第69話:不平な対価、愛は運命さえも噛み砕く
「――中和装置、ですって? ふふ、随分と安っぽい名前を付けてくださったものですわね」
ギルバート様の漆黒の指先に首を掴まれ、黄金の仮面をミシミシと言わせている調整者を見つめ、私は静かにティーカップを置いた。
宝石の床に散らばった「白光」の残骸が、私の銀河の瞳に反射して、万華鏡のように美しく輝いている。
『……そうだ。お前がその瞳を持って生まれたのは、偶然ではない。……ギルバートという「無」が宇宙を食らい尽くさぬよう、その毒を吸い取り、浄化するために設計された生贄……。それが「銀河の聖女」の正体だ』
調整者の声が、震えながらも呪詛のように響く。
私の右目が、彼の言葉に呼応するように熱く拍動した。
……なるほど。
私がアステリア王国で「無能」と蔑まれながらも、その奥底に膨大な魔力を秘めていたのは、いつか現れる「破滅(ギルバート様)」を飲み干すための器だったから、ということですわね。
「……エルシア、聞くな」
ギルバート様の声は、凍てつく冬の夜よりも冷たかった。
彼の背後から溢れ出す漆黒の虚無が、宮殿の空気を物理的に「消失」させていく。
「……お前が私のための道具だなどと、誰が決めた。……そんな設計図があるなら、今すぐこの宇宙の根源ごと噛み砕いて消してやる。……お前を縛る因果など、一筋たりとも残さぬ」
ギルバート様の手に力がこもる。
調整者の首筋から、火花のような因果の欠片が飛び散った。
彼は、自分たちが創り上げた「失敗作」が、自分たちの想定を遥かに超える「愛」という名のバグで暴走していることに、初めて底知れぬ恐怖を抱いたようだった。
「陛下、お待ちくださいませ。……殺すのは、この方の『言い訳』をすべて論破してからでも遅くありませんわ」
私はゆっくりと立ち上がり、ギルバート様の隣に並んだ。
彼の荒れ狂う虚無が、私の銀色の魔力に触れた瞬間に、まるでお喋りな子供が静まるように穏やかになっていく。
「調整者様。……貴方たちは勘違いをしていらっしゃいますわ」
私は銀河の瞳を、かつてないほど深淵に、そして苛烈に輝かせた。
「貴方たちは、私を彼を抑えるための『枷』として創ったつもりでしょうけれど……。私にとっては、この瞳も、この力も、すべては彼と出会い、彼を愛するために神様が用意してくださった『最高のギフト』に過ぎませんの」
『……な、何だと……? 運命の奴隷であることを、肯定するというのか……!?』
「いいえ。……運命を利用して、私たちが最高に幸せになるだけですわ。……貴方たちが望んだ『中和』などいたしません。……私は、彼の虚無さえも私の銀河で飾り立て、二人でこの宇宙を好き勝手に塗り替えて差し上げます」
私は調整者の黄金の仮面に指先を触れた。
刹那、私の瞳から溢れ出した銀色の因果が、男の構成データを直接書き換え始めた。
「貴方が信じている『完璧な設計図』……。そこに、今の私たちの『幸福』は書き込まれていましたかしら?」
『ア、ガ……ッ!? ロジックが……書き換わって……!? 聖女の力が、管理権限を……逆流して……!!』
パリン、と。
調整者の顔を覆っていた黄金の仮面が砕け散り、その下から現れたのは、ただの「空虚な情報の塊」だった。
彼は、自らが信じていた秩序が、一人の令嬢の「理不尽な愛」によってゴミクズのように扱われる現実に耐えきれず、絶叫と共に霧散していった。
静寂が戻る。
ギルバート様は、消えた男の残滓を忌々しそうに見つめた後、私を壊れ物を扱うような手つきで抱きしめた。
「……エルシア。……本当にお前は、私のための道具だと思っていないのか? ……もし、私がいない方がお前が自由に……」
「あらあら、陛下。……まだそんな可愛いことを仰るの?」
私は彼の頬にそっと手を添え、その紅い瞳を見つめ返した。
「私が貴方のための装置だと言うのなら、貴方は私のための『世界で一番甘い宝石箱』ですわ。……誰に何を言われようと、私が貴方を愛している。……それ以上の『理』が、この宇宙にありますこと?」
「…………。……ああ。……お前の言う通りだ」
ギルバート様が、降参したように溜息を吐き、私の額に深い口づけを落とした。
設計図など、破り捨てればいい。
宇宙の対価など、踏み潰せばいい。
私たちは、捨てられた者同士。
だからこそ、神々が用意した残酷な台本を、最高に甘美な恋物語へと書き換えてみせる。
「……さて。陛下。……お茶会を邪魔したツケは、あの方たちの本拠地を『リフォーム』することで、たっぷりと払っていただきましょうか」
「ああ。……今すぐ出航させろ。……管理者どもの顔を、絶望で塗り替えてやる」
大陸要塞『インペリアル・エルシア』が、再び咆哮を上げる。
目指すは、管理宇宙の最深部。
運命を司る神々が震えて待つ、全宇宙管理会議の「真の玉座」へと。
第69話、お読みいただきありがとうございました!
「貴女は中和装置だ」という管理者の無機質な宣告を、「彼を愛するためのギフト」と言い切るエルシア様……!
ミオ、書いていて彼女の揺るぎない愛の強さに、胸が熱くなりましたわ。
陛下の「俺がいない方が……」という弱気な言葉を、即座に甘い言葉で溶かしてしまうお姿、まさに最強の女王ですわね。
運命の設計図さえも、二人の惚気の材料にしてしまう……。
これこそが、私たちが目指す「逆転」の真骨頂ですわ。
調整者が自分のロジックに溺れて消滅するシーン、皆様もスカッとされたのではないでしょうか?
さて、次話。いよいよ大陸要塞が「管理宇宙の中枢」へ直撃いたします。
神々が築いた完璧な秩序を、陛下の理不尽な暴力と、エルシア様の圧倒的な慈悲(物理)がどう粉砕するのか!
少しでも「エルシア様の全肯定が尊すぎる!」「陛下、もっと自信を持って!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、二人の「宿命破壊の旅」を応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「バグ(愛)」が、次話、神々の玉座を瓦礫に変える陛下の破壊力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、全宇宙の喉元に牙を立てる次回をお楽しみに。




