表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命点1000、自分には一点も使わなかった ~なお敵の転生者は全振りで最強になった模様~  作者: Lihito


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/18

1話:三日だけ

「おはよう。死んだよ、君」


目の前に、青いジャージの男が座っていた。湯呑みを啜っている。


「……は?」


「化学メーカー勤務、研究職、享年三十二歳。帰り道にトラックに轢かれて即死。お疲れさん」


直前の記憶が蘇る。

退職届を出した帰り道だった。世界最大手の外資から声がかかっていた。年収5倍。社内では十年かけた成果を「計画にない」の一言で潰されたが、外の世界はちゃんと認めてくれた。

やっと——と思った矢先に、ここにいる。


「で、本題。君にはこれから異世界で王子をやってもらう」


「……待ってくれ。状況を整理させろ」


「いいよ、手短にね」


男——自称・神は、手元のクリアファイルをぱらぱらめくった。表紙に太いマジックで『シンラ王国・転生案件(至急)』と書いてある。


「質問があるなら」


「拒否権は」


「ある。断ったら魂を初期化。候補はアマゾンの蝉か深海のバクテリア。自我なし」


「……で、その至急案件って?」


「シンラ王国の第三王子に転生。10年後に来る魔王軍を何とかしてほしい。兄二人。三年後に王位継承の審査があって、各王子に辺境領を与えて経営の成果で次の王を決める方式」


「兄が王になった場合の勝率は」


「ゼロ。彼らは優秀だけど、常識の範囲で戦う。魔王軍は常識の外から来る」


常識の外。化学メーカーで十年やってきた知識がある。確かに、俺にはその手札がある。


「条件次第だ。何がもらえる」


「話が早い。まず『運命点』を1000点あげる」


空中に半透明のウィンドウが浮かんだ。


【所持運命点:1000】


「因果をねじ曲げる力。消費した分だけ、都合のいい方向に現実が動く。ただし使ったら減る。補充は基本ない」


「1000で10年持つのか」


「全部これで賄おうとしたら全然足りない。要所で使うもんだ。——あと、運命点の前払いで初期条件をいじれる。オプション」


時間をかけた。一つずつ確認して、削れるものを削った。


【消費:300点 残:700点】


神が一覧を覗き込んで、軽く口笛を吹いた。


「へえ。面白い買い方するね」


「何が面白い」


「いや、普通はさ、自分を強くするんだよ。剣術とか、魔法とか。君、自分には一点も使ってないでしょ」


俺は答えなかった。


神が立ち上がった。


「じゃ、行ってらっしゃい。第三王子アレン君」


立ち上がりかけた時、神が思い出したように言った。


「ああ、そうだ。一個だけ言い忘れてた」


湯呑みを置いて、初めてまともにこちらを見た。


「君だけじゃないよ。もう一人、送ってある」


「……何?」


「魔王軍の側にね」


笑っていた。いつもの軽い調子で。

でも、目だけが笑っていなかった。


「同じルール。運命点1000。好きにオプション選ばせた。何を買ったかは教えない。向こうにも君のことは教えてない。平等でしょ?」


「——待て。もう一つ聞かせろ」


「だーめ。時間切れ」


背中をばしっと叩かれた。


「ま、頑張って。相手も頑張ってるから」


——"も"?


聞きたいことはまだあった。でも、視界はもう白く染まり始めていた。


***


馬車を降りた瞬間、風の冷たさが肺を刺した。


灰色の空。崩れかけた石の建物。屋根に苔。道を歩く住民はまばらで、目が合ってもすぐに逸らされる。


北の辺境、アルカス領。控えめに言ってハズレ。


王位継承の審査で、兄たちに与えられたのは西の要衝クレイドと南の交易拠点セリオ。どちらも領地として一級品だ。

俺の名前が呼ばれた瞬間、式典の広間の空気が弛んだのを覚えている。前列の貴族が隣に耳打ちした——「北の墓場じゃないか」。小さな笑いが続いた。


長兄ヴァリウスはこちらを見もしなかった。眼中にない。

次兄リアンが一瞬だけ目を向けた。同情の目だった。いらない。


あの広間にいた全員が、評価する価値すらないと思っていた。

——十年かけて積み上げたものを「計画にない」の一言で潰された時と、同じ空気だ。


「……また来たのか」


出迎えの第一声がそれだった。


四十代半ばの大柄な男。短い髪、日焼けした肌。

目が死んでいる。


「自警団長のガルドでございます」


隣でセバスが耳打ちする。白髪の老執事。唯一最初からこちら側の人間だ。


「アレンだ。今日からここを治める」


ガルドは俺を一瞥して、視線を外した。


「好きにしてくれ。前の奴も、その前の奴も、来ては帰っていった」


「領地を見て回りたい。案内を頼めるか」


「セバスに聞いてくれ。俺は忙しい」


忙しい。この人員で、何に。

聞き返そうとしたが、ガルドはもう背を向けていた。


***


セバスの案内で歩く。


井戸は二つ、片方は凍結。畑は雪で半分死んでいる。住居は石造りだが隙間だらけで、室内でも息が白い。


「住民はおよそ二百名。若い男は多くが出稼ぎに。残っているのは老人、女性、子供が中心です」


産業がない。労働力もない。

備蓄の減り方を逆算すると、来月にも死人が出る。


すれ違った老人に声をかけた。


「食料は足りているか」


穏やかな顔で笑われた。


「仕方ありませんよ。ここはそういう土地ですから」


——仕方ない。


足が、一瞬止まった。


穏やかに笑って諦めている顔。どこかで見た気がした。


(北の山。あそこに仕込んだものがあるはずだ。明日、確認に——)


頭の中で段取りを組んでいた。その時だった。


路地の奥から、泣き声が聞こえた。


小さな女の子だ。五つくらい。ボロ布を巻いただけの薄着で、壁際にしゃがみ込んでいる。


その横に、もう少し上の男の子。兄だろう。

兄の方も同じくらいボロボロだった。頬がこけて、唇は紫がかっている。


兄が妹の肩を引き寄せた。小さな体で風を遮るようにして、抱え込む。


そして——笑った。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんがいるから」


足が止まった。


——大丈夫ですから。先輩、心配しないでください。


あいつも、こう笑っていた。

その三ヶ月後に死んだ。


気づいた時には馬車に向かって歩いていた。


「殿下?」


セバスの声が遠い。

荷台を開けて、食料を引っ張り出す。干し肉。穀物袋。毛布。全部。


「殿下!? それは我々の——」


ヴォルフが声を上げた。


「全部出せ」


腕いっぱいに物資を抱えて、ガルドのところに戻った。


「渡す。多くはないが、今あるだけ全部だ」


ガルドが目を見開いた。


「何を——」


「三日だ」


ガルドの目を見た。


「三日でどうにかする。食料も、暖も。だから三日だけ、これで持たせてくれ」


「……何言ってんだ、あんた。来たばかりだろうが」


「ああ。何の実績もない。信じる理由もない」


「なら——」


「住民の信頼を得るには実績が要る。実績を積むには住民が生きてないと始まらない。目の前で死人を出してから動いても遅い」


「三日だけ、俺に時間をくれ。誰も死なすな」


ガルドは黙って俺を見ていた。


長い沈黙だった。


セバスが俺の横に来て、何も言わず物資の整理を始めた。

ヴォルフも、黙って荷物を運び始めた。


ガルドが、ゆっくりと腕を組んだ。


「……三日だけだ」


低い声だった。


「一つ聞いていいか」


「何だ」


「あんた、さっき理屈を並べたな。住民の信頼がどうとか、順番がどうとか」


「ああ」


「あれは後付けだろう」


俺は、少し間を置いた。


「……そんなことない」


ガルドは鼻を鳴らした。


***


明日、北の山に行く。運命点で仕込んだものが使えるかどうか、この目で確認する。

三日。その間に、この領地を生かす手を見つける。


ただ——原料があったとして、この領地にはそれを形にする炉もなければ、まともな秤もない。

前世では白衣を着て精密機器に囲まれて仕事をしていた。ここには何もない。

順番を間違えるな。まず見る。考えるのはそれからだ。


セバスが夜の執務室に茶を運んできた。


「殿下。前の方々は、到着の翌日にはもう帰り支度をしていたそうです」


「……そうか」


「荷を解く前に民に物資を配った方は、初めてだとか」


それだけ言って、茶を置いて下がった。


灰色の空の向こう、北の山の稜線が暗く沈んでいる。


——もう一人いる。


魔王軍の側に、同じ手札を持った誰かがいる。

そいつは、もう動いている。


10年。たった10年しかない。

その間にこの死にかけの領地を、武器に変えなきゃいけない。


北風が窓を鳴らした。

山の向こうの空が、うっすら赤い。


あの山の向こうに、何が待っているのか。まだ何も見えない。


ただ——さっき、あの兄が毛布を受け取りながら俺を見上げた。

何も言えずに、目を赤くして頭を下げた。


あの顔を、忘れない。


三日だ。三日で、ここを変える。


***


魔大陸の片隅で、銀髪の魔人が自分の手を見つめていた。

握ったり、開いたり。


「はは、すげえ。マジですげえ。この体、マジで最強じゃん。魔力やべえ」


紫の瞳に、飢えた光が宿っている。


「見てろよ。俺の時代だ」


運命点、残り——0。

お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ