第20話:約束された幸福、そして聖域を侵す影
アステリア王国が地図から消えて数年。
中央帝国は今、かつてない黄金期を謳歌していた。
かつて「泥を啜る無能」と呼ばれた少女、エルシア・ヴォル・レオンハルト。
彼女がもたらした「黄金の雨」は、帝国の全土を緑に変え、その瞳が放つ慈愛の光は、民の心から飢えと争いを消し去った。今や、彼女を「女神」と崇めぬ者はこの大陸には一人としていない。
「お母様、見てください! お花が、私と一緒に笑っていますわ!」
陽だまりの中、銀糸の髪をなびかせて走るのは、四歳になった第一皇女、セレスティーナ。
エルシアによく似た愛らしい容姿と、父親から受け継いだ燃えるような紅い瞳。彼女が花に触れるたびに、周囲にはキラキラとした魔力の雫が舞い上がる。
「ええ、本当に綺麗ね、セレス。……でも、あまり走ると転んでしまいますわよ」
エルシアは、かつてよりも一層の気品を湛え、ベンチから愛娘を見守っていた。
その背後に、圧倒的な威圧感と、逃れようのない熱が忍び寄る。
「……私の愛しい月よ。娘を心配するのも良いが、私のことも忘れてもらっては困るな」
低い、そして独占欲に満ちた声。
現れたギルバートは、エルシアを包み込むように抱き寄せ、その首筋に顔を埋めた。
彼は皇帝としての多忙な執務の中でも、一刻たりとも彼女を一人にすることを嫌う。その溺愛ぶりは、今や帝国の伝説(語りぐさ)となっていた。
「陛下……。セレスが見ておりますわ。相変わらず、過保護すぎます」
「足りないくらいだ。お前をこの腕に閉じ込めて、一生、誰の目にも触れさせたくないと……今でも毎日、願っている」
ギルバートは彼女の指先を掬い上げ、誓いの接吻を落とした。
王国を滅ぼし、復讐を遂げ、手に入れた最高のハッピーエンド。
二人の愛は、永遠に揺るがないはずだった。
――だが、その平穏を切り裂くように、一羽の「白い鴉」が庭園の空を舞った。
「……? あんな鳥、見たことがありませんわ」
エルシアが首を傾げた瞬間。
鴉が光の粉となって弾け、虚空に巨大な「魔力の刻印」が浮かび上がった。
それは、大陸の全信仰を束ねる絶対聖域――「中央聖教国」の紋章。
直後、庭園の空気が凍りついた。
ギルバートの瞳から、一瞬にして慈愛が消え、世界を滅ぼさんばかりの冷徹な殺気が溢れ出す。
『――罪深き銀河の魔女、並びに死神の皇帝よ。神託を下す』
虚空から、響くのは傲慢なまでの高音。
『貴殿らが振るう力は、神の領域を侵す禁忌なり。その娘もまた、呪われた聖血を継ぐ者。……直ちに、母子ともに聖教国へ出頭せよ。従わねば、帝国を「異端」とし、世界の名において浄化する』
セレスティーナが怖がって、エルシアのドレスの裾を強く掴んだ。
エルシアの瞳に、かつての絶望とは違う、静かな、けれど強固な「決意の光」が宿る。
「……陛下」
「案ずるな、エルシア」
ギルバートは、彼女と娘を自らのマントの内側に隠すように抱きしめた。
見上げる空には、聖教国の使節団と思われる巨大な白金の飛空艇が、威圧的に姿を現し始めている。
「お前とこの子を傷つけるなら、相手が神であろうと、私はその喉を噛みちぎり、引き摺り下ろしてやる。……ようやく手に入れた私の楽園を、誰にも、砂粒一つ分すら汚させはしない」
ギルバートは腰の剣を抜き放ち、眩い陽光を跳ね返した。
第一部・完結。
それは、神話へと至る「真の戦い」の始まりに過ぎなかった。
読者の皆様、第一部・完結です!
……と言いたいところですが、大変なことになってしまいましたわ!
幸せな家族の時間を切り裂く、聖教国からの不遜な「神託」。
エルシア様を「魔女」と呼び、愛娘セレスティーナ様まで連れ去ろうとする奴らに、ギルバート様の独占欲が……いえ、静かなる怒りが爆発いたしました。
「私の家族に触れるなら、神ごと滅ぼしてやろう」
これこそが、私たちが愛してやまないギルバート様の「重すぎる愛」の真骨頂ですわね。
物語は、一国の復讐を超え、世界を統べる神話の舞台へ。
「泥を啜った少女」が、「世界を跪かせる真の神」となるまでの物語――第二部「神話編」も、全力で書き進めてまいります!
続きが気になる! 聖教国を徹底的に叩き潰してほしい! と思われましたら、
ぜひ【★★★★★】の評価やブックマークで、陛下に戦う力を分けてくださいませ!
皆様、第二部の開幕をどうぞお楽しみに!




