第42話:無垢なる銀河、エルシアの覚醒と慈悲
指先から、熱が消えた。
視界を埋め尽くしたのは、目に刺さるような白銀の虚無。
神々が展開した『忘却の迷宮』の中では、距離も時間も、そして自分という存在の輪郭さえもが、砂のように崩れていく。
『……また、独りね。エルシア』
背後から、凍てつくような声がした。
振り返れば、そこに立っていたのは「私」だった。
アステリア王国の地下牢で、泥にまみれ、光を失った瞳で天を仰いでいた……かつての、無能と呼ばれた私。
『思い出して。貴女を愛していると言ったあの男も、ただの気まぐれ。……神である貴女が、あんな矮小な人間に縋るなんて滑稽だわ。……ほら、離してしまえば、残るのはこの冷たい静寂だけ』
偽物の私が、私の頬を撫でようと手を伸ばす。
その指先からは、耐え難いほどの「孤独」と「絶望」が溢れ出していた。
神々が仕掛けた精神の毒。これに触れれば、心は折れ、私は二度と陛下の元へは帰れない。
けれど。
「……ふふ。……貴女は、本当に私の過去なのですか?」
私は、逃げなかった。
むしろ、愛おしそうに目を細め、その震える偽物の手を、自ら優しく握り締めた。
『……っ!? 何を……なぜ、正気でいられるの? これは貴女が最も恐れていた、あの暗闇なのよ!?』
「ええ。確かに、昔の私なら泣いて叫んでいたでしょうね。……でも、今の私は知っているのです。……この静寂よりも深く、この暗闇よりも重いものが、この世には存在することを」
脳裏に浮かぶのは、あの不遜な、けれど誰よりも情熱的な紅い瞳。
私を泥の中から引きずり出し、「私のものだ」と傲慢に言い放ったあの男の、狂おしいほどの熱量。
「……私の陛下は、神様が用意したこんな安っぽい孤独なんて、一瞬で焼き尽くすほど『重い』のですわ。……その重さを知ってしまった私に、この虚無が届くとでも?」
私の瞳――『銀河の瞳』が、内側から激しく明滅した。
それは外部からの魔力供給ではなく、私の「意志」が、魂に刻まれた「愛」という名の特異点を爆発させた輝き。
「……消えなさい、過去の私。……貴女の孤独は、もう私が飲み込んであげました。……これからは、陛下の愛だけが私の理です」
私がカッと目を見開いた瞬間。
白銀の世界に、幾千もの銀河が、激流となって溢れ出した。
それは『忘却の迷宮』そのものを、内側から食い破り、再構成していく圧倒的な肯定の光。
『ガ……ギギ……ッ!! 理解……不能……。迷宮の『否定』が、彼女の『執着』に塗り替えられていく……っ!』
遠くで神々の驚愕する声が聞こえる。
だが、今の私にはそんな声はどうでもよかった。
バキ、バキバキッ……!!
空間に亀裂が走る。
私が放った銀河の光が、迷宮の壁を粉々に打ち砕いていく。
かつて「無能」と蔑まれた少女は、今、自らの手で神々の試練という名の檻を、紙細工のように引き裂いた。
「……さあ、陛下。……お待たせいたしましたわ」
光が収束し、再び深淵の庭園が姿を現そうとした、その時。
――ドォォォォォォォンッ!!
私の破壊とは明らかに質の違う、暴力的なまでの「破壊」が、迷宮の残骸を外側から吹き飛ばした。
「――エルシア。……遅いぞ。三秒も待たせるとは何事だ」
砕け散る次元の破片をマントで払い、そこに立っていたのは……。
全身から、世界を滅ぼさんばかりの漆黒の殺気を立ち昇らせた、我が夫、ギルバート様だった。
彼の足元には、迷宮を維持していたはずの神々の術式が、真っ黒な墨をぶちまけたように無残に汚され、消滅していた。
彼は迷宮の出口を探したのではない。
エルシアという標的に向かって、最短距離の「空間」そのものを、その拳でブチ抜いて現れたのだ。
「……陛下。……本当にお早いお着きですこと」
私は、呆れと、そして最高の幸福を込めて、彼に微笑みかけた。
神々の試練など、私たちの「再会への執着」の前では、ただの薄い壁に過ぎなかったのだ。
「過去の自分」を優しく抱きしめ、迷宮ごと粉砕するエルシア様!
皆様、この高潔な覚悟に痺れていただけましたでしょうか?
かつて孤独に怯えていた少女が、「陛下の愛の方が重い」と言い放つシーン。私も書いていて、その成長ぶりに涙が出そうになりましたわ。
そして、外側から力技で空間をブチ抜いてきたギルバート様……!
「三秒待たせた」と不機嫌そうに笑うその姿は、もはや神でも悪魔でもなく、ただの「愛に狂った皇帝」そのもの。
神々が用意した迷宮を「ただの壁」として破壊してしまう、理不尽なまでの無双っぷりは、これぞ本作の真骨頂ですわね。
さて、迷宮を内と外から同時に破壊され、神々のプライドはもうボロボロです。
次はいよいよ、逆ギレした長兄プロトゴノスが、深淵に隠された「禁忌の兵器」を動かします。
少しでも「エルシア様の強さに惚れた!」「陛下の空間破壊にスカッとした!」と感じていただけましたら、
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皆様の応援という名の「銀河の煌めき」が、次話、神々を絶望のどん底に叩き落とす陛下の『蹂躙』の糧になりますの。
これからもどうぞよろしくお願いします!
それでは、次回の更新もお楽しみに。




