第53話:落ちぶれた異母妹の再会、女神の慈悲は「無」よりも冷たく
黒い箱が塵となって消えた庭園には、再び穏やかな風が吹き抜けていた。
だが、その風に乗って届いたのは、甘い茶葉の香りではなく、鼻を突くような「腐敗」と「執着」の混じった不快な臭気。
「――お、お姉様……っ! お姉様、いらっしゃるのでしょう!? 私を、貴方の可愛い妹を見捨てないで……!」
宮殿の重厚な鉄格子の向こう。
そこにいたのは、かつてアステリア王国で「真の聖女」と持て囃され、私を地下牢へと追いやった異母妹、マイレーネだった。
かつての煌びやかなドレスはボロ布のように裂け、誇り高かった銀糸の髪は泥と埃で見る影もない。
アステリア王国が崩壊し、陛下の手によって地図から消し飛ばされた後、彼女がどう生き延びたのかなど興味もなかったけれど。……どうやら、この平穏な私の領土にまで這いずってきたらしい。
「……陛下。せっかくの紅茶が、少し苦くなってしまいましたわ」
私はカップを置き、門扉の向こうの「動く泥」を静かに見つめた。
私の瞳に宿る銀河が、マイレーネの浅ましい魂をスキャンするように明滅する。
「ああ。……不快だな。エルシア、あのような塵に視線を割く必要はない。……ロザリア、今すぐあれを次元の狭間にでも放り込んでおけ。私の庭が汚れる」
ギルバート様が、椅子の背もたれに深く寄りかかったまま、指先で卓を叩く。
ただそれだけの動作で、マイレーネの周囲の重力が数倍に跳ね上がり、彼女は悲鳴を上げて石床に顔を叩きつけられた。
「あ、ぐ……っ! ひ、酷いわ、ギルバート様……! 私はお姉様の妹なのですよ!? 姉がこんなに贅沢をしているのに、私が飢えて死ぬのを黙って見ているなんて……!」
マイレーネは泥にまみれた顔を上げ、私を……いえ、私の周囲に溢れ出す「神気」を初めてその眼に映した。
その瞬間。
彼女の不平不満に歪んでいた表情が、凍りついたように固まった。
「……あ、あ……」
見えるはずだ。
今の私から漏れ出しているのは、人間が理解できる「美しさ」ではない。
宇宙の理を支配し、幾千の星々を掌に収める者だけが放つ、絶対的な断絶の光。
彼女がどれほど背伸びをしても、どれほど過去の絆を叫んでも、今の私にとっては「数光年先の塵」を見ているのと変わらないのだから。
「マイレーネ。……貴女、まだそんな場所にいたのですね」
私はゆっくりと立ち上がり、バルコニーの縁まで歩んだ。
私の足元から銀色の花々が溢れ出し、重力に逆らって宙を舞う。
「助けて、なんて……。貴女が私を地下牢で笑った時、私は貴女に助けを求めましたか?」
「そ、それは……! でも、お姉様は今、こんなに幸せで……!」
「ええ。陛下に拾われ、愛され、私はこの宇宙のすべてを手に入れました。……だからこそ、貴女のような『過去の遺物』に割く慈悲など、一滴も残っていないのですわ」
私が微笑むと、マイレーネは絶望に瞳を剥き、泡を吹いてその場にひっくり返った。
物理的な攻撃ではない。私の放つ「存在の質量」が、彼女の矮小な精神を内側から破壊したに過ぎない。
「エルシア。……満足か? まだ足りないというなら、あの一族の魂をすべて集めて、永遠に燃え続ける星の核へ閉じ込めてやってもいいが」
ギルバート様が私の背後に立ち、その逞しい腕で私を抱きしめた。
彼の独占欲に満ちた熱量が、私の冷えた心を心地よく上書きしていく。
「いいえ、陛下。……ゴミ箱に捨てたものを、わざわざ拾い上げる必要はありませんわ」
私は彼の胸に身を預け、意識を失ったマイレーネが引きずられていくのを見送った。
けれど、彼女が落とした「古びたペンダント」だけが、私の銀河の瞳に奇妙な残像を残した。
それはアステリア王家の紋章ではない。
先ほど握りつぶした「黒い箱」と同じ――無機質な回路のような、上位階層の刻印。
「……陛下。どうやら、あの子をここまで連れてきたのは、ただの偶然ではなさそうですわね」
「……チッ。あの掃除屋共め、死霊(過去)まで使って査察をしようというのか」
ギルバート様の瞳が、紅い殺意を帯びて細められる。
宇宙を統べる女王への嫌がらせは、どうやら次元を超えて、私たちの『根源』を揺さぶりにかかっているようだった。
第53話、お読みいただきありがとうございました!
かつての宿敵(自称)である異母妹マイレーネ。
彼女がどんなに過去の絆を叫んでも、今のエルシア様にとっては「掃除し忘れた塵」同然……。この圧倒的なステージの差、お楽しみいただけましたでしょうか?
「ゴミ箱に捨てたものを拾う必要はない」というエルシア様の台詞、ミオも書いていて背筋がゾクゾクいたしましたわ!
しかし、マイレーネが持っていたペンダントに刻まれた「上位階層」の紋章。
どうやら事務局の連中は、エルシア様のトラウマを利用して、この宇宙の「不備」を証明しようとしているようです。
陛下を本気で怒らせたら、上位階層ごと消滅しかねないというのに……ふふ、愚かなこと。
少しでも「マイレーネの惨めな姿にスカッとした!」「陛下のさらなるブチギレに期待!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、二人の「完璧な庭園」を応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「女王の慈悲」が、次話、査察官の喉元を食い破る陛下の魔力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、過去の亡霊を粉砕する次回をお楽しみに。




