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停めてくれ!  作者: ちみあくた


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2/5



 車両と車両の連結部から更に先へ進み、乗客が疎らな座席の間に立ち止まって、ドアの方を振り返ってみた。


 大丈夫。あの奇妙なストーカーおばちゃんは、こちらの車両へ追って来ていない。ひとまず胸を撫で下ろし、僕は空いている席に座って目を閉じる。


 今度こそ、妻の楽しい夢を見よう。


 家に帰れば、どんなに遅くても待っていてくれるあの温もりを、一足早く夢の中で味わうんだ。


 そう思うだけで、いつもは自ずと心が安らぐ。


 でも、この時はすぐ眠れなかった。又、頬へジトッとした視線を感じ、うんざりしながら、目を開くと……


 あぁ、今度は真正面かよ!?


 通路を隔てた短い間合いに先程とは別の女がいた。


 八十過ぎ位の小柄な老婆だ。皺だらけの不機嫌そうな顔で、僕と目が合うや鬱陶しそうに舌打ちし、ゆっくりソッポを向きやがる。


 でも、最後にこちらをチラ見する仕草は、真ん丸お目目のストーカーおばちゃんとクリソツ。


 真っ黒に瞳を淀ませ、僕を見ている。見つめてる。






 体が勝手に動き、気が付くと僕は席を立っていた。


 列車の進行方向に沿い、急ぎ足で通路を歩き出す。殺人事件の見出しが躍る吊り広告の下を潜り、通路へ伸ばした酔っ払いの脚を飛び越して……






 重い連結部のドアから隣の車両へ移動した途端、窓の外が少し明るくなった。次の停車駅へ到着し、ホームの灯りが車内へ射し込んだ様だ。


 比較的大きな駅だから、降りる客は少なくない。あの婆さんもオバちゃんも、いなくなってくれたら良いな。


 そう思いながらドアに凭れ、ブレーキが掛かるのを待つ。


 でも、列車は全くスピードを緩めようとしなかった。そのまま、まっすぐホームを通過し……






 えっ、各駅停車だよな、コレ?


 又、小さな異変が生じている。その気付きが唐突な不安へ結びつく。


 僕が降りる予定の駅も、快速なんて停まらない小さな駅だ。行き過ぎた場合、停車駅からのリカバリーが難しい。でも考えてみたら……


 この時間帯、この路線のこの辺りは快速でも各停扱い。全ての駅へ停車する筈。スルーなんてあり得ない。


 なのに、周囲の乗客に一切変化は無かった。停まらない列車に戸惑い、あたふたしている奴なんて、見渡す限り僕一人だけ。


 おまけに、惰眠を貪る誰かの、鬱陶しいいびきが止まらない。






 どいつもこいつも何なんだよ!?


 僕は焦り、まともな乗客を見つけたい一心で、進行方向に沿い、歩き続けた。


 吊り広告の下を潜り、通路へ投げ出した酔っ払いの足を一跨ぎ、重い連結部のドアを抜け……






 そして四両目の車両中程まで来た時、又、列車が駅を通過した。今回も全く減速しようとしない。


「……停めてくれ」


 二駅続けての異変だ。僕の爪が虚しく、真っ暗なドアの窓を引っ掻く。


「停めてくれ」


 なす術無く立ち尽くす内、更に列車が次の駅を通過していく。


 僕は今、本当に我が家へ近づいているんだろうか?


 むしろ遠ざかっている気さえして、


「停めてくれ……停めてくれ……停めてくれぇ!」


 繰り返す呟きが、最後には声を振り絞る絶叫と化した。狭苦しい列車の中で反響が木魂する。


 なのに、相変わらず乗客は誰も反応しない。まるで座席へ座らされた人形か、死人のように。


 でも、たった一つ、僕の膝元から囁く声があり、


「うふふっ……変なの」


 恐る恐る見下ろす視線の先に蹲っていたのは、肩まで伸びる栗色の髪をした十才くらいの少女だ。


 まん丸い瞳で僕を見上げている。


 最初のオバちゃんとも、次の婆さんとも大違いのあどけない面持ち。でも、何処かしら似ている気もする。


「変なの……変なの……」


 繰り返し呟く言葉に、僕は反論したくなった。


 変なのはお前だろ?


 今はもう午後11時を過ぎてる。終電も近い真夜中、私鉄の車両に子供一人で乗っている訳が無い。


 でも、それを言う勇気は出なかった。少女の瞳、虚ろで真っ黒な二つの穴の奥に、今やお馴染みの淀んだ瘴気が漂い……






 ヒィイイッ!


 頭を抱え、僕は逃げ出した。


 列車の進行方向に沿い、どこまでも、どこまでも走る。


 異常な状況とは言え、列車は列車。前方へ進み続ければ、いずれ必ず最前列の車両へ辿り着く。


 そこに運転手だっている筈だ。そうしたら、ドアを蹴飛ばし、何で停まらないのか、理由を聞いてやる。


 いや、もう今更、理由なんてどうでも良いや。


 停めるんだ、力づくで。運転手を半殺しにしてでも、操縦席の急ブレーキを使わせてやる。






 吊り広告の下を潜り、通路へ放り出すように伸ばす酔っ払いの脚を一跨ぎ。


 妙に重い連結部のドアを抜けて隣の車両へ移動し、乗客が疎らな車両を駆け抜けて、更に奥へと……






 元々、運動は得意な方じゃない。学生の頃は部屋へ引き籠り、通学以外、殆ど外へ出ないインキャだったから、バテるのも早い。


 身体はフラフラ、足もヨ~レヨレ。それでも愛しい妻の面影を原動力に、ひたすら走り続ける。


 栗色の長い髪。澄み渡った大きな瞳。トランジスタグラマーって感じの、柔らかい抱き心地。そして、いつも僕だけに捧げられる一途な愛。


 もう一度、彼女をこの手で抱き締めるまで僕は死んでも死にきれない。


読んで頂き、ありがとうございます。

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