第46話:原初の揺り籠、数千年の孤独の終わり
『――ナゼ、生キテイル。……銀河ノ魔女ヨ。……貴様ハアノ時、泥ニ塗レテ朽チルハズデアッタ』
次元航行艦『エターナル・エルシア』のブリッジに響き渡る、その不快なノイズ。
私の身体は、自分の意志とは無関係に、ガタガタと震え始めた。
アステリア王国の地下牢。冷たい雨。自分を「無能」と呼び、愛してくれたすべてを奪い、死を命じたあの「絶対的な声」。
私の銀河の瞳が、恐怖の記憶に呼び起こされて細かく明滅する。
「……あ、……ぁ……」
「――エルシア。……震えるな。……私がここにいる」
その瞬間、視界が漆黒に染まった。
ギルバート様が背後から私を包み込むように抱き寄せ、その大きな手で私の耳を塞ぐように覆ったのだ。
彼の胸板の鼓動と、少しだけ焦げ付くような「怒りの熱」が、私の冷え切った心を強引に解かしていく。
「……陛下、……あの声、……あの時、私に……」
「分かっている。……案ずるな、エルシア。……お前を泣かせたその『音の主』は、今ここで、この私が永遠に黙らせてやる」
ギルバート様が顔を上げると、ブリッジの窓の向こう――『アーカイブ・オブ・ゼロ』の入り口に、歪んだ光の塊が姿を現した。
それは無数の情報の文字列で構成された、人の形を模した異形の「記録者」。
『観測外ノ事象。……イレギュラー・ギルバート。……貴様ハ「死神」ニ過ギヌ器。……ナゼ、理ヲ踏ミ越エ、……我ガ神託ヲ汚ス』
「神託だと? ……あいにくだが、私の辞書にそんな文字はない。……私のエルシアを泣かせ、泥を啜れと言ったのが貴様か。……全宇宙の歴史から、その矮小な記録ごと消去してやろう」
ギルバート様が右手を一振りした。
ドォォォォォォンッ!!
『エターナル・エルシア』の主砲が放たれたわけではない。彼の指先から放たれた「漆黒の虚無」が、次元の壁を無視して、その情報の神を一撃で握り潰したのだ。
『ガ……ギギ……ッ!! 理解不能……。管理権限ヲ……ハギ取ラレ……ッ!?』
情報の神――記録者が、絶叫と共にその姿を崩していく。
ギルバート様はブリッジを降り、直接、空間の狭間へと足を踏み出した。
私も、ルチアの支えを借りて、震える足で彼の隣へと歩み寄る。
「……記録者様。……いいえ、偽りの神様」
私は、崩れゆく光の塊を見つめ、静かに、けれど凛とした声で語りかけた。
「貴方は、私の力が怖かったのですね。……銀河の瞳が、いつか貴方の『管理』という名の偽善を暴くことが。……だから私を『無能』と偽り、世界から切り捨てさせた」
『黙レ……!! 銀河ハ孤独デアレ……! ソレガ……宇宙ノ安寧ダッタ……!!』
「……孤独は、もう終わりました。……私は今、陛下の愛の中に生きています。……貴方がどれほど否定しようと、この温もりこそが、貴方の管理などより遥かに強い『真実』ですわ」
私が瞳を全開にすると、アーカイブ全体が、白銀の光に包み込まれた。
かつての私は、この光の使い道さえ知らずに怯えていた。けれど今は、大切な家族を守るための「翼」として。
光が記録者の体内に侵入し、彼が隠蔽していた「第1部の真実」を次々と暴き出していく。
――そこにあったのは、エルシアの魔力を少しずつ吸い取り、宇宙の寿命を延ばすために彼女を『供物』にしようとした、管理者の私利私欲な計画。
「……供物だと? ……私の妻を、……エネルギーの塊程度に扱ったというのか」
ギルバート様の周囲に、星を握り潰すほどの巨大な『死神の鎌』が顕現した。
その刃が触れるだけで、アーカイブの記録が、過去が、そして記録者自身の存在理由が、煤のように消え去っていく。
『マ……マテ……! 我ヲ消セバ、宇宙ノ記憶ガ失ワレ――』
「知るか。……エルシアの涙一粒の方が、この宇宙の記憶すべてよりも重い。……永遠に眠れ、ゴミ屑」
一閃。
情報の神は、断末魔の叫びを上げる暇さえなく、漆黒の虚無に呑み込まれた。
第1部でエルシアを捨てさせ、第2部、第3部と暗躍し続けた『運命の強制力』が、今、一人の皇帝の「度を越した独占欲」によって、跡形もなく消滅したのだ。
静寂が、アーカイブを支配する。
ギルバート様は振り返り、私を優しく、けれど絶対に離さないという強さで抱きしめた。
「……終わったぞ、エルシア。……もう、お前を無能と呼ぶ者は、この宇宙のどこにもいない」
「……はい、陛下。……ありがとうございます。……私、……私、今、本当に自由になれた気がいたしますわ」
私は、彼の胸の中で初めて、過去の呪縛から解き放たれた本当の涙を流した。
泥を啜っていたあの少女は、もうどこにもいない。
だが、記録者が消滅した場所から、一つの古い『巻物』が浮かび上がってきた。
それは、宇宙創生前の「原初の記録」。
「……陛下、あれは……」
巻物が勝手に開き、そこに描かれていたのは、二つの魂が一つに重なり合っていた頃の、見たこともない光景だった。
銀河の女神と、漆黒の王。
二人は元々、敵対する者ではなく、……一つの大きな愛から分かたれた「半身」であったことを、その記録は語っていた。
「……ふん。……運命だの半身だの、今更すぎるな」
ギルバート様は、驚く私を余所に、その記録を不機嫌そうに一瞥した。
「お前が何者であれ、私が奪ったのだ。……宇宙が始まる前から、お前は私のものだった。……それだけの話だ」
あまりにも理不尽で、あまりにも愛おしい陛下の宣告。
しかし、その記録の最後には、さらに驚くべき一文が記されていた。
『――二人が再会し、一つに重なる時、三千世界は真の姿へと還る。……そして、それを阻む【真なる管理者(真のラスボス)】が目を覚ますだろう』
「……陛下、まだ……終わらないようですわね」
「いいだろう。……全宇宙が私たちの結婚を祝いに来るまで、……全員まとめて、私の前で跪かせてやる」
呪縛を解いた二人の旅は、ついに宇宙の「真の支配者」への逆侵攻へと突入する。
「無能」と呼んだ神への、最大級のざまぁ……!
皆様、お待たせいたしましたわ。第1話からエルシア様を苦しめてきた「神託」の主、情報の神・記録者を、ギルバート様が塵のように片付けてくださいました。
「お前の涙一粒の方が宇宙の記憶より重い」という陛下の台詞……これこそが、本作が100話続いても変わらない、究極の愛の形ですわね。
そして、エルシア様自身の言葉で偽りの神を論破する成長。
泥を啜っていた少女が、自分の価値を自分で定義し、愛されていることを誇る。この精神的な勝利こそ、真のカタルシスです。
しかし、記録を消したことで見えてきた「真のラスボス」の存在……。
宇宙が始まる前から二人が半身だったという衝撃の新事実を抱え、物語はいよいよ最終決戦へのカウントダウンを始めますわ。
少しでも「偽物の神の消滅にスカッとした!」「陛下の『宇宙が始まる前からお前は俺のものだ』に痺れた!」と感じていただけましたら、
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皆様の応援という名の「原初の愛」が、次話、真の支配者を戦慄させるお二人の『新婚旅行(侵攻)』を引き起こす最強の魔力になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、真実の扉が開く次回をお楽しみに。




