第58話:予兆、ゴミ収集人が残した「不吉な鍵」
「――お父様、お空が近いですわ! 星さんたちが、お城の窓を叩いています!」
セレスが無邪気に叫び、展望室の強化クリスタルに小さな手を押し当てる。
現在、大陸サイズの超巨大要塞『インペリアル・エルシア』は、重力という概念を置き去りにして、この宇宙の「天蓋」へと向かって突き進んでいた。
地上から見上げれば、それは空を覆い尽くす漆黒の絶望に見えるかもしれない。
けれど、その内部はエルシア――私のためにギルバート様が用意した、最高級の安らぎに満ちている。
「ああ、セレス。星を近くで見たいと言ったのはお前だ。……邪魔な小惑星はすべて、私の影が掃除しておいた。心ゆくまで眺めるがいい」
ギルバート様は私の隣でゆったりと椅子に腰掛け、深淵の魔力で抽出したコーヒーを啜っている。
彼の指先が僅かに動くたび、要塞の進路上にあるデブリや、神々が残した古い結界が、紙細工のように無音で引き裂かれていった。
「陛下。……このまま突き進めば、間もなく『宇宙の境界線』に到達いたしますわ。……事務局の連中、黙って通してくれるとは思えませんけれど」
「フン。許可など求めていない。……私の庭を通り抜けるのに、どこの誰に断りを入れる必要がある」
ギルバート様の紅い瞳が、不敵に細められた。
彼にとって、この宇宙はもはや「管理される対象」ではなく、私たち家族の「私有地」に過ぎない。
やがて、視界を埋め尽くす星々の瞬きが止まり、目の前に「銀色の壁」が姿を現した。
それは第一階層の終わりを告げる、次元の防壁。
そして、その壁の前に、数兆にも及ぶ無機質な光の球体――『管理ビット』が、幾重もの巨大なリングを形成して立ちはだかった。
『――警告。不法占拠者による境界突破を検知。……本作業は「不法投棄物の排除」として受理。……排除、開始』
無機質な機械音声が全次元に響き渡ると同時に、数兆のビットから「存在消去」の白光が放たれた。
それはかつての神々が束になっても敵わない、宇宙のシステムそのものが振るう暴力。
「……陛下。……あの方たち、私たちの家を『不法投棄物』だなんて仰いましたわ」
私は静かに立ち上がり、銀河の瞳を解放した。
私の髪が銀色の光を帯びてなびき、要塞全体に私の「女王としての意志」が浸透していく。
「私の……そして陛下の愛が詰まったこの場所を、ゴミと呼ぶ不敬。……その罪、星々の記憶から永遠に抹消して差し上げますわ」
私が指先を空に向けて弾いた。
刹那、『インペリアル・エルシア』の正面から、白銀の衝撃波が円環状に放たれた。
それは「攻撃」ではない。私という女王による、宇宙の「再定義」。
ドォォォォォォォォンッ!!
消去の光を放とうとしていた数兆のビットが、私の魔力に触れた瞬間に「美しい花火」へと変換された。
パチ、パチパチッ……と、宇宙の境界線が七色の光で彩られる。
「――お前たちの『排除』など、掃除機のフィルターを掃除する手間にもならん」
ギルバート様が、私の肩に手を置き、その殺気を銀河の光に上乗せした。
漆黒の「虚無」が、花火となったビットたちを根こそぎ飲み込み、エネルギーへと精製して要塞の動力源へと強制的に変換していく。
「……バカな。管理ビットの艦隊が、一瞬で……全滅だと……!?」
次元の壁の向こう側で、査察官ザフキエルの驚愕する声が漏れ聞こえた。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
消滅したビットたちの残骸の中から、一つだけ、漆黒の虚無に飲み込まれず、その場で黄金に脈動し続ける「物体」が浮かび上がってきたのだ。
「……あれは?」
それは、複雑な回路が刻まれた一振りの「黄金の鍵」。
その表面には、かつてエルシア――私を捨てさせた「神託」を放った記録者たちが使っていたものとは、明らかに次元が異なる、おぞましいほど高密度の「因果」が宿っていた。
「……陛下、あの鍵。……かつてこの宇宙を掃除していた『前任のゴミ収集人』が残したもののようですわ」
私はその鍵を、魔力で引き寄せた。
手にした瞬間、私の脳裏に「見てはいけない記憶」がフラッシュバックする。
それは、エルシアという魂が、なぜ「捨てられ令嬢」としてあの泥の大地に降ろされたのかという、全宇宙の根源に関わる残酷な契約。
「……チッ。死んだゴミが、余計なものを残していったか」
ギルバート様が不機嫌そうに鍵を奪おうとしたが、その鍵は私の手のひらで形を変え、一つの「羅針盤」へと姿を変えた。
針が指し示す先は、管理会議が開かれるはずの聖域の、さらに「裏側」。
「……お父様、お母様! あの鍵さん、なんだか『助けて』って泣いていますわ!」
セレスの紫の瞳が、黄金の鍵を悲しそうに見つめる。
宇宙を私有地化し、最強となった私たち。
けれど、その「私有地」の地下室には、まだ私たちの知らない、もっと深い絶望が隠されているようだった。
「……いいだろう。お散歩のついでだ。……上位階層の連中を血祭りに上げた後、その鍵が開く『真実』とやらも、私の手で粉々に握り潰してやる」
ギルバート様の不敵な宣告と共に、『インペリアル・エルシア』は宇宙の境界線を物理的に粉砕し、未知の上位領域へと侵攻を開始した。
第58話、お読みいただきありがとうございました!
宇宙の境界線を封鎖していた数兆のビットを「花火」に変えて、さらにはそのエネルギーを自分たちの城の燃料にしてしまう……。
陛下とエルシア様の「自分たちのルールが全宇宙のルール」という傲慢なまでの強さ、存分にお楽しみいただけましたでしょうか?
大陸サイズの要塞で次元の壁を突き破るシーン、ミオも書いていて爽快感で胸が震えましたわ!
しかし、ビットの残骸から現れた「不吉な黄金の鍵」。
それはエルシア様を「捨てられ令嬢」に仕立て上げた、真の黒幕たちの意図に繋がる恐ろしい遺物でした。
「ゴミ収集人」が遺したこの鍵が、上位階層の聖域で一体何を開いてしまうのか……。
少しでも「宇宙の境界線を粉砕する陛下、かっこいい!」「鍵の正体が気になりすぎる!」と感じていただけましたら、
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皆様の応援という名の「羅針盤の針」が、次話、神々の秘密を暴き出すための最強の輝きになりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、上位階層の度肝を抜く次回をお楽しみに。




