋を出た後にミシアの部屋だった一室に入った。
「……そうだよね」
その部屋にはベッドや机どころか、落とし物ひとつなく、埃だけが地面に集っていた。
「……あれは……」
ビオラは部屋の奥の隅に、いくつかの花の種を見つけた。
しばらくそれを見つめた後、メンローが帰宅した音を聞き種をポケットに入れ、外の様子を伺いつつ部屋を出た。
※ ※ ※ ※ ※
「───」
ビオラはその種を地面に埋めた。
「……ワタシは……今……どこにいるの……」
ビオラは涙ぐみながら、そう言った。
すぐ後に少女の証言から〝自然郷〟全体でビオラが指名手配となるも、ビオラを見つける事はついに叶わなかった。
ビオラは先代ヒュドールとのやり取りを忘れ……いや、無かった事にされ、全ての罪はビオラが背負った……背負わされた。
「……春の朝日に、光る刹那の道のりを……」
ただ歌った……孤独を紛らわすため、罪から目を背けるため……思い出した母の温もりを、もう忘れないため。
そして……思い出した……歌の名は───「終の楽園達」
※ ※ ※ ※ ※
「……どうか僕の夢を飲み干して……」
「暗ぇ歌だなおい」
The last paradise Fin.




