第62話:論理の崩壊、女王の言葉は新たな「理」となる
「――不適切なデータ、だと? 先ほどから、耳障りな言葉を並べるな。この掃き溜めの管理人が」
ギルバート様が冷めた紅茶を卓に置く。その僅かな振動だけで、最高管理者が維持していた「秩序の空間」に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
最高管理者は、形なき顔を歪ませるようにして、銀色の光を明滅させる。
『……狂っている。第一階層の占有者よ。汝らの存在は、宇宙の因果率を逆転させ、熱死を早める毒だ。その女……エルシアが幸せになればなるほど、この宇宙の均衡は崩れ、破滅へと向かうのだぞ』
「破滅? あら、それは困りましたわね」
私は、宝石と化した地面をゆっくりと踏みしめ、最高管理者の目の前まで歩み寄った。
かつて私を閉じ込め、泥を啜らせた「宇宙のルール」。その化身が、今、私の光に当てられて微かに震えているのがわかる。
「けれど、最高管理者様。貴方の言う『均衡』とは、私一人の絶望の上に築かれた、ひどく脆い砂上の楼閣だったのでしょう? ならば、そんなものは一度壊してしまった方が、よほど健全ではありませんこと?」
『……ッ! 言わせておけば……! 汝の過去を見よ! 汝の魂に刻まれた「汚れ」は、どれほど光を放とうとも消えることはない!』
最高管理者が虚空をなぞると、私の周囲に「泥だらけの私」の幻影が無数に浮かび上がった。
アステリア王国で虐げられ、冷たい雨に打たれ、泥水を飲まされて震えていた、惨めな私の記録。それは「宇宙の負債」としての証明。
『この汚辱こそが、汝の本質だ。……さあ、己の醜さに絶望し、再びその泥の中へ戻るがいい!』
精神を蝕む「概念攻撃」。けれど、私の心に波風は立たなかった。
なぜなら、背後から伸びてきた力強い腕が、私の視界からその泥をすべて遮るように、私を抱き寄せたから。
「――エルシア。見なくていい。お前の過去が泥だと言うなら、私がその泥ごと、全宇宙を漆黒の宝石に変えてやる。……おい、管理者。お前の言っている『正しい宇宙』とやらは、私のエルシアを泣かせたことが唯一の、そして最大のバグだ」
ギルバート様の漆黒の瞳が紅く燃え上がる。
彼が指を鳴らすと、私の周囲に浮かんでいた「泥の幻影」が、パリン、と音を立てて砕け散った。
「私が愛しているのだ。全宇宙が否定しようとも、私の愛がお前を『最高傑作』だと定義する。……私の瞳に映るお前が世界の真実だ。それ以外の記録など、すべてゴミ箱に捨ててやる」
「……陛下。ふふ、ありがとうございますわ。……でも、もう大丈夫ですの」
私はギルバート様の胸の中で微笑み、最高管理者を見据えた。
銀河の瞳を解放する。私の瞳に宿る数億の星々が、最高管理者の「正論」という名の闇を、物理的に焼き尽くしていく。
「最高管理者様。……貴方の負けですわ。私が『幸せ』だと感じた瞬間、この宇宙の法則は書き換わりましたの。……見てごらんなさい。貴方の背後の空を」
『……な、何だと……?』
最高管理者が振り返る。
そこには、彼が守ろうとしていた「不変の理」ではなく、私の意志に呼応して、ピンク色の星屑が舞い、甘い香りの風が吹く、文字通り「エルシア色」に染め上げられた新しい宇宙が広がっていた。
「私の……いえ、私たちの幸福こそが、これからの宇宙の『正解』。……貴方の論理は、もうどこにも居場所はありませんわ」
『……ロジックエラー……! 宇宙の核が……因果の根源が、この女の「笑顔」を起点に再構築されている……!? 馬鹿な、そんな理不尽なことが……!』
「理不尽、結構ですわ。愛というものは、いつだって理不尽なものですもの」
私は優雅に一礼した。
最高管理者の体は、既に輪郭を失い始めていた。宇宙の法そのものであった彼にとって、「自分の法が通用しない空間」に存在し続けることは、自己崩壊と同義。
「陛下。……あの方、もう消えかかっておりますわ。……そろそろ、お散歩を再開しませんこと? 次は、あの方たちが威張っている『管理会議場』でしたわね」
「ああ。……不快な連中をまとめて掃除する。……エルシア、船を出せ。……会議場ごと、お前の足元に跪かせてやる」
ギルバート様が私の肩を抱き、要塞『インペリアル・エルシア』へと戻る。
足元では、かつての「泥」だった場所が、今は最高の輝きを放つ宝石の道となって、私たちの門出を祝福していた。
宇宙の秩序は死んだ。
ここにあるのは、一人の愛に狂った皇帝と、その愛を慈悲に変える女王の、あまりに甘美な「新世界」のみ。
皆様、第62話いかがでしたでしょうか!
最高管理者の「正論」という名の精神攻撃を、陛下の「俺の女を泣かせた宇宙がバグだ」という究極の独占欲で粉砕する……!
ミオ、書いていてこれほどペンが軽やかだったことはございませんわ。
「過去の泥」を突きつけられても、それを「幸せのスパイス」に変えてしまうエルシア様の女王としての格。
そして、宇宙の法則さえも「エルシア様が笑っているからOK」と書き換わってしまう異常事態。
まさに、なろう史上最高に「理不尽でハッピー」な宇宙の誕生ですわね。
次話、ついに一家は「全宇宙管理会議場」へと乗り込みます。
大陸サイズの城が会議場の屋根を突き破る瞬間……ああ、想像するだけでワクワクいたしますわ!
もし「陛下の全肯定に救われた!」「論理を破壊する愛が最高!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、二人の「宇宙リフォーム」を応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「新世界の理」が、次話、神々を戦慄させる陛下のさらなる暴挙を支える魔力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、神の玉座を家族旅行の休憩所にする次回をお楽しみに。




