第二 幼稚
私の幼少期は、二度と思い出したくもない記憶ばかりが転がっていました。私は何処かも分からない場所で生まれ、坂の多い場所で育ちました。しかし、生まれてすぐに肺炎に罹り、病院で入院したそうです。生憎、私はそのようなことを覚えておらず、母親からそのように伝えられました。
しかし、僅かに記憶しているようにも思えるのです。様々な人が至る所を歩き回り、その様子を母と祖母と手を繋ぎながら、ピンク色の長椅子に座っているという、一瞬の記憶でした。それが果たして本当の記憶なのか、あるいは私が勝手に想像したのか分からないのです。しかし、その光景は未だに脳裏から離れないのです。
肺炎に罹った私は、死ぬのかもしれないという恐怖を知らぬままにいました。それはあまりの幼さによるものでありますが、今の私的には、もしそこで死ねていたのならどれほど良かったかと思うのです。世の中を知らず、親を知らず、自身を知らないまま、生死も知らずに、何もかもを未知のままに死ねたらどれほど安息であったでしょうか。
そのようなことも露知らず、私は今までのうのうと生きてきてしまい、その結果、腐った人間として今にあるのです。これをどうして嘆かず、自身に失望せずにいられないでしょうか。ただでさえ不出来な存在として生まれたのなら、そのように生きるべきでしょう。しかし、私はそれに反して生きてしまいました。
私には生まれた時から兄がおりました。歳はそこまで離れておらず、兄は私よりもずっと優秀な人物でありました。そのためか、私は幼い頃からしばしば兄のような期待と比較、そして失望を与えられてきました。私はそれに対し、非常に不満と不服の念を募らせていました。どうして勝手に期待され、勝手に失望されなくてはならないのか、甚だ怒り心頭にありました。しかし、私は彼らの目と態度には何一つ反論できなかったのです。なぜなら、私は彼らの期待に応えられるほどの器ではなかったからでした。
私の手にある汚れた成績と、兄が手にし数多の人がそれを見る成績。そして私を兄と比べる人を見て、私はこう思ったのです。私は兄よりも劣り、何も成せぬ人間であると。その時はまだ曖昧な感情で、そのようなことに対して深く考えなければ、思い詰めることもありませんでした。しかし、今の私にとって、過去の私は恥ずべき言動を多くしていたのは確かであり、同時に思慮深くもありませんでした。感情が乗るまま行動し、自分のしたいことを周りへ押し付ける、嫌な人間でした。無論、今の私もそうなのでしょうが、少なくとも昔のような、配慮に欠ける品性を改善していると思います。しかし、それは所詮主観からの感想であり、他者がどう思うのかは知り得ません。そういう意味では、やはり未だ昔の幼稚さが残り続けているのでしょう。
私が物心ついた時、私は保育園なるものにおりました。未だ保育園と幼稚園の違いも分からぬ愚かさでありますが、少なからずそこは楽しい場所でした。特に、私の面倒を見て下さっていた保育士の方々には大変お世話になり、同時にその方々は私に随分優しく接して下さったと記憶しております。自分勝手に行動するばかりの私を優しく見守り、安心というものを与えて下さった方々です。そのため、私はその方々には畏敬と感謝を示すばかりでございます。
その時の私は、ただ楽しさと嬉しさばかりしかありませんでした。悲しいことなど一切無く、全てが面白かったのです。今思えば、きっとあの頃が一番楽しく、純粋なままでいたのでしょう。
あの時のことを思い出すたび、心が軋んで仕方がありません。あの頃には二度と戻れませんし、そのような事を考えたところで何一つ現実は変わりませんが、それでもどうしてか、私の心はあの頃をひどく熱望しております。そして同時に、どうしてか哀しみが私の体に纏わりつくのです。傷に染み込む消毒液のような、あるいは傷が血を滲ませながら広がるような、そのような感覚に陥るのです。
その時に記憶している、特に記憶に残っているのは金平糖を食べていた時のことでしょうか。どこぞの広場か公園かに、他の園児と共に一緒に向かい、そこで保育士の方々が配られた金平糖を食べておりました。恐らくですが、人生で初めてあのようなとてつもない甘さの物を食べたからでしょう。だからこそ記憶に残っているのだと思います。
昼の三時頃だったような気がしますが、記憶が曖昧です。特に記憶しているという割には、全く鮮明に覚えておられぬ私の記憶力の弱さにただただ残念としか思えません。それでも、あの甘さと美味しさは記憶の中に留まっております。
あの頃のように、ただ何も知らないまま喜びに満ちていたらどれほど良かったでしょうか。それに比べ、今の私はただ下劣で不純物でしかないという事実が心に深く突き刺さり、とても痛むです。私はこの世界とか世間という物を知らない方が楽しく生きれたのでしょうか。あるいは、それらを知って、かつてのような、幼稚な夢を捨て去ることのほうが身のためだったのでしょうか。
私にはその問いに答えを出すことはできませんが、そう考える度、私はこの人生が嫌になっていくのです。かといって、いっそ手放すなんてことはできず、見えもしない何かに縋り、きっと良い人生が送れるなどと思っているのです。しかし、どうにか自然に早く死ねたらとも思うのです。このような巫山戯た考えを持つ私は、やはり人としておかしいのでしょうか。あるいは人として劣っていますでしょうか。
ただ苦しいとか辛いとか嘆くだけで批判されるこの時代。少しの言葉を切り取れば、見えもしない世界で非難さえるこの時代。私にとってはどんどん息が詰まっていくばかりで、少しの深呼吸も許されぬ世界のように見えて仕方がりません。それ故に、私は徐々にこの世界で生きていく価値と意味を見出せなくなってきております。
私の将来にきっと希望はないでしょうし、楽しみもないでしょう。苦しくなっていくばかりのこの世界において、私は自分のやりたい事をやったり、将来の夢を叶えるということは不可能であるとしか思えません。それでもこの世界に生きるべき理由を探してしまう私は、きっと愚か者でしょう。同時に、もし私が賢明であったのならば、今頃此処にはいないでしょう。なぜなら、不必要なものや嫌悪するものを捨てることは、貴方達と私にとって、必然的で即決できるものでありますから。




