第52話:全宇宙からの朝貢、陛下は「熨斗」を要求する
「――ッ、ドクン……!」
山積みになった秘宝の頂点。漆黒の表面に回路のような銀光を走らせるその箱が、生き物のように脈動した。
庭園に漂っていた穏やかなお茶会の空気が、一瞬にして「真空」へと変わる。物理的な呼吸が止まったのではない。空間そのものが、この箱の存在を『異物』として拒絶し、震えているのだ。
「陛下。……この箱、なんだかとてもお行儀が悪いですわ。中から『命令』の匂いがいたします」
私はティーカップをソーサーに戻し、銀河の瞳を細めた。
管理者を倒し、深淵を飲み込み、宇宙そのものと魂を重ねた今の私には、その箱の正体がぼんやりと透けて見える。
それは魔力でも神力でもない。もっと無機質で、冷酷な――『事務的な意志』。
「……あいつら、掃除し忘れたゴミがまだ残っていたか。ロザリア、セレスを連れて下がれ。……あまりに醜悪なものを見せると、あの子の情操教育に悪い」
ギルバート様が、椅子の背もたれに預けていた身体をゆっくりと起こした。
彼が動くだけで、周囲の重力がギリギリと悲鳴を上げる。
彼にとっては、この宇宙すべてがエルシア――つまり、私と過ごすための『プライベートな庭』なのだ。そこへ無断で届けられた、送り主不明の不吉な箱。それだけで、彼の逆鱗に触れるには十分だった。
「いやですわ、パパ! あのお箱、なんだか面白い音がしていますもの! セレスも一緒に見たいですわ!」
「セレス。……お菓子の追加が欲しければ、ルチアと一緒にお部屋へ戻りなさい。……これは、パパが『不法投棄』の犯人を教育する時間だ」
ギルバート様が低く、けれど抗いがたい響きで告げると、セレスは頬を膨らませながらも、ルチアに抱きかかえられて宮殿の奥へと消えていった。
――静寂が、庭園を支配する。
その瞬間、黒い箱がパカリと開いた。
中から溢れ出したのは、虹色に濁った液状の魔力。それが空中で凝固し、一つの「顔」を形作る。目も鼻も口もない、ただ幾何学的な紋様が刻まれただけの、無機質な面。
『――警告。……第一階層・管理ユニットの欠落を確認。……後任の未着任につき、当区画を「廃棄予定」として受理した。……占有者諸君、直ちに存在を停止し、データの回収に応じられたし』
その声は、感情の一切を排した機械的な響きだった。
かつての神々のような傲慢ささえない。ただ「決まった手順」を淡々とこなそうとする、絶対的な事務処理の意志。
「廃棄、ですって?」
私は思わず、くすりと笑い声を漏らしてしまった。
これほど美しい星々を、陛下が私に捧げてくれたこの宇宙を、「管理者がいないから」という理由だけでゴミ箱へ捨てようというのか。
「陛下。……どうやら、宇宙の掃除屋さんは、私たちの存在が『不法占拠』だと仰っていますわよ」
「……フン。不法だと? 笑わせるな」
ギルバート様が立ち上がり、無造作に黒い箱へと歩み寄る。
液状の面が、ギルバート様の漆黒の気配に反応し、その紋様を激しく明滅させた。
『――事象エラー。……個体名:ギルバート。……お前の魂は、既に「虚無」として処理済みのはずだ。……なぜ、個としての形を維持している。……不適切なデータの残留を検知。……強制消去を実行する』
面から放たれたのは、白光のレーザー。
それは物質を壊すのではなく、存在の「定義」を消し去る術式。触れれば、過去も未来もまとめて消滅する。
だが、ギルバート様は避けることさえしなかった。
彼はただ、掲げた左手を「しっ、しっ」と追い払うように横に振っただけだ。
バヂィィィィィィンッ!!
宇宙の理を消去するはずの光が、まるでハエ叩きに遭ったかのように反対方向へと弾け飛び、はるか上空、宇宙の外壁を突き破って消えていった。
「……眩しいんだよ。エルシアと私のティータイムに、そんな安っぽい電飾を持ち込むな。……それと、一つ教えておいてやる」
ギルバート様が、液状の面をその右手で掴み上げた。
魔力を通しているわけではない。彼の「独占欲」という名の意志が、実体のないはずの高次元体を物理的に捕らえたのだ。
「この宇宙は、既に私が買い取った。……名義は『エルシア・フォン・アステリア』。……文句があるなら、全宇宙の歴史を書き換えたその『熨斗』でも持って、出直してこい」
『――論理破綻。……占有権の主張を拒絶。……「上位階層」による査察を申請――』
バキ、バキバキッ……!!
ギルバート様が力を込めると、高次元の面は悲鳴さえ上げられず、黒い飛沫となって弾け飛んだ。
残された黒い箱も、彼の足元から広がる漆黒の虚無に飲み込まれ、影さえも残さず消滅した。
再び、静かな庭園に風が吹く。
だが、空に開いた「次元の穴」は塞がっていなかった。
「……陛下。……今のが『警告』だとすれば、次に来るのは……」
「ああ、分かっている。……査察官か、あるいは全宇宙を消すための『執行官』か。……どちらにせよ、私のエルシアの平穏を乱そうというなら、その『上位階層』とやらごと、私の闇で窒息させてやるまでだ」
ギルバート様は再び私の隣に座ると、冷めた紅茶を一口飲み、不機嫌そうに空を睨んだ。
「エルシア。……お茶会の続きだ。……次は、あの大口を叩いた掃除屋の首でも、茶菓子の飾りに添えてやろう」
宇宙のオーナーとなった夫婦に、ついに届いた「立ち退き勧告」。
理不尽なまでの愛と暴力が、宇宙の頂点を超え、その「外側」の管理者たちを戦慄させる日々が、今再び始まった。
皆様、第52話いかがでしたでしょうか!
「宇宙を廃棄する」なんて理不尽なことを宣う高次元の使者を、陛下の「個人的な不快感」だけで文字通り握り潰す……これぞ本作の真骨頂ですわ。
「名義はエルシア」という陛下のパワーワード、全宇宙の不動産王も真っ青な溺愛っぷりですわね。
そして、ついに現れた「上位階層」の存在。
管理者を倒せば終わりだと思っていたら、今度は「お役所仕事」のような理不尽が襲いかかる。
この、宇宙規模の「家主 vs 清掃局」の争い、これからどう転がっていくのか……ミオもワクワクが止まりませんわ!
少しでも「陛下の不法投棄への対応が早すぎてスカッとした!」「熨斗を要求する陛下、最高!」と感じていただけましたら、
【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で、二人の「私有地」を守る戦いを応援してくださいませ。
皆様の応援という名の「登記簿」が、次話、査察官を戦慄させる陛下のさらなる暴挙(?)を引き起こす最強の力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、お茶会を邪魔する奴は許さない、次回もお楽しみに。




