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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第64話 800年の咆哮

 「……何しに来たの?」


 「……贖罪……皆への……アナタへの」


 「死ぬってこと?」


 「……前までは、そうだったかもしれない」


 「……前……」


 「ワタシの罪は、ワタシ一人の命でどうなるモノでもない」


 「だから開き直ったってのか?」


 「ワタシは、うだうだと罪から逃げ回って……800年……ワタシは」


 ビオラは俯き、弱々しい声で自身の過去を嘆いた。


 「ああもう何なんだよ!!!!」


 そんなビオラを見て失望したのか、さらなる苛立ちを覚えたのか、しびれを切らし憎悪に満ちた険相で大声を上げた。


 「っ……」


 「結局何しに来たんだよ!!!!お前は800年何して生きてきたんだよ!!!!」


 「───」


 「贖罪贖罪って結局何も言えない言わない情状酌量でも狙ってんのかふざけんなよその幼体でお前は私から何もかも奪っておいて許しでも請いに来たのか頭おかしいんじゃないのお前の命で何が戻ってくるんだよお前の罪過が私の何を変えるんだよあの時から何一つ色の変わってないその目でお前が私に何を垂れるってんだよ醜女悪魔罪人クソ野郎!!!!!」


 息もつかないままに、ウルは思いの丈を全てビオラにぶつけた。


 「……アナタの顔を見て、何も変わっていなくて……すぐに分かった……一度たりとも忘れた事は無い……ワタシがずっと欲しかったモノを、アナタはワタシに見せた」


 ビオラはその言葉を、一字一句聞き逃さなかった。


 それでも何を話しても何かが変わる訳でも無いためか、ビオラはウルと同じく自らの思いの丈を口にしている。


 「……何が」


 「愛する人のための涙…愛する人が死んだ事を、心から哀しめる心……誰かを憎む、眼差し」


 「バカにしてんのか?」


 「その全てが、ワタシを今のワタシたらしめた…知らない内に欲深くなっていたワタシを……浄化してくれた……気付かせてくれた……感謝してる」


 するとウルはビオラの左目付近を剣で薙ぎにかかった。


 しかし剣の刃は確かにビオラに触れているにも関わらず、ビオラの体には傷一つ付かず剣先は震えていた。


 「……ふざけやがって……」


 「望まない……いえ……微かすらも望んではならなかったのに、望んでしまっていたワタシの罪の一つ……代償は……訳の分からない強さ」


 「───」


 ウルは歯を食いしばり、聞く耳を立てずビオラは何度も何度も何度も斬りつけにかかった。


 「うおおおおおおあああああああ!!!!」


 ビオラは一切反撃することなく、瞼は俯きただひたすらに攻撃を受け続けていた。


 「───」




   ※ ※ ※ ※ ※




 愛とは残酷だ。


 何よりも大きく何よりも強いその感情は、裏を返せば反動もまた、何よりも大きく何よりも強い。


 ただ強大なだけではない、あまりにも心地よく、温かい。


 だから生き行くワタシ達は愛を欲し、望む。


 望んではいけない理由なんて誰にもあってはならないし、望む権利を侵す事は許されない、奪われ続けたワタシが言うのだからきっと間違いないはず。


 だからこそ、憎しみが生まれる。


 光が照らせば必ず影が生まれる、どちらが光か影かは人それぞれ変わるが、存在するものには必ず対極の存在が在る。


 全ての世界は均衡により成り立つ故、どちらかを無くす、なんてのは妄想に過ぎない。


 ワタシが何を言おうがそれは言い訳だ。


 誰もワタシに興味を示さなかったし、人の心が視えても視えるだけで理解には遠く及ばなかった。


 たとえワタシが王の資格を得ようと、ワタシが誰かに自分の存在を問おうと、ワタシ以外の誰かにそんなことはどうでもいいのだ。


 誰しもが差別無く無償の愛を捧げることは出来ない、愛に課せられたモノは責任、背負うには覚悟が必要だという事をワタシは知らなかった。


 なら憎しみは何を生む?そもそも愛に裏返しがあるとも分からなかったワタシに降りかかって来た、あまりに突然で、あまりに狂気的で、ワタシはそれに輝きすらも見え、虜になり、飲まれた。


 憎しみに課せられたモノは罪、それは愛よりも重い分、逃げ出すには簡単すぎる柵でもあった。




 ワタシはその日、初めて心の底から笑い、そして人を殺した。




 血と肉の臭いはワタシの正気をさらに酔わせ、人々をゴミを見るような目で肉を切り裂くあの感覚で、ワタシは本当のワタシに目覚めたのだと錯覚した。


 人はよく、比較的マイナスな部分を本性だと言うが、優しい面だって同じ本性では無いのかと思う。


 改めて振り返ると、狂気染みたワタシも、無情なワタシも、全てワタシの本性でそのいくつかがたまたま現れただけなのだ。


 誰も止められない、誰もワタシを壊せない、自分だけが違う世界にいる感覚、優越感に浸っていた。


 だけどそれは、たったひとつの光景により再び自らを失った。




 ───少女が泣いていた。




 ワタシが殺したに違いない名前も知らない誰かの屍の右手を両手で握りしめ、ひたすらに泣いていた。


 それを見たワタシは何故か、心を視る訳でも無く、直感?勘?未だに理解出来ないのに、確証だけは心からあった。




 〝カナシイ〟




 気が付くとワタシは逃げていた。


 その4文字が頭に浮かんで離れない、何も無いのに何故か重くのしかかる肩、それが罪だと自覚したのは、何年か経った後だった……。


 いや、自覚したというのは違う……自覚して、逃げていた業を受け入れただけだ。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「はあああああ!!!!」


 ウルは絶え間なく剣でビオラを斬りつけるも、ビオラには全く効かずついに剣が折れ、折れた剣先はビオラの左足元の地面に突き刺さった。


 「うあああああ!!!!」


 ウルは剣が折れてもなお、拳でビオラを殴りにかかるも例によってビオラにはかすり傷も負わなかった。


 ビオラは瞼を上げ、怒りに満ち満ちた表情で鬼気迫る怒濤の連打を浴びせるウルの顔を見た。


 「───」


 愛と憎しみの違いは何なのか……おそらくは、行き先だろう。


 愛は、その感情の行き場があって初めて成り立つけれど、憎しみは愛の欠落により行き場が無くとも成り立ってしまう感情……アナタは今、その行き場の無い感情に身を任せ、ひたすらにワタシを攻撃している……。


 なのに……なのにアナタは……アナタのその攻撃のひとつひとつに……何故戸惑いの色を醸し出すの?


 ……何故そんなにも……悲しい顔をするの?……何故……そんなにも……怒り以外に無い瞳の奥には……後悔があるの?……。


 「……何なんだよ」


 「……え……」


 「……お前は……何でそんなに……中途半端に……生きられてんだよ……」


 ウルは殴り続けた拳が次第に遅く威力は全く無くなり、ついに右拳をビオラの顔面に当てた右拳を最後に連打は止まり、ウルは歯を食いしばり涙をぼろぼろと流していた。


 「……何を……」


 するとビオラがウルの心に視たのは、ウルの過去の記憶だった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……おいお前」


 とある地のとある街路の裏道で、ゴミ箱を漁るウルをドグラは見て、声をかけた。


 「……何」


 「何探してんだ?」


 「……死に場所」


 「は?」


 「邪魔すんな」


 「ほ~ん……なら、このバナナはいらねぇかぁ~」


 ドグラがそう言って右手にバナナを1本持つと、ウルは振り返り、バナナを凝視した。


 「……欲しいんだな」


 「何も言ってない」


 「言わなくても分かるだろ、これやるかわりに俺にお前の話をしろ、ゴミ箱に死に場所求めるような女なんて気にならねぇ方がおかしい」


 「───」


 結局ウルはドグラからバナナをもらい一瞬で平らげた。


 そしてドグラに自分の過去を全て話した。


 「んだよ、ゴミ箱要素ねぇな」


 「もういいでしょ」


 ウルが立ち上がりどこかへ行こうとすると、ドグラはウルの前に立った。


 「お前の望む、ゴミ箱以外の死に場所ってのはどこだ?」


 「……私の家族を皆殺しにした奴の……目の前」


 「明確なビジョンあんじゃねぇか、で、何で死にたいんだ?」


 「……私はもう……憎しみと復讐しか……頭に無い……やってのけたならもう……生きる意味……無いし……」


 ウルは長い時を経て、自分自身の終止符が復讐以外の何物でも無い事を悟っていた。


 前など見えない、ただただ、見えていない。


 アノ怪物を殺すために鍛え上げた体も、それによって身に付けた呪力も、その使い方を忘れてしまった。


 自分が復讐しか残されていないと気付いた時、生きることが怖くなった。




 「……じゃあ、死に場所探すより、いかに生きる方を模索するか?」


 「断る」


 「……堅ぇ意思は時に人を捕らえ、周りを屠るぞ……人生ってのは、中途半端に生きる奴の勝ちだ」


 「中途半端?……」


 「そ、罪を知り痛みを知り、その上で命を投じない中途半端なバカ野郎が一番強い……ガービウ・セトロイを始め、大体そんな奴だ、強いと言われてんのは」


 「っ!!!?……」


 どれだけ荒んだ生活を送っていても、ガービウ・セトロイの名前とその意味くらいなら知っていて当然だ。


 そんなガービウ・セトロイを、バカ野郎呼ばわりするドグラの言葉に驚きを隠せなかった。


 「……お前の探しモンが、死にたがりだったらいいな」




   ※ ※ ※ ※ ※




 ビオラはウルの心を視て、同じく涙をぼろぼろと流し始めた。


 「……おい……ヒュドールさん……私を……殺してくれ……」


 「それは……出来ない……ワタシはもう、人を殺さない」


 「願い聞き入れろよ……頼むよ……もう私にこれ以上父さんと母さんを思い出させないでくれよ……」


 ウルはその場で膝を崩し正座し、泣き顔を俯かせながらビオラに訴えた。


 一体どうして自分が、こんな所で、こんな奴を殺そうとしているのか、もうずっと分からない。


 許さないとか、殺してやるとか、そういうのではなくなってて……安心したいと、ゆっくり息を吐きたいと、ただ願うばかりだった。


 だから試しに、と言えばあれだが……今まで募ってきた思いを、思うがままにぶつけてみた。


 やっぱり意味は無かった。


 こんな自分を始めてしまった奴にしか、こんな自分を終わらせることは出来ない。


 そう言い訳しながら、自分じゃ怖くて出来なかった終わりを、奴に求めた……。


 ……あれ……自分じゃ……怖いんだ……。


 「……なんだ……私……生きたいんじゃん……」




 その姿を見たビオラの心から、迷いが消えた。


 「……分かった」


 するとビオラはウルの元に寄り、ウルの頭の前に右手の平を向けた。


 「〝無還(レスト・イン・ピース)〟」


 そして温かい光がウルを覆い、ウルは右横に倒れて目を覚ますことはなかった。


 心なしか、ウルは少し微笑んだかのように見えた。


 「───」


 ビオラにはウルの記憶が流れ込んだ。


 この技の反動は、魂を還した者の記憶が技を繰り出した者の中に流れ込むというものだった。


 ビオラはその場で膝を崩し、しばらく腹の底からの慟哭が溢れ出した。


 周囲など気にしない、どこまでも広がる青空を見上げながら抑える事無く声を上げ、1人、涙を流した。


 自覚はしていたかもしれない……だが、ビオラは今、この瞬間、初めて───あの日の罪を知った。

次話はビオラの過去編です。

よろしくお願いいたします。

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