ヴィネス
ヴィネスは目を開けることができなかった。
自分が落ちているのか、飛んでいるのか、それすら分からない。
暴風の中を突き進んでいる感覚だけがあった。
ただ、自分を抱えるセツナの腕だけは、不思議なほど微動だにせず
妙な安心感を覚えた。
今はそれだけが灯の様にヴィネスの心を支えていた。
ガキン!!
金属音に、ヴィネスは思わず目を開いた。
「……え?」
目の前に、翼の生えた怪物がいた。
「あまり見ないほうが良いよ。
これから起こる事。」
「?」
ヴィネスには言ってる意味がわからなかった。
「こいつ、この状況で笑ってやがるのか。
だがそれもすぐに苦痛に歪む。
お前だけ一瞬で消し炭にしてやろう。」
1匹のガーゴイルがセツナを指差して言った。
ヴィネスは身を強張らせ、セツナの肩を力強く握った。
「大丈夫。」
セツナは言った。
ガーゴイルの背後に魔法陣が展開した。
陣の中心にエネルギーが集中し始める。
「終わりだ、仮面の男」
もう1匹のガーゴイルが言った。
「……」
何も起きない。
「グガ…グガガ…」
ふと見ると、魔法を詠唱していたガーゴイルが
大きな口を開けている。
「おい! どうした!?」
もう一匹のガーゴイルが声をかけた。
だが、答える事は無く、その口はどんどん開き、
ついには裏返った。
やがて口の中に自身の体が
押し込まれ、圧縮され、やがて小さな塊になり
煙になって消えた。
「なっ!! 何をした!!」
ガーゴイルが叫んだ。
「君もああなりたいかい?」
セツナは涼しい顔をして言った。
「貴様!ただで済むと…」
そう言った瞬間、ガーゴイルの背中に激痛が走った。
「グアッ!! 翼が…」
翼を失ったガーゴイルは失速し落下していった。
そして地面に叩きつけられた。
セツナは着地するとヴィネスをゆっくりと降ろした。
「立てる?」
セツナがそう言うと
ヴィネスは何度も頷いた。
しかし今起こった事の理解が追い付かず
言葉が出てこない。
「き…貴様…何者だ…」
這いつくばりながらガーゴイルは言った。
「ただの人間さ」
「人間…だと!? ありえん…!」
「だけどここに居る。」
そう言ってセツナは仮面を外した。
ガーゴイルは目を見開いた。
「ところで君たちは何故この子を狙うの?」
「人間などに教えるものか。」
その瞬間ガーゴイルの片耳が消し飛んだ。
「ぐあっ!!」
「素直に言わないとどんどん体が無くなっていくよ。」
更にもう片方の耳も消し飛んだ。
「うわっ!!」
ヴィネスは思わず顔を背けた。
先ほどまで自分を安心させていた男と、
目の前のセツナが同じ人物だとは思えなかった。
「鍵だ!!」
ガーゴイルは叫んだ。
「鍵って何の?」
今度は指が消し飛んだ。
「くあっ!!」
「隠された部屋に入るためのだ!!
それ以上は知らん! 本当だ!!」
「君達のボスは誰だ?あのドワーフのおじさんか?」
「……」
ガーゴイルはセツナを見上げて黙っている。
パシュッ!!
と音が鳴った瞬間、ガーゴイルの右腕は切断されていた。
ヴィネスは顔をそむけた。
「ぐあっっ!!」
ガーゴイルの呼吸はかなり荒い。
「殺せ」
ガーゴイルは言った。
「腕では足りない?」
「お…俺たちが…口に出せる様なお方ではない…」
その時、ガーゴイルの全身に魔法陣が現れた。
「!! ヴィネス伏せて!!」
自爆したガーゴイルの爆発は洞窟全体を揺るがすほどだった。
ヴィネスはゆっくりと目を開けた。
目の前に背中を向いたセツナが立っていた。
よく見ると、薄い膜が二人を覆っていた。
「いやあ 何も聞きだせなかったな…」
セツナは頭をかいた。
セツナがヴィネスを見ると。
彼女はしゃがんでうずくまって震えていた。
そして怯えた目でセツナを見上げていた。
爆発の余韻が過ぎ、辺りに静寂が訪れた。
「酷い奴だと思ったでしょ?
僕の事。」
セツナがポツリと言った。
「僕ら人間もね、似たような事を
されているんだ。今も。」
「でも…さっきの魔族とは関係ない…!」
ヴィネスが震える声で言った。
だが芯のある声だった。
「…そうだな…」
セツナが呟いた。
「さて…」
と、セツナが視線を壁に移した時
何かが光った。
「なんだ? これ・・・」
近づいて土を払うと、鉄のプレートが姿を現した。
「B12F… どこかで…ああ…
なるほど、ここか。」
「何がですか?」
「何かはわからないけど…
この地下施設で一番重要なもの…」
「私と関係あるのでしょうか?」
「恐らくね。さっきの奴らの狙いも
きっとそれだよ。」
「……」
「ま! とにかくこの通路を進んでみようか。」
セツナ達が降り立った場所は、明らかに人工的に
作られた場所だった。
通路には等間隔で小さな灯が点々と続いていた。
◆
「歳の割にはよく動く。アンナよ」
「あなたと一緒にしないでほしいわ
ストロムブラード。
そんな醜い力に頼らなきゃ動けないなんて
滑稽だわ。」
「ほざくがいい、すぐに分からせてやる。
あとで俺の世界に連れて行ってやる。」
舌なめずりしたストロムブラードは尋常ではない速さで
アンナに向かって来た。
長い爪でアンナに襲い掛かる。
ありえない角度で曲がる関節、読めない軌道…
ストロムブラードは次々と攻撃を繰り出していく。
それをアンナは両手の剣でいなし防いでいるが
徐々に押し込まれていく。
そしてついにストロムブラードはアンナの首を
掴み、壁に押し付けた。
「くっ…」
その瞬間
ストロムブラードの長い舌が針の様に変化して
アンナの肩に突き刺さった。
「ここから俺の血を流し込めば
お前は感染する。ヒヒヒ…」
「うっ…くっ…離せ…」
まるでプレス機だ…
アンナは思った。
とその時、耳をつんざくような爆発音がした。
ミシミシと洞窟内が軋み、小石がたくさん
降って来た。
パシュッ!!
ストロムブラードが力を緩めた瞬間アンナは
肩に刺さった舌を切り落とした。
ストロムブラードは慌てて手を放し
アンナは開放された。
「ブベルルルル‥‥斬りやがったな!」
そう言ってる間に切断された舌は回復した。
「ハアハア…」
アンナは息が上がっている。
「大人しくしてろよ…アンナ…
すぐに楽にしてやる!!」
ストロムブラードが再び襲い掛かって来た。
その瞬間岩が砕ける音がして、壁に大きな穴が開いた。
「ギルド長!!無事か!?」
開いた穴から巨大な鉄の拳が現れた。
その穴から見えるのはヤンネの顔だった。
さらに岩盤が砕け散り
大きな鉄の塊が姿を現した。
掘削ロボットから顔をだしているヤンネが叫んだ。
「なんだぁ? こいつ!?」
「ストロムブラードよ!」
掘削ロボットはストロムブラードめがけて
突進した。
そしてストロムブラードを押しつぶすように壁に激突した。
ヤンネは掘削ロボットを降りると急いでアンナの所まで
駆けてきた。
「大丈夫か!?傷を見せろ」
「ああ…ちょっとヤバかったが」
ギギギ…
鉄の軋む音がする。
ロボットと壁に挟まれていたストロムブラードが
動き出している。
「なんて奴だ、生きているぞ。」
ヤンネが目を丸くした。
「あの程度では死なんさ」
ドーン!
ストロムブラードがロボットを押しのけ
掘削ロボットは横倒しになった。
「邪魔ばっかりしおって…
少々本気を出さねばお前らの息の根を止められんか。」
ストロムブラードの体には傷ひとつ付いていない。
「あんたのお目当ての娘は、うまく逃げ切ったようだ。」
アンナが言った。
「ガーゴイル達…」
「今頃八つ裂きにされてるかもよ。」
「そうか さっきの爆発…
先にあの娘だ。
貴様らはここで待っていろ。
あとでじっくりいたぶってやる。」
ストロムブラードは翼を広げ、入り口の方に
飛んで行った、入り口を通り抜けざまに、
尻尾を入り口上部の壁に当てると
壁が崩落し、入り口は塞がれてしまった。
「肩からの出血がひどいな…」
ヤンネが言った。
「ストロムブラードの舌に刺された。
血が止まらん。」
「とりあえず縛ろう。簡単な消毒なら
あったはずだ。」
「これでいい」
ヤンネはアンナの右肩にきつく包帯を巻いた。
「来てくれて助かった。ヤンネ。」
「何も言わず行くんだからな
まあ いつもの事だが。
本当なら説教してやりたい所だが、
とにかくここを出るのが先決だ。」
「ロボットは使えないのか?」
「使えると思うが、半分瓦礫に埋まっているからな。
とにかく起動してみるよ。」
ヤンネは岩をどかし、コクピットを覗き込んだ。
「いいのがあるぜ」
ヤンネはそう言ってアンナに何かを投げてよこした。
「酒じゃないか」
ヤンネが投げたスキットルの蓋を開け、匂いを嗅いだ
アンナが言った。
「ダッジの野郎、仕事中に一杯やってやがったか」
「まったく…」
アンナはそう言ってスキットルをあおった。
静寂が訪れた。
剥き出しの岩肌が闇の中に沈んでいた。
遥か頭上の天井の裂け目から細い陽光が一本、
真っ直ぐ地面へ落ちている。
その先、崩れた岩壁の隙間からも陽光が差し込み、
薄暗い洞内に二つの白い光溜まりをつくっていた。
「やっぱり落ち着くわ…
なあギルド長、本当にここを埋めちまうのか?」
「……」
「ストロムブラードが居なくなったって
教団が無くなるわけじゃねえ。」
「あの人形一体で、あれだけの破壊力がある。
ここにはあれが何百と眠っている。
それに、ギガント…この目で見たわけでは無いが
きっとそれも兵器であろう。
それを悪意ある者達の手に渡すわけにはいかない。」
「俺はその何百ってのを見たわけじゃないが
街で暴れた一体があれほどの性能だ。
教団のやつら帝国に戦争でも仕掛ける気か?」
「さあな…
それとも何かに備えているのかもしれない。
だがあの人形達を動かすには何かが足りないんだ。
奴らが躍起になって探している物さ。」
「何かって何だ?」
「それはわからぬ…
だがあれは決して外に出してはいけないんだよ
ヤンネ。」
いや…あのセツナならあるいは…
アンナの心に一瞬セツナがよぎった。
ゴウン!
「よし、かかった!」
ヤンネが言った。
掘削ロボットはゆっくりと立ち上がった。
上に乗っていた巨大な岩がゴロゴロと滑り落ちた。
「よし!とりあえず、掘って進もう」
ヤンネが大きな声で言った。
◆
ストロムブラードは大きな谷底の最下層に降り立った。
「なんだ…これは爆発の跡か?」
視線を移すと、人工的な四角いトンネルが真っすぐに
伸びていた。
ストロムブラードは顎を上げ、鼻をひくつかせた。
「ククク…こっちだな」
小さな灯が点々と続くトンネルを
ストロムブラードは進んで行った。




