第36話 人は大地を踏まなくては生きていけない
2ー4 ヒの忘れ人
「……ネ……ゾーネ……ゾーネ」
一行はアンビティオ号でルービ島を脱出し、セタカルド諸島沖を、兵団の警備や他船の目を掻い潜って海上を進み、3日が経った。
ゾーネは3日間眠り続け、あの日から終日眠っていたクラジューが起きてから片時も目を離す事無く見守る中、ゆっくりと目を覚ました。
「……クラジューくん?……」
「起きたか、うなされてる感じだったから……熱も出てたし」
「……しんぱいしてくれたの?」
「当たり前だろ!!……マジで死ぬかと思って……心配したぞ……」
「……ありがと……」
「……っはは、やっぱりゾーネには笑顔が一番似合うな……って、めちゃくちゃ恥ずかしいなこのセリフ……」
「えへへ~♪……あ……キス……」
ゾーネは突然クラジューとのキスを思い出し、クラジューから目を下にそらして、顔を赤らめ右腕で口を隠した。
「いやそれは!!……悪ぃ……雰囲気とかあったもんじゃねぇファーストキスになっちまったけど…あん時ゾーネが俺に「助けて」って言ったから……
……多分ゾーネは完全に自我を失ったわけじゃねぇと思って……俺も頭真っ白だったんだよ……言い訳みたいに聞こえるけど……もし嫌だったなら……その」
「……いやじゃないよ」
「……え……ホントか?」
「……うん……ありがとね、うちをとめてくれて」
ゾーネはまだ、クラジューやあらゆる人々を傷付けてしまった、殺してしまったという現実とまだ手に残る感覚に襲われ、少し笑みを浮かべてもすぐに悲しい顔で俯いてしまう。
クラジューもかなり心配しているが、今はゾーネに伝えるべき言葉が見つからなかった。
「……そうか、いやじゃないならいいんだ……いやその、悪いとは当然思ってる訳でだな、その……」
「も~い~よ、だいじょ~ぶだよクラジューくん」
※ ※ ※ ※ ※
ルービ島での出来事は、イメア祭り期間中だったため、多くの種族、国々の人々が犠牲となった。
死者41万3752人、負傷者3万7105人、行方不明者1007人、その中にはあらゆる世界でのスーパースターや、有権者などが含まれ、その日の内に人間界中に数日も経たずにあらゆる世界の国々に伝えられた。
しかしこれらはテロリスト達による大規模テロとされ、コーゴーによってリアの件は揉み消された。
テロリスト達は死亡とされ、人間界の兵団の大きな不信を招き、人間界は大混乱に陥り、あらゆるメディアは総バッシング、王都ルブラーンをはじめとする兵団支部前ではデモが同時に起きていた。
「……まだ収まらない?」
「しばらくは収まりませんよ」
ゾーネが目を覚ました頃、ルブラーン王宮の王室の窓から王とルナは王宮前で暴動を起こす民衆と、それを抑える兵達の様子を見ていた。
「はあ~、何をしてくれちゃうんだよまったく……あの2人に連絡はついたの?」
「リアは回収済み、現在俺が教えた極秘ルートを通ってルブラーンに向かっています」
「そう、コーゴーから何か連絡は?」
「特に何も、今回が初めて多数の人々のいる場での任務だったので、様々なデータが取れてよかった、と」
「冷たいね~コーゴーは」
「コーゴーというか、リ:ミゼルですよ、人の命よりも目の前のデータが大好きな変人集団です……所長以外は」
「そう、で……」
王は机の上に置いてあった、リルティア・タイムズの新聞紙を手に持ち、1面の記事をルナに見せた。
「これ、収まんないけど、言ってくれたのやめろって?」
「言いましたよ……ですが、報道の自由というものがコーゴー世界憲法には表記されているので、奴らにとって王の忠告は、うるさいハエと同等です」
「そっか~……何でもいいけど、こいつら全員殺してもコーゴーは動かないよね?」
「コーゴーは動きません、国は機能しなくなります、王の行きつけの店も再開のメドは立ちません」
「それは困るな、じゃあ殺すのやーめた……俺の計画に支障を来さないならいいや」
「……もしジェノサイドと関わっているなら、俺はあんたを殺す、ここに俺がいる限り、あんたは闇に手は出せない」
「そっか~、でもそしたらジェノサイドの兵士が動いてくるね~……両組織間の戦争は、諸国家間の戦争なんかとは比較にならないよね~?」
「───」
「いいかいルナ長官、君は俺が闇に手を染めないための抑止力じゃない……コーゴーとジェノサイドが一触即発しないための抑止力なんだよ……君の判断1つで、人間界は滅亡だ」
「……王、それはつまり手を染めている事を認めているという事だ…これをコーゴーに伝えたら、両組織は戦争を望んでいないため手を組んで、結果あんたを殺しても誰も助けてはくれない……ジェノサイドが欲しいのはあんたじゃなくて、あんたの娘だろ」
「……そうでもないかもよ?」
「……どういうことだ」
「お2人さん、入ってきたまえ」
王は王室のドアに向かってそう声をかけると、ドアの前で待機していたクィーロとフェリエが王室に入ってきた。
「失礼します!」
「失礼します!王、ご用け……」
王は瞬時に2人の元に一歩で跳び込み、腰に差していた剣を恐ろしい速さで抜き、2人の首を正確に刎ねた。
「なっ……」
ルナはその場から一歩も動けなかった。
「……こういうことだよ」
返り血を浴び、口元に付いた血を舌で舐めとりながら振り返ってルナに不気味な笑みと、底の見えない瞳を向けた。
(……未来が……視えなかった……どういうことだ……というより正確には……体から呪力の気配が消えていた感覚……)
「忘れないでくれたまえ、サシなら俺は君と互角だ……数値上でも……経験値でも」
ルナは驚く表情から怒りの表情に変わり歯を食いしばるも、王から放たれる異様なオーラを前に、下手に手は出せず、背後の壁に右拳を叩き付けた。
ルナはかなり思い切り叩き付けたが、壁には傷一つ付きはしなかった。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、アンビティオ号の甲板では、ベイルとラルフェウとレオキスが揃って釣りをしていた。
「……なあラルフェウ」
「はい」
「暇つぶしにいいってお前が言ったよな?」
「はい」
「あ、また釣れたっす!」
「……もう3時間やってるがよ、俺ゼロ、お前ゼロ、レオキスは?」
「に、27匹っす……」
「はぁ……ああああああ!!!!」
ベイルは釣り竿を甲板に叩き付けて甲板に寝転んだ。
あの後、ベイルは島を脱出してからひどい眠気に襲われ甲板にて爆睡、目覚めたのは2日後だった。
全員から放置されて甲板で眠り続けたため、レオキスが島で買ってきた食料と、ベイルが盗んできたヴェルジイモは全てベイル以外の一行の胃の中に入った。
それを知った瞬間ショックであらゆる感情の先の境地に入ってしまい悟っていたのだが、しばらくすると感情を取り戻し、死んだ魚のような目になり、今に至る。
情緒不安定になり、突然大声を上げるなどのヤベぇ奴感が現在もろもろ出始めている。
「ヴェルジイモの島以降全く島上がんねぇじゃねぇかよおおおお!!!!」
「末期っすね」
「仕方ないじゃないですか、あの島以降セタカルド諸島全体で騒ぎが起こっているそうです……ですから無人島ばかりのルートなんですよ、我々騒ぎの元凶の一部ですし」
「つまんねーのー!!」
ベイルは横たわりながら左右にゴロゴロ転がった。
「ご希望の海の幸は食べられてるじゃないですか」
「それについては文句は無い」
「まだまだ釣るっすよ!」
「最高かよ!!」
ベイルは仰向けになって両手を握り空に突き上げた。
「何が不満なんですか?」
「んーあのねー、やっぱり人は大地を踏むべきなんだと思うのー」
「空に城でもあるんすか?」
「なんだそれ面白そう、行こうぜ、40秒で支度しろ」
「何でも無いっすすんませんっす」
「とりあえずどこでもいいから降ろせ、アリシアが日に日に吐く回数増えてんの分かるな?」
「それ関係ありますか?」
「うん、船酔いって知ってるキューちゃん?」
「ベイル様、その名称で呼ばれるのは少し……」
「何でダメなんだよ」
「アリシアさんにだけ呼ばれるというプレミア価値があるので」
「俺が呼んだらプレミアもっと上がるだろうがよおお!!!」
ベイルはラルフェウの胸ぐらを掴んでラルフェウの頭を揺らした。
「アニキがいよいよおかしくなり始めてるっす……」
「わ、分かりました次停まります!」
「うし、ならそこの火山のとこだ、3分間待ってやる」
「はい!」
「何故3分なんすか……」
ベイルはラルフェウを離し、船の前にある植物ひとつ生えていない火山島を指差した。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、アリシアはベイル達が釣りをしていた方とは逆の海側で嘔吐し、リドリーがアリシアの背中をさすっていた。
「慣れるどころか日に日にヒドくなってるって……ある意味天才だよアリシア」
「……そんな才能いらないよ……うっ……」
「───」
ビオラはアリシアの横で海面ばかり見ていた。
「……ビオラちゃん、どうさたの?……ぐふっ……うっ……」
アリシアは動く船に乗っていると酔うにもかかわらずビオラに話しかける。
「……魚達の流れがここだけ異様……この近くの海底に何かある……かもしれない」
「何言ってんだ」
「……心当たりがあるからその考えに辿り着いてしまうんだろうけど」
「はあ?」
「……気になることがもう一つ……アリシア」
「……な……何かな?……」
「嘔吐ばかりで、排便はしてるの?」
するとリドリーはビオラに向かって右脚で蹴りにかかるも、ビオラは左手でリドリーの足を掴んだ。
「下世話って言葉知ってんのかガキ」
「アナタには聞いていない」
「いちいちムカつくなこいつ……」
「……ああああああ!!!!」
すると突然アリシアもまた、ベイルのように大声を海に向かって上げた。
2人は驚いて体がビクンとなった。
「……アリシア?……どうした?」
「もうやだ……海辛い……やっぱり人は大地を踏むべきなんだよ」
満足に食事もとれず、満足に眠れず、まともな休息は一切取れていないアリシアもまた、ベイルみたく死んだ魚の目をしておかしくなり出していた。
「揺れない船がいい……」
「それはもう船じゃないと思う」
「ならビオラちゃん、揺れない新しい海渡る乗り物作ってお願い」
「本当に深刻ね……頭が回らなくなってる」
「しっかりしろアリシア!今なんか島に停まろうとしてるぞ!」
「あはは……ねぇリドリーちゃん……空から女の子が降ってきたよ……」
「アリシアあああ!!!!」
※ ※ ※ ※ ※
「もう待てるかああああ!!!!」
するとベイルは突然大きくしゃがんでジャンプし、火山島に上陸した。
「うっひゃああああ!!!!土だああああ!!!!」
「発狂してるっすよ……」
「そんなにでしたか……」
数分後、船を島の側に停泊させ、クラジューとゾーネ以外の一行は上陸した。
島は1週1キロ強程の広さで、島の中心には火山がそびえ立っている。
動植物は一切なく、セタカルド諸島からも孤立している小さな火山島だ。
「……あはは…揺れてない……揺れてない!!あっははははははは!!!」
アリシアは上陸した途端走り回り、仰向けに寝転がって狂ったように楽しみ、眩しい笑顔を覗かせた。
「アリシア落ち着け!いつものアリシアを思い出せ!!笑った顔はかわいいけども!!」
「あっちも発狂してるっす……」
「面倒くさいですね……」
「……強い気配」
するとビオラは、肉眼で見える生き物がいないこの島でラルフェウとほとんど同等、もしくはそれより僅かに大きな気配を感じ、島の反対側に走っていった。
「……確かに、僕と同じくらい強い気配ですね……」
ラルフェウもビオラと共に島の反対側に走っていった。そこには全裸で腰を下ろし、海を眺める1人の男がいた。
1本1本がピンと立つ雪のように真白い髪、つり目で目つきは鋭く、ベイルよりも赤い燃ゆる炎のような緋色を瞳、そして無駄の無いバランスが完璧に取られた筋肉を持つ男は2人に気付く。
「……何故全裸……」
「……なんやお前ら」
すると男は2人の方に顔を向けた。
男はかなり驚いた表情を見せた。まるで人を見たことが無い者のように。
「───」
「ビオラさん……ビオラさん?」
「……あ」
「あ?」
ビオラは突然男から顔を逸らした。
「……履いてないからですか?」
「……分からない……」
ビオラは右手を胸に当てた。そのビオラの心臓の鼓動は激しく脈打っている。
(……何で急に……)
ビオラは鼓動を収めるために深呼吸をし、男と目は逸らしたままにした。
「……あの、お名前伺ってもよろしいですか?」
「……多分、キリウス・ジャグネット」
「多分?……」
「ワイもよう分からんねん……確証が無いというか……ホンマに……」




