2話:燃える石
翌朝。領主館の居間で、セバスが茶を運んできた。
「殿下。三日とおっしゃいましたが、あてはおありなのですか」
ヴォルフは壁に背を預けたまま無言だが、目はこちらを見ている。同じことを聞きたいのだろう。
「ある。北の山に登る。今日中に確認したいものがある」
「確認、でございますか」
「王城で北の山脈の地質記録を取り寄せた。食料になる作物と、燃料になる鉱物が眠っている可能性がある」
間を置いた。二人の目が変わった。
「ゲイルを連れて山に入る。ヴォルフは護衛。セバスは留守を頼む。ガルドとの窓口が切れると面倒だ」
「承知いたしました」
セバスが頷く。ヴォルフは壁から背を離した。それだけで準備完了の合図だった。
***
北の山までは、結構な道のりだった。
雪を踏みしめて登る。風が冷たい。息が白い。
ゲイルが隣で「寒ぃ」と呟いているが、足は止めない。この男、体力はある。
ゲイルは運命点で引き寄せた技官だ。王都で腕を持て余していた職人を、因果をねじ曲げてこの辺境に連れてきた。
仕込んだものが、この山のどこかにある。あとは自分の目で確かめるだけだ。
山の中腹まで来た。
周囲を見渡す。雪に覆われた斜面。露出した岩壁。枯れた低木。
俺は岩壁に近づいた。地層の断面が見える。
「殿下?」
「ゲイル、あの岩肌を見ろ。黒い筋が走ってるのが分かるか」
「ん? ああ、確かに。ありゃあ何です」
「石炭だ。大昔の植物が地中で熱と圧力を受けて炭になったもの。燃える石」
「石が燃える?」
「ああ。薪より火力が高くて、長く持つ」
岩壁を少し削ると、黒い塊が崩れ落ちた。手に取る。軽い。質感も悪くない。
褐炭よりは炭化が進んでいる。瀝青炭に近い。使える。
「これだけ地表に露出してるなら、採掘も難しくない」
ゲイルが黒い塊を受け取って、まじまじと見つめた。
指で表面を擦り、匂いを嗅ぐ。職人の癖だ。
「……本当に燃えるんですかい」
「帰ったら見せてやる」
もう一つ。
俺は斜面を下って、雪の薄い窪地を探した。日当たりと排水。寒冷地で育つ作物なら、こういう場所に自生する。
雪を払うと、土の中に塊があった。
掘り出す。拳大の、泥だらけの芋。
——あった。
ジャガイモに似ている。正確には、寒冷地で自生する野生種だろう。品種改良前のジャガイモは南米の高地原産で、寒さに強い。神がこの世界に仕込んだなら、性質は近いはずだ。
「こいつは?」
「寒い土地で育つ芋だ。栄養価が高い。量産できれば食料問題の基盤になる」
ゲイルが眉を上げた。
「……そいつは、大した話ですな」
「帰るぞ」
***
領主館に戻った。
居間に三人を集めて、まず見せた。
石炭を竈にくべて火をつける。最初は煙が出た。だが程なく、低い音とともに赤い炎が立ち上がる。
薪とは桁が違う熱量。部屋の温度が一気に上がった。
「……これは」
セバスが目を見開いた。
「石炭だ。北の山に大量にある。薪と違って火力が安定していて、長時間燃える」
次に、芋を切って鍋に放り込んだ。水と、昨日ガルドに渡さなかった干し肉の端切れ。
しばらく煮込むと、素朴だが確かに美味そうな匂いが立った。
全員に椀を配る。
ゲイルが一口啜って、唸った。
「いけますな、こいつは」
セバスも静かに頷いている。ヴォルフですら、二口目に手が伸びた。
「石炭で暖が取れる。芋で腹が膨れる」
俺は言った。
「これで、最低限の生存は確保できる」
ヴォルフが口を開いた。珍しい。
「炊き出しをされてはいかがでしょう。住民に配れば、すぐに効果が出ます」
正論だ。腹を空かせて凍えてる人間に飯と暖を届ける。まずはそれが先決。
だが——。
「それだけじゃ足りない」
三人の視線が集まった。
「炊き出しはやる。広場に住民を集めて、スープを配って、石炭を焚く。それで腹は膨れるし体も温まる。感謝もされるだろう。——でも、それは『もらった』で終わる」
俺は椀を置いた。
「昨日の住民を思い出してくれ。あいつらの目に何があった?」
誰も答えない。だが、分かっているはずだ。
「諦めだ。何をやっても無駄だと思ってる。その状態の人間に物を配っても、受け取って終わりだ。次の日にはまた同じ顔に戻る」
「人が変わるのは、モノをもらった時じゃない。『変われる』と実感した時だ」
セバスが静かに問うた。
「……具体的には、いかがなさいますか」
「二段構えでいく」
俺は領都の地図を広げた。
「第一段は炊き出し。広場の広間を使う。住民全員に声をかけて、温かいスープと石炭の火を見せる。これで腹と体を温める。ここまでは普通だ」
指を地図の端に動かした。
「第二段がこっち。広場の近くに使われてない廃屋があったな?」
「ございます。住人が出て行ってからしばらく空き家のままかと」
「その廃屋を改装する。隙間を全部埋めて、石炭の暖房を入れて、風呂を作る」
ゲイルが顔を上げた。
「風呂、ですかい」
「石炭があれば湯は沸かせる。大きな釜が一つあればいい。簡易的なもので構わない」
「で、そこに誰を入れるんで」
「子供だ。まず子供を招待する」
ゲイルが首を傾げた。だがセバスは何かを察したように目を細めている。
「暖かい部屋で温かい飯を食わせて、風呂に入れる。この領地の子供は、そんなもの知らないはずだ」
俺は地図から目を上げた。
「その子供たちが、外に出てくる。あとは——まあ、見てくれりゃ分かる」
ゲイルが腕を組み直した。
「……読めねえな。だが、殿下がそこまで言うなら乗りますよ」
「食い物を配るのは援助だ。暮らしを見せるのは未来だ。住民に必要なのは援助じゃなくて、未来が見えることだ」
ヴォルフが静かに頷いた。セバスが穏やかに微笑んでいる。
「問題は作業量だ。三日で全部やる。炊き出しの仕込みと、廃屋の改装と、風呂の設営。俺たちだけで徹夜になる」
「……我々だけで、でございますか」
「住民には手伝わせない。見せる前に巻き込んだら意味がない」
ゲイルが顎を撫でた。
「三日徹夜か。まあ、この歳になりゃ二日三日寝なくても死にゃしませんがね」
「御意」
ヴォルフが短く答えた。いつも通りだ。
***
そこからの三日間は、ほとんど眠らなかった。
初日。俺とゲイルで北の山に戻り、石炭と芋を可能な限り運び出した。ヴォルフの馬力がなければ三往復は無理だった。
二日目。廃屋の改装。壁の隙間を石と泥で埋める。屋根の穴を塞ぐ。ゲイルが石炭暖房の竈を組み上げる間に、俺は風呂の設計を詰めた。大きな鉄釜は領主館の倉庫にあった。水は近くの井戸から引く。排水の溝を掘る。
セバスは炊き出し用のスープを仕込みながら、ガルドとの調整を並行で進めてくれた。広場の使用許可と、住民への告知。
三日目の朝が来た頃には、全員泥だらけだった。
廃屋の扉を開ける。中に入ると——暖かい。
石炭の竈が赤々と燃えていて、隙間を埋めた壁が熱を逃がさない。
奥には湯気を上げる釜。ゲイルが最後まで苦労していたが、ちゃんと湯が沸いている。
「……やりましたぜ」
ゲイルが壁にもたれて笑った。目の下に隈がある。
「ああ」
俺も笑った。多分、似たような顔をしている。
外に出る。広場では、セバスが大鍋の最終準備をしていた。芋のスープの匂いが朝の冷気に混じる。
「準備は整いました、殿下」
セバスの声にも、さすがに疲れが滲んでいた。だが目は澄んでいる。
ヴォルフが戻ってきた。ガルドへの最終連絡を済ませたらしい。
「昼に民が集まります」
短い報告。だがその声に、わずかな熱があった。
俺は三人を見渡した。
三日間、誰も文句を言わなかった。誰も手を抜かなかった。
こいつらとなら、やれる。
「よし。まずは寝よう。昼まで少し時間がある」
ゲイルが床に崩れ落ちた。ヴォルフが壁に背を預けて目を閉じた。
セバスだけが「私は殿下の分の茶を淹れてから休みます」と言って、台所に消えた。
……あの爺さん、いつ寝てるんだ。
俺は壁にもたれて目を閉じた。
数時間後に、この領地が変わる。
——変えてみせる。
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