第37話 想い出は忘却の彼方に
「っ……」
ルナが王室で壁を叩き付け怒りを露わにした直後、突然強力無比な気配が、ルブラーンから遠く離れた地からでも、まるで目の前にいるかのような圧力で伝わってきた。
「……ルナ長官、コーゴーは動かないんだよね?じゃあ何故」
「あれは単独行動です、おそらくルービ島での一件は知りません……なので……」
「単独行動って、そんな勝手が許されるの?コーゴーって」
「許されませんよ、処分は下されます……が、それでも減給程度、謹慎や解雇などはされません……いざという時動けないのは困りますから」
「優遇されてるね~」
「当たり前です……どれだけ優遇されても許される、誰からも認められる、俺を除く8人全員が異名持ちの圧倒的存在……それが特等聖戦士です」
「……この気配は……確か……ああ、知ってる人だね」
(ホーウェンさんの言うとおり本当に来たけど……これで殲滅してくれたなら万々歳だが…期待はあまりしない方がいいな)
※ ※ ※ ※ ※
「記憶喪失」
「え?……分かるんですか?」
ビオラはキリウスの状態を見て即座に見抜いた。
「心の壁がうねっている……こういうのは、自暴自棄になるか、記憶喪失になるかじゃないと現れない」
「そうですか……あ、でも、多分でも、自身の名前はどこから出てきたんですか?」
「……最初の記憶がここで起きたときやねんけど……そん時女の声が聞こえたんや……誰もおらんのに」
「……記憶の片鱗でしょうか」
「女……聞き覚えはなかったの?」
「無いなぁ……でもそいつが、キリウスキリウス言っとって、あとから漠然とキリウス・ジャグネットって言葉が出てきたんや……」
「なるほど……」
「何故それだけの情報を初対面のワタシ達に話すの?」
「……あかんのか?」
「利用されたりする」
「ほな大丈夫やな」
「え……」
「隠すんやったら言わんやろ?」
キリウスは2人を疑っている様子は欠片もなかった。
記憶が無いなんて関係ない、むしろ無いならあらゆるものを警戒するはずだ。
それでもキリウスは、本能に近い直感で、ラルフェウとビオラは敵意が無く、ただ興味本位で質問をしていると分かっているようだった。
キリウスは少し微笑み、さもこの考え方が当たり前だと言わんばかりに、ビオラの言葉を不思議がった。
「……カモフラージュという可能性も」
「なんかめっちゃ心配してくれるやんこのガキっははは」
するとビオラはキリウスの睾丸を右脚で蹴った。
「ったああああ!!なんやねん!!」
守るものは何も履いておらず、直撃でかなり強めに蹴られたため、股間を両手で押さえて悶絶し、涙目で大声を上げた。
「ビオラさんどうされたんですか?」
「……分からない、何故か変な怒りがこみ上げて……というか、男性器初めて見たけど、おぞましいわね」
ビオラは裸足なので、感触が右足に残っており、気持ち悪さから右足首を振っていた。
「いやキリウスさんの相当大きいですよ、僕も内心驚きました」
ラルフェウはキリウスのモノをしっかり見て冷静に話している。
ラルフェウの言葉を聞いてキリウスは自分のモノを見るが、他が分からないので首を傾げた。
ビオラは平静を装っているが、内心は性に疎い生娘なので、1人恥ずかしくなっていた。
するとラルフェウとビオラの背後からベイルがひょっこり現れた。
「誰だそいつ?」
「まだ正体不明です……」
「ふ~ん、てか……デカっ!!」
「何がや?」
「……身長」
「ほんなら頭見ろや、なんでチ〇〇見て言うてんねん」
「2メートル以上ありますよね?」
ラルフェウはそう言いながらキリウスのモノを見ていた。言ってることと行動が噛み合っていない。
「知るか」
「おいビオラ、デカいよなこれ?」
「な、何故ワタシに聞くの?」
「質問を質問で返すなよ」
「知らない」
「当たり前ですよベイル様」
「まあんなこたぁどうでもいい、お前、俺と一緒に行こーぜー」
「どこにや」
「旅」
「ベイル様……」
「いや持ってんだもん、〝死神魂〟」
「え……立て続けに見つかりますね……」
「俺も不っ思議~」
「いや置いてきぼりにせんといて、さっきから1個も分からんねんけど……」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、その火山島から数キロ離れた沖に、2人の女が乗った小舟が浮かんでいた。
緑色の髪と瞳をし後ろで髪を結った1人はオールを漕ぎ、白に近い亜麻色の髪と瞳をしたもう1人は仰向けに寝そべって青空を眺めていた。
「……あの、セロナ様」
「ん?」
「もうさすがに戻りませんか?もう1ヶ月近く海を漂ってますけど……」
「……うん……え~」
「え~じゃありません!仮にも特等聖戦士がそんなでどうするんですか!?」
「暇だし」
「なら育成戦士の教官職に就いたらどうですか?」
「やだよ、雑魚は何やっても雑魚だよ」
「このままだと減給処分どころじゃすまないですよ?解雇は無くても罰は下ります」
「どんな罰?」
「えっと……えと……」
「質問変える、例えばミソラが下すならどんな罰にする?」
「そ、そうですね……図書館立ち入り禁止とか」
「うわ苦痛……あそこサボるのにもってこいなのに……あとは?」
「ええ……アイン様と同じ部屋で暮らす」
「なら死んだ方がマシ」
「そんなにですか?」
「ミソラはあの絶倫女が如何に醜女なのか理解するべきだよ……もし一緒に暮らしだしたら……一挙手一投足に文句言われるし、自分の部下の男共を部屋に呼んで朝昼晩とアンアンヤッてるし、巻き込まれるかも……ああ……最悪」
「ホントに仲悪いですね……」
「ホンっトに何であんな奴が特等にいるのか意味分からない……」
「いやセロナ様も大概ですよ」
「というかよくよく考えたら特等って変態しかいないじゃない、人妻好きのホーウェン、調教するの大好きなゼルク、嫁大好き子供6人のシキシマ、絶倫ロギウス……何なのもう……」
「詳しいですねー……」
「本の貸し出し記録見れば一発よ、ホーウェンは推測だけど、シキシマはコーゴー内周知の事実だし」
「プライバシーどこ行ったんですか……あとあの図書館そんな本あるんですか!?」
「バカね、くそ真面目な純文学なんかよりただのエロ本があるからこそ、図書館というものが存在意義を成してるんだよ」
「ええ……私利用したの刀のケアの方法を知るためくらいなんですが……」
「そんな清く正しく美しい戦士の鑑だから、私はミソラを隣に置いたの」
「あ、ありがとうございます……」
「……分かる?」
さっきまで朗らかな雰囲気でくだらない話をしていた2人だったが、一行のいる火山島に近付くと途端に顔色を変え、一瞬で気を引き締め臨戦態勢に入った。
「……はい、無人島のはずですが……大きな気配が集まっている…それにあの船は一体……」
「ちと覗いたら帰るよ」
「本当ですか!?お願いしますよ!?」
※ ※ ※ ※ ※
2人はアンビティオ号のすぐ側に船を停め、火山島に上陸した。
「……船から見てく?」
「はい……」
2人はアンビティオ号の甲板に飛び乗った。
クラジューはその足音を聞いて甲板の方を振り向いた。
「……何だ……ゾーネ、少し見てくる」
「うん……」
クラジューは体内から天槌ラファールを取り出し、甲板に出た。
「……何だお前ら」
「この船の持ち主?……じゃなさそうだな……セロナ様」
「うん、島見てくるわ~」
セロナはそう言って船から降りた。
「……何だっつってんだろ」
「すみません、手配書には無い顔でしたので……まあ、不審に変わりはありませんが」
女は刀を抜かず、鞘に納めたままクラジューに向けて構えた。
「ルブラーンの奴らじゃねぇのか」
「私はコーゴー本部上等聖戦士序列9位、セロナ・レンシア様の〝特等専属戦士〟ミソラ・キリシマです」
〝特等専属戦士〟とは、特等聖戦士に就くコーゴーの戦士を表す地位である。
特等聖戦士につき1人、特等聖戦士自身が選ぶことが出来、コーゴーに属していなくても任命は可能である。
手となり足となるイエスマン、情報収集能力に長けた者、跡取りとして実力ある者など、その特等聖戦士が本当に欲している者が基本就く地位である。
〝特等専属戦士〟に就くとその対象の特等聖戦士と誓約を交わし、特等聖戦士はその地位を降りるか、死ぬまで〝特等専属戦士〟を見捨てず〝特等専属戦士〟は死ぬまで特等聖戦士に尽くすことを誓う。
この誓約は破ることは許されず、当人達は何も表記されていなくても、固い絆で結ばれている。
しかしこの絆は信頼というよりは、牽制の意識の方が近い。
ミソラの場合は、コーゴーでは100年に1人の逸材として頭角を現していた時に、セロナの目に留まり、跡取りとして誓約を結んだ。
「あっそう」
クラジューはミソラの背後でそう言い、槌でミソラの右側頭部に殴りにかかった。
(……遅い)
ミソラは刀を右手だけで持ち、振り向かず槌を受け止めた。
「……野蛮ですね、敵かどうかも分からずに」
「冗談はその殺気殺してからいえクソアマ」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、セロナははっちゃけがようやく止まったアリシアと、レオキスとリドリーの元に歩み寄った。
「あのー」
「……何だお前」
リドリーは突然現れたセロナを敵意むき出しに睨み付ける。
かなり距離を詰められてから、話しかけられて気付いたため、レオキスもリドリーもドッと緊張感が増した。
「おー怖、まあ抑えたまえ、別に敵意は無いよ、気になる事があってね」
「気になる事?なんすか?……」
(足音が全く立たなかった……しかも気配もオーラも全くの皆無……あり得ない……)
レオキスは話しかけるも、そう考えながら少しずつ冷や汗が多くなり、唇も渇いてきて舐める動作も見せた。
「こんなとこで何してんの?この裏に、人間界じゃ不自然なくらい強いのいるけど」
ここでセロナが言っているのはビオラの事だ。
「……それさ、敵意あるだろ」
「揉め事嫌いなんだよ、疲れるし」
「リドリーちゃん睨まない睨まない……」
アリシアは、あまりに自然体で来たセロナを敵だとは思いもせず、睨むリドリーを抑えようとしていた。
「……悪いなアリシア、気ぃ緩めたら……押し潰されそうなんだ……」
「……オレもっす……」
レオキスとリドリーはやがて全身から汗を吹き出し、手足も微かに震えていた。
「…リドリーちゃん?……」
「……闘値5000ちょいとギリ1万いかないくらい……はぁ……やめときなよ」
セロナは普通に歩いてレオキスとリドリーに近付いていった。
近付く一歩ずつに呼吸すら出来なくなる程のプレッシャーがかかり、戦意はあっても重圧で体が固まったように動かなくなり、セロナの間合いの侵入を許した。
セロナはレオキスとリドリーの額を人差し指でそっと触れた、その瞬間微かに保っていた張り詰めた意識の糸が一気に切れ、2人は気絶し、仰向けに倒れた。
「……え……」
何が起きたか分からないアリシアは、2人の姿を見て数秒フリーズした後、ようやくセロナの気配に気が付き、途方も無い暗闇が見えたような気がした。
「そっちのお嬢さんは、何もしないよね?」
「……あ……」
セロナはアリシアの右側を横切ってベイル達のいる方へと歩いていった。
アリシアは口を開けたまま声も出ず、尻もちをついて動けなかった。




