第71話:新秩序の朝、女王の最初の公務は「朝食の献立」でした
カーテンの隙間から差し込む光は、もはやただの太陽光ではありませんでした。
それは、私の魔力と共鳴し、宝石を砕いたような粒子を孕んで踊る、祝福の輝き。
かつてアステリア王国の地下牢で、冷たい石床を這う湿った光に怯えていた日々が、遠い前世のことのように感じられます。
「……ん、……エルシア。どこへ行くつもりだ」
私が微かに身を動かした瞬間、背後から鉄柵よりも強固な、けれど羽毛よりも優しい腕が私の腰を抱き寄せました。
首筋に押し当てられた熱い吐息と、漆黒の髪の感触。
ギルバート様は、目覚めたばかりの掠れた声で、私の存在を確かめるように深く、深くその鼻腔に私の香りを吸い込みます。
「陛下、おはようございます。……もう朝ですわ。女王としての公務が待っておりますの」
「公務だと? ……全宇宙の時間は、私が止めておいた。……お前が望まぬ限り、この寝室に夜明けは来ん。……もっと私の腕の中にいろ。これは皇帝としての、いえ、夫としての命令だ」
彼はそう言って、私の肩口に独占欲の滲む甘い痕を刻みつけました。
あらあら、まあまあ。……宇宙の主になっても、この方の「重すぎる愛」だけは、一向に管理のしようがありませんわね。
結局、私たちが「朝食の献立を決める」という重大な最初の公務のために、寝室の扉を開けたのは、太陽が中天を過ぎた頃のことでした。
白銀と漆黒の宝石宮殿の回廊を、ギルバート様にエスコートされて歩きます。
窓の外に広がる広大な「星冠庭園」。そこでは、かつて全宇宙の運命を司っていた最高管理者たちが、汗を流して(といっても神に汗などありませんが)泥まみれになりながら雑草を毟っていました。
「……あら、最高管理者様。本日の進捗はいかがかしら?」
私がバルコニーから声をかけると、最高位の管理官――今は「筆頭庭師」に降格された彼が、ガタガタと震えながら平伏しました。
『は、はい……エルシア女王陛下……! 宇宙の負債である雑草は、すべて私の手で……この通りに! ど、どうか本日の食卓に、私が精魂込めて育てた「因果の苺」を添えていただければ幸いです……!』
かつての冷徹な威厳はどこへやら。彼は今や、私の食卓を彩ることだけを生きがいにしている、哀れな下働きです。
「フン。ゴミの育てた果実など、エルシアの口に入れる価値はない。……ロザリア、それをセレスの遊び相手(魔獣)の餌にしておけ」
ギルバート様は一瞥もくれず、私をダイニングの特等席――銀河を編み込んだ特注のソファへと座らせました。
「さて、エルシア。本日の献立だが。……隣国の王が献上してきたという、千年に一度しか咲かぬ花の蜜を使ったオムレツはどうだ? ……あるいは、私が直接、銀河の果てまで行って『時を止める魚』を捕らえてきてもいいが」
「陛下、そんな大掛かりなことは必要ありませんわ。……わたくしは、陛下と一緒に温かいパンを食べられれば、それだけで幸せですの」
私が微笑むと、ギルバート様は苦虫を噛み潰したような、けれど最高に幸せそうな顔で私の手を握り締めました。
「……お前という女は。……宇宙を手に入れてもなお、私という男だけを欲しがる。……その無欲さが、私をどれほど狂わせるか分かっているのか?」
宇宙の王座をソファに変え、神々を庭師に変えた。
けれど、私たちが欲しかったのは、そんな権威ではありません。
ただ、誰にも邪魔されず、こうして穏やかに朝の光を浴びながら、愛する人と食卓を囲む時間。……それだけだったのです。
しかし、その宝石のような静寂を破るように、宮殿の執事長となったロザリアが、銀のトレイに載った一通の「手紙」を携えて現れました。
「――陛下、女王陛下。……全宇宙を閉鎖したはずの『外壁』に、穴が開きました。……そこから、このようなものが」
手紙は、この宇宙の構成物質ではない、透き通った未知の結晶体で作られていました。
表面に刻まれているのは、黄金の紋章。
『――不適切なデータと、その中和剤へ。……偽物の玉座での「ごっこ遊び」は楽しいか? ……真の頂点より、帰還を命ずる』
手紙を読んだ瞬間、ギルバート様の瞳から光が消え、漆黒の虚無がダイニングを飲み込もうと膨れ上がりました。
「……誰だ、私のエルシアの朝食を邪魔する不届き者は。……全宇宙の掃除は終わったと思っていたが……。……どうやら、掃除機をかけるべき場所が、もう一つ残っていたようだな」
穏やかな朝食の時間は、一瞬にして「新たな侵略」の予感に染まりました。
けれど、私は恐れません。
ギルバート様の隣で、私は女王として優雅に紅茶を啜り、微笑みました。
「……陛下。お出かけの前に、まずはこの美味しいパンをいただいてしまいましょう? ……腹が減っては、宇宙の掃除も捗りませんもの」
第71話、お読みいただきありがとうございました!
「宇宙を寝室にする」という前回の暴挙を経て、ようやく迎えた新世界の朝。
陛下との甘いイチャつきから始まり、最高管理者が庭師として必死に苺を差し出す「格の違いすぎるざまぁ」……。
ミオ、書いていてこれほど心が満たされる光景はございませんわ!
宇宙の主になっても、エルシア様の望みは「温かいパンを一緒に食べること」。
この謙虚さと、それを見つめる陛下の「狂愛」のコントラストこそが、本作の真骨頂ですわね。
しかし、現れた謎の結晶の手紙。
「ごっこ遊び」と二人の関係を嘲笑う不届きな『真の頂点』。
せっかくの蜜月を邪魔された陛下の不機嫌は、今や宇宙の枠組みさえも食らい尽くさんばかりですわ!
少しでも「朝の陛下の甘えっぷりにキュンとした!」「管理者の苺が餌になるシーンにスカッとした!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、一家の「最終決戦」を応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「朝食のバター」が、次話、不届きな使者を物理的に握りつぶす陛下の破壊力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、お散歩の続きを始める次回をお楽しみに。




