第16話:星降る戴冠式、世界は私を『女神』と呼ぶ
中央帝国の夜空は、今日この時のために誂えられたサファイアの天蓋のようだった。
帝都ガレンベルク。その大聖堂のバルコニーに立った私は、眼下に広がる数百万の光の海を見て、眩暈を覚えた。それは灯火ではない。私の降らせた「黄金の雨」によって救われた民衆たちが、捧げ持つ祈りの輝きだ。
(……一ヶ月前、私は雨の森で、死を待つだけの存在でしたのに)
今の私は、ルネが「一生に一度の傑作」と涙を流して完成させた、純白と銀糸のドレスに身を包んでいる。
デコルテには、王国の全財産を投げ打っても届かないほどの巨大な魔石『星の心臓』が鎮座し、私の鼓動に合わせて神秘的な青い光を放っていた。
「緊張しているのか、エルシア」
背後から、低く甘い声。
漆黒の正装を纏い、皇帝の重厚なマントを翻して現れたギルバート様。
彼は私の腰を抱き寄せると、その大きな手で私の冷えた指先を包み込んだ。
「……陛下。私のような者が、この国の冠を戴いて本当によろしいのでしょうか。……私は、ただ貴方様に拾われただけの……」
「拾ったのではないと言ったはずだ。私は、世界からお前を奪い去ったのだ」
ギルバート様は、私の銀髪を愛おしそうにひと房掬い上げ、そこに誓いの接吻を落とした。
「さあ、世界に教えよう。誰が真の主役であるかを」
二人がバルコニーの最前面へと進み出た瞬間、地鳴りのような歓声が帝都を揺らした。
ギルバート様が、自らの手で黄金の冠を掲げる。
それは皇帝の冠ではなく、彼がエルシアのために特別に造らせた、皇后の――いや、女神の冠。
その時。
私の瞳が、夜空の彼方にある魔力の流れを捉えた。
無意識のうちに右手を空へと掲げる。
(――皆に、輝きを。この国の未来に、消えない光を)
私の『虚無の瞳』が、夜空の闇を魔力へと変換する。
刹那、満天の星々が地上に向かって降り注ぐかのように、無数の光の粒が空を舞った。
神話に語り継がれる『星降る奇跡』。
「おお……! 女神様だ! エルシア皇后陛下、万歳!!」
「奇跡だ! 帝国に、本物の聖女様が降臨されたぞ!!」
跪く数百万の民。その熱狂は、魔法の通信具を通じて、大陸全土へと中継されていた。
そして。
崩壊寸前のアステリア王国。
薄暗い部屋で、魔法のスクリーンにしがみついていたジュリアン王子とイザベラは、絶望のあまり言葉を失っていた。
スクリーンの中で、世界で一番強い男に抱き寄せられ、星々の光を背負って微笑むエルシア。
その瞳には、かつての恋人への未練も、家族への恨みさえもない。
ただ、今の幸せに満たされた、残酷なまでの「無関心」だけがあった。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……。あんなに、あんなに輝いている彼女が、私のものだったはずなのに……!」
ジュリアンがスクリーンを掻きむしり、嗚咽を漏らす。
だが、その声が届くことはない。
彼は今、悟ったのだ。
自分が手放したものは、ただの少女ではなく、一生かけても届かない「神話そのもの」であったことを。
ギルバート様は、泣き崩れる王子の視線など露ほども気にせず、私の耳元で独占欲たっぷりに囁いた。
「おめでとう、私の皇后。……今夜は、誰にも邪魔させないぞ」
降り注ぐ星の光の中で、私は彼の手を強く握り返した。
もう、二度と離さない。この至福の檻の中で、私は世界で一番幸せな「宝物」になるのだと決めて。




