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行くぞ、まだまだ!
車両の端まで走り抜け、通路へ放り出すように伸ばしている酔っ払いの足を跨ぎ……妙に重い連結部のドアをこじ開けて、更に奥へ……
その間にも、列車は幾つも駅を通過する。
吊り広告を潜り、通路へ伸ばす酔っ払いの足を跨ぎ……
どれ位、僕は走り続けたのだろう?
疲れがピークに達し、酔っ払いの足を跨ぎ損ねた挙句、通路の床へ転がって、そのまま仰向けに寝そべる。
床に大の字で動きを止めても、文句を言う奴は誰もいなかった。
そして……
ぼうっと車両の天井を見上げる内、少しは頭も冷えたらしい。自ずと僕は気付いていた。 これ以上、走っても意味は無い。
どの車両も中の様子は同じ。乗客の数、いびきをかく音、天吊り広告の中身まで同一内容のリフレイン。
まるでメビウスの輪の上を堂々巡りしている感じさ。アニメとかで良くある「ループ」って奴だ。
最前列の車両へ行き、運転手に会うのも、おそらく不可能。もしかしたら、この列車には運転手なんて初めから存在しないのかもしれない。
或いは、列車の形をした何か、例えば異次元の迷宮みたいなモンへ紛れ込んでしまったのかも……
だとしたら、どうなる?
僕は永久に閉じ込められ、妻の元へ帰れないのか?
胸の奥で急速に膨らむ絶望が、それ以外の感情を圧し潰し始める。妻の記憶に縋ろうとしても、何故か、その面影が遠ざかっていく。
目に焼き付いていた筈の記憶が薄れ、あの大事な微笑みが、もう思い出せない。
仰向けから俯きになり、僕は床へ顔を伏せて啜り泣いた。どうせ、誰も聞いていない。そう思ったのに、
「ふふっ……変なの」
あの小柄な少女が、何時の間にか傍らに立ち、僕を上から見下している。何をしても無駄、そう宣告された気がして無性に腹が立ってきた。
「オイ、ふざけんな、お前ら! 一体、何のつもりで、僕を追い回す!?」
思いっきり怒鳴り、後ずさる少女の肩を鷲掴みにして、つぶらな両目を僕の方から覗き込んでやる。
特に怯えるでもなく、相変わらずの無反応だ。見つめ返す瞳の奥、その真っ黒い淀みから、まともな感情は何一つ伝わってこなかったが、
「あっ!」
突然、或る『気付き』が胸に閃き、僕は声を上げて、少女を突き放した。
そうだ、何もかも同じループって訳じゃない!
どの車両にも、必ず僕をガン見する女がいた。その年齢、見た目はバラバラ。僕と目が合った時の反応も、それぞれ若干違っている。
何故、客の中で女達だけループを免れているのか? どんな目的で僕を見つめ、何を伝えようとしているのか?
もし、あいつらがグルで、何か企みが隠されているなら……そこにこそ、この状況を突破する秘密が隠されているかもしれない。
例えば、ほら、ちょっと似たシチュエーションのゲーム、あったよな?
あれは確か、列車じゃなく、広い地下鉄駅構内から出られなくなる筋書きだったと思う。
幾ら歩き回ろうと、景色が変わらないループ。その辺も同じで、出口へ繋がる唯一のルートを探すんだが、その際、脱出のヒントが目立たない形で構内に隠されている。
無限のループを免れた何か、捜索の度に変化していく要素が何処かにあるンだ。それを一つずつ見つけ出し、正しい順に辿って行く事で、出口へ到達できる。
この列車の状況に例えるなら、「女達」がヒントで、「停車駅のホームに降り立つ事」が目指すゴールになるのだろう。
「……変なの……変なの……」
同じ言葉を繰り返す少女の、たなびく栗色の髪を僕は優しく撫でた。
「あぁ、変なんだ、何もかも」
キョトンとする少女をその場へ置き去りにし、僕はこれまでと逆方向、列車の最後尾へ向け、歩き出す。
ひとまず逆戻りし、「女」以外のループしない要素を見逃さない為、辿ってきた経路を確認し直す必要を感じたんだよ。
車両の端まで進み、ドア前に陣取る酔っ払いの足を跨ぐ。やたら重い連結部のドアをこじ開けて、更に奥へ……
何台か走り抜け、止まって呼吸を整える。
まだ客の配置、天吊り広告に目立った変化は無い。でも、各車両に陣取る「女」のキャラは確かに違う。
完全な同キャラはいないんだ。似た容姿、ファッション、近い年齢の場合もあるけど、良く見たら微妙にずれが有る。
ループしない要素が他に見当たらない以上、個々の女が見つめる状況、それ自体にヒントを見出すしかない。今、試すべきなのは、僕へ向けられる視線を一切無視せず、全部受け止める事。
きっと何か変わる。焦るな。
車両端まで進んで、酔っ払いの足を跨ぐ。重いドアをこじ開け、更に奥へ……
今度は、あの太ったオバちゃんだ。
前より少しだけ年恰好が若い。でも、キャッと恥じらい、栗色の髪をなびかせて目を逸らす動作は同じ。
チラリ見の視線をしっかり受け、そのまま彼女の前を通過する。
車両端まで進み、酔っ払いの足を跨いで、重い連結部のドアを開け、更に奥へ……
お~、ちっちゃい婆ちゃん、こんにちは。一層老けてっけど、相変わらず怖い顔して、不機嫌そ~に睨んでくるねぇ。
完全に開き直った勢いを駆り、僕は愛想良く会釈して、きっちり目を合わせたまま前を通り過ぎていく。
車両端まで進み、酔っ払いの足を跨いで、重い連結部のドアをこじ開け、更に奥へ……
「おじちゃん、変なの……」
ハイハイ、次は又、君なのね。僕は8才位に見える少女へ微笑み、酔っ払いを跨いで、重いドアをこじ開け……
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