第60話:星冠女王の戴冠式、全宇宙がひれ伏す日
足元に広がるのは、ひどく冷たく、懐かしい泥の感触だった。
『インペリアル・エルシア』のタラップを降りた私の目の前に広がるのは、上位階層の洗練された純白の世界ではない。
アステリア王国の地下牢の裏、私がかつて独りで泣き崩れていた、あの汚れた庭と全く同じ光景。
降りしきる雨は、魔力を吸い取る呪いの雨。
漂う霧は、全宇宙から排出された「負債」の澱み。
「……ここが、私の墓標。……いえ、この宇宙を美しく保つための、『掃除箱』の底だったのですわね」
私が一歩踏み出すたびに、泥が私の白銀のドレスを汚そうと絡みついてくる。
かつての私なら、この泥に絶望し、再び蹲っていたでしょう。
けれど。
「……フン。不快極まりない。……エルシア、止まれ。お前の足が汚れる。……こんな塵溜め、今すぐ私の虚無で、原子の一つも残さず消し去ってくれる」
隣を歩くギルバート様が、紅い瞳に狂気的な殺意を宿して右手を掲げた。
彼から溢れ出す漆黒の魔力が、周囲の泥を物理的に押し潰し、地面ごと削り取ろうとする。
「いいえ、陛下。……止めてくださいませ。……これは、私のものですわ」
私はギルバート様の手を優しく制し、その泥の庭の中心へと歩み寄った。
すると、虚空から無数の黄金の鎖が飛び出し、私の手足を縛り上げようと襲いかかってきた。
『――不法占拠者。……生贄ノ位置ヘ戻レ。……負債ノ吸収ハ、……汝ノ存在理由ナリ』
空間に響くのは、感情のない「システム」の声。
鎖は私の魂に直接干渉し、私を再び「無能の令嬢」へと貶めようとする。
「――お前こそ、誰に口を聞いている」
ギルバート様が、私に触れようとした黄金の鎖を素手で掴み取った。
バキィィィィィィィンッ!!
上位階層の絶対的な拘束具が、彼の握力だけで、まるで安物のガラスのように砕け散る。
「私のエルシアを、誰が、何の権利で縛るというのだ? ……宇宙の理だと? ……笑わせるな。私が愛しているのはエルシアという『個』だ。システムの一部ではない!」
ギルバート様が鎖の破片を虚空へ投げ捨てると、砕かれた黄金は彼の殺気によって黒く染まり、そのまま消滅した。
私は彼に守られながら、庭園の最も深く、汚れの溜まった場所で立ち止まった。
「……皆様。……私を捨て、私にすべての汚れを押し付け、静かに美しく暮らしてきた上位の皆様。……その『計算』、私が今日、ここで書き換えさせていただきますわ」
私は銀河の瞳を、かつてないほど激しく、美しく輝かせた。
私の指先から溢れ出したのは、破壊の光ではない。
すべてを包み込み、再定義する「女王の慈悲」。
「泥を啜れと言うのなら、啜りましょう。……ただし、私はこの泥を、『星の輝き』へと精製いたしますわ!」
ドォォォォォォォォォォンッ!!
私を中心にして、銀色の波動が全方位へと爆発的に広がった。
絡みついていた泥が、私の光に触れた瞬間に結晶化し、純白のダイヤモンドへと変わる。
呪いの雨は甘い香りのする星屑へと変わり、不浄の霧は、幾億もの銀河が瞬くオーロラへと姿を変えた。
零地点――『掃除箱の底』が、一瞬にして全宇宙で最も美しい、白銀の宮殿へと上書きされていく。
「……ああ……。綺麗ですわ……! お母様、キラキラがいっぱいですわ!」
セレスがタラップを駆け下り、宝石と化した地面の上でくるくると踊り始めた。
彼女の紫の瞳が、再構築された世界の光を反射して、神々しく輝く。
「……フン。……泥を啜るどころか、泥を宝石の山に変えたか。……さすがは私の妻だ」
ギルバート様が私の腰を引き寄せ、誇らしげに口角を上げた。
システムが悲鳴を上げる。
「負債」を「価値」に変え、「生贄」を「女王」へと反転させたこの暴挙は、上位階層の全ロジックを崩壊させたのだ。
私は空を見上げ、その向こう側に潜む管理者たちへ、不敵な笑みを浮かべて宣告した。
「本日をもって、この零地点は、私の『玉座』となります。……文句があるなら、直接いらして? ……陛下と一緒に、貴方たちの『完璧な管理』を、私の『理不尽な溺愛』で塗りつぶして差し上げますわ」
その瞬間、宇宙の外壁を揺るがすほどの巨大な「鐘の音」が響き渡った。
それは敗北を認めた合図ではない。
さらに深い深淵――【最高管理者】が、ついにその重い腰を上げた音。
「……陛下。……お客様が、お見えのようですわよ」
「ああ。……今度こそ、その根源ごと噛み砕いてくれる」
星の冠を戴き、泥を宝石に変えた女王の戴冠式。
それは、管理される宇宙の終わりと、愛がすべてを統べる「一家の宇宙」の始まりを告げる合図だった。
皆様、第5部前半クライマックス、第60話を見届けてくださり、心より感謝申し上げますわ!
「宇宙の負債を吸う生贄」というあまりにも残酷な設定を、エルシア様が「泥を宝石に変える」という圧倒的な魔力で粉砕する……。
ミオ、このシーンを書いている最中、あまりの爽快感に扇子を振り回してしまいました!
ギルバート様も、もはや鎖を素手で引きちぎるのが当たり前になっておりますわね。
「お前を愛しているのはシステムの一部としてではない」という台詞、全宇宙の女性が震える最高の愛の言葉ですわ。
泥を宝石に変え、零地点を自分の玉座にしてしまったエルシア女王。
しかし、その暴挙がついに「最高管理者」という、これまでの事務局とは次元の違う存在を引きずり出しました。
少しでも「エルシア女王の即位が美しすぎる!」「陛下の守護が頼もしすぎて惚れる!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、一家の「理不尽な新秩序」を応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「戴冠の祝福」が、次話、最高管理者を戦慄させる二人のさらなるコンビネーションを引き出す魔力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、真の支配者と対峙する次回をお楽しみに。




