第17話:初夜の誓い、皇帝は最愛の小鳥を離さない
戴冠式の喧騒は、遠く夜の帳の向こうへと消えていった。
皇帝の私室。月光だけが差し込む静謐な空間で、私は重厚な扉が閉まる音を聞いた。
カチリ、という鍵の音。
それは、世界から私を完全に隔離し、彼だけのものにするための合図のようだった。
「……疲れさせたな、エルシア」
背後から伸びてきた逞しい腕が、私の腰を優しく、けれど逃れられない強さで抱きしめる。
ギルバート様の体温が、ドレス越しに伝わってくる。
彼は私の肩に顔を埋め、深く、深く、その香りを吸い込んだ。
「陛下……。冠が、少し重うございますわ……」
「ああ、外してやろう。今の君には、そんな飾りは必要ない」
彼は大きな手で、私の頭上に輝いていた黄金の冠をそっと取り去った。
続いて、私の髪を留めていた宝石のピンを一つずつ、丁寧に、まるで儀式のように外していく。
拘束から解き放たれた銀髪が、さらさらと私の背中に流れ落ちた。
「……綺麗だ」
ギルバート様は私の髪を指に絡め、熱い吐息を漏らす。
彼は私を鏡の前へと立たせ、背後から鏡越しに私の瞳を覗き込んだ。
「今日、百万の民がお前を『女神』と呼んだ。……だが、彼らには教えない。この女神が、どれほど弱く、どれほど愛らしく、そして私の腕の中でしか咲かない花であるかを」
彼の指先が、私の喉元から、デコルテで輝く『星の心臓』へと滑り落ちる。
「エルシア。……本当は、お前をあのバルコニーに立たせることさえ、私には苦痛だった。すべての男の視線を潰し、お前をこの部屋に閉じ込めて、私だけの声を聞き、私だけの温度に触れさせていたかった」
剥き出しの独占欲。
それは、かつての私が「無能」だと蔑まれていた頃には想像もできなかった、あまりにも重く、深い情念。
けれど、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、その「重さ」こそが、私にとっては何よりも確かな救いだった。
「陛下……。私は、もうどこへも行きませんわ。……貴方様が、私をこの場所で繋ぎ止めてくださるのなら」
私は、彼の手に自分の手を重ね、鏡の中の彼を見つめ返した。
「私を、貴方様の色に染めてください。……泥に塗れていた私を、黄金の光で塗り潰してくださったように」
その言葉が引き金だった。
ギルバート様の瞳に、昏い、情熱的な炎が灯る。
彼は私を軽々と抱き上げ、大きなベッドへと誘った。
シーツの海に沈み込む私の耳元で、彼はこれまでで最も低く、最も甘い声で囁いた。
「――二度と、逃がさないぞ。たとえ神が許そうとも、私はお前を、死の淵まで愛し抜く。……覚悟しろ、私の可愛い小鳥」
重なる影。
月光に照らされた寝室の中で、二人の呼吸が一つに溶けていく。
かつて凍える雨に打たれていた少女は、今、世界で一番熱い愛の檻の中で、永遠の春を知ったのだった。




