吸血鬼
「ヤンネさん、一緒に来なくて良かったんですか?」
セツナが言った。
「私にもしもの事があった時、あの兄弟には
ギルドの切り盛りをしてもらわないと
ならないからな。」
アンナが言った。
ヤンネはアンナの事が心配だといって
しつこく同行を申し出たが、アンナに止められたのだ。
「それに…あいつらにこれ以上
苦労をかけたくないんだ。」
アンナはつぶやいた。
セツナ、アンナ、ヴィネスの三人の目の前には
37号坑道がぽっかりと口を開けていた。
「アンナ様、本当によろしいのですか?
この方を連れて行っても。」
ヴィネスが言った。
「ああ、大丈夫だ。」
「ヤンネさんは最後まで反対されてました。」
「この者は来るなと言っても来るだろう。
力で押さえつけても無駄だろう。
私たちなどひねりつぶされるだろうさ。」
アンナは少し後ろを歩くセツナを親指で示した。
「だったら尚更…」
「ずいぶんと嫌われてるみたいだね」
セツナが言った。
「仕方が無いのだ、我々ドワーフの先祖は、ずっと
使役させられてきたんだ。
その精神が用心深さにつながったんだ。」
「だけどあなた達はいつしか自由を勝ち取った
自分達で国を興し、統治できるようになった。」
セツナが言った。
「だがまた今、昔に戻りつつある。
得体の知れない宗教に監視されている。
そしてそのうち、“居場所を地下へ” と 考えるようになる。」
その気持ちはなんとなくわかる…
セツナはそう言いそうになったが、ブレーキをかけた。
「ヴィネス、何かあれば全て私の責任だ。
そして目的はこの地下回廊を破壊する事だ。
それまで我慢してくれ。」
アンナは立ち止まってヴィネスに言った。
それからしばらく坑道を進んだ。
かなり複雑に入り組んでいる。
「あんたのお目当ての物は、こっちからしか
行けないんだ。」
ふとアンナが小さな横穴を指差した。
「……」
「ここからは一人で行ってくれ。
あんたならたどり着けるだろう。」
アンナが言った。
そう言ってアンナはヴィネスと共に
坑道の奥へと去っていった。
去り際、アンナはちらりとセツナに視線を送った。
「ふむ…」
セツナは呟いたがアンナが示した横穴に
入って行った。
そしてほどなく
「やっぱり…」
もと来た道に戻ってしまった。
それにしても、アンナは何をするつもりなんだ…
でも時間稼ぎのつもりなら。
乗っておくか…
「ん? これは何だ?」
セツナはふと壁を見た。
見ると赤い丸に白い文字で何かが
書かれている。
G→B12
G…?
B12って地下12階って事?
つまりGは地下12階…
「アンナ様、あの道は本当にあの方の目的地に
繋がっているのですか?」
ヴィネスが言った。
「繋がってなんかいないよ。」
アンナが少し笑いながら言った。
「じゃあなぜ…」
「お前と二人きりになる時間が欲しかったのさ。」
アンナが言った。
それにあの男にまだ見せる訳にはいかない…
アンナは心の中で呟いた。
「え?」
ヴィネスが面食らっていると
アンナが上着を脱ぎ始めた。
「ちょ‥ちょっと…アンナ様…何を」
ヴィネスは赤い顔をして掌を前に差し出して
見えないようにした。
「何を勘違いしてる? ヴィネス」
そう言いながらアンナは上半身の着衣をすべて脱ぎ
後ろを向いた。
「ハァ…」
ヴィネスは真っ赤な顔をして顔を覆った。
「私の背中を見るんだ、ヴィネス。」
ヴィネスはゆっくりと目を開けた。
「!?…これは…」
「見えるか?この刺青が。」
アンナは声を低くして言った。
「これは…この模様は…とても細かい…
これは何ですか?」
「眼鏡を取って見てみろ。」
ヴィネスはゆっくりと眼鏡を取った。
「ハッ…これは…」
ヴィネスの視界いっぱいに、無数の文字や記号が
立体的に広がっていた。
「読めます…ドワーフ語で書かれています…
プロテクトキー、解除方法…」
「シッ! 声を出すな!」
振り向いたアンナがヴィネスの口を塞いだ。
その時、アンナの顔が目の前に迫ると
ヴィネスはまた顔を赤くして下を向いた。
歩きながらヴィネスが問うた。
「アンナ様、さっき見たのは一体…?」
「ある部屋へ入るための解除コードだ。」
「かいじょ こーど…ですか?」
「ふふ…わからんだろうな。
まあ 行けばわかる。」
「なんだか不安になってきました。」
ヴィネスが言った。
「ここを左だ。」
そしてアンナたちは横穴の方へ左へ曲がった。
曲がって少し進んだ時
「用事はすみました?」
と声がした。
「ああ、おかげさまでな、セツナ殿」
「え!? なんであなたがここに?」
振り向いてヴィネスが言った。
「ここ。」
と、セツナは上を指差した。
「上から…?」
「ここはアリの巣の様にトンネルが張り
巡らされているからな。
慣れた者でも間違えるというのに。
まったく…」
アンナがあきれ顔で言った。
「ああ、ご心配なく
何も見ちゃいないし聞いてもいないよ。」
セツナが言った。
「どうだかね…
まあ信じるとしよう。
意をくんでくれた事、感謝する。
じゃあ、ついて来な。」
そうして一行は坑道を進んで行った。
「ここだ。」
暫くしてアンナが立ち止まった。
何の変哲もない岩壁に囲まれた道が
まだ先に続いている場所だ。
「ここって…何もないですよ?」
ヴィネスがキョロキョロと辺りを見回している。
「あった…」
アンナはそう言って岩肌に突き刺さった小枝を抜いた。
そしてベルトポーチから何かを取り出した。
「それはカギ?」
ヴィネスが呟いた。
アンナはそれを小枝が刺さっていた穴に差し入れて
時計回りに回した。
カチリと小さな音がして
ズズズズ‥‥ と
石を引きずるような音がし始めた。
見ると鍵穴と反対の壁が横にスライドし始めていた。
アンナはカギを抜き、再び小枝を穴に差し入れた。
すると、再び岩壁が閉じ始めた。
「早く、閉まる前に!」
とアンナは催促した。
三人は抜け穴をくぐると、右側は壁、左は谷底になっていて
人が一人通れるかどうかの道が緩やかにカーブを描きながら
下に伸びていた。
「トーチで照らしても先が見えない…」
ヴィネスが言った。
壁には下りていく三人の巨大な影が
映し出されていた。
その時、かすかに声が聞こえた。
「素晴らしい!これが稼働すれば我々の悲願に
一歩近づくぞ!ストロムブラード!」
「そうでございましょう、これがあれば
帝国など恐るるに足らずでございます。」
「して…稼働させるための材料は揃ったのか?」
「いえまだ…しかしもうすぐ手に入る予定でございます。
カルチオン司祭。」
そこは、無数の人形が天井から吊られた空間だった。
そして、そこに一人のドワーフが姿を現した。
「おお、待っていたぞ、遅かったではないか アンナ
ギルド長。」
ストロムブラードが言った。
◆
エリンはかび臭い廊下を歩き続けていたが
やがて扉を見つけた。
「少し休みたい…広すぎるよ
まったく…」
扉を開けると、机が二つ向かい合うように
置いてあった。
床はがらくたで散らかっていた。
書類や用途不明な鉄の塊などが無造作に
棚に置かれていた。
エリンは奥の机の椅子に腰を下ろした。
「はあ…しかし、どうなってるんだ?
ここは。」
エリンにとってはよくわからない事だらけだった。
そして何気なく机の引き出しを開けた。
何も入っていない。
だがエリンは隠れている部分に手を突っ込み
まさぐった。
「ん? 何かあるぞ」
それを手でつかみ引っ張り出した。
それは透明な袋だった。
何か書いてある。
“PROTO-SET000012”
「なんて読むんだろう…」
中には、小指の爪ほどの小さな板のような
物がひとつだけ入っていた。
ぼんやり青く発光しているように見える。
トーチで照らしてその物体をよく見ると
板は透けていた。
鞄をまさぐり、携帯用ルーペを取り出した。
よく見ると中には細い管が無数に張り巡らされていて、
その管を青白い光が行き来しているように見えた。
「なんだ?これは。紙の様に薄い、だけど
多層構造になっている。どうやって作ったんだ?」
エリンはそれを丁寧に畳み、鞄の内ポケットに
収納した。
暫く部屋の中を探索したが
興味をひくものは見つからなかった。
部屋を出て暫く歩いたが、途中で落盤しており
先には進めなかった。
仕方なくエリンは来た道を戻るしかなかった。
◆
「しっかり捕まってて!」
セツナは抱きかかえたエリンに言った。
ヴィネスは今起こった事が脳内で処理できずにいた。
出来る事はただしっかりと目を閉じて
セツナに捕まっていることだった。
二人は落下していた。
崖の道を歩いている時、突然アンナがヴィネスを
奈落に突き飛ばしたのだ。
「許せ!! セツナ殿! ヴィネスを頼む!」
と、アンナが叫んだのを聞いた。
「な、何を!?
全くもう…」
そう言ってセツナは落ちていくヴィネスを
猛スピードで追いかけた。
————
「もう一人のドワーフのガキはどうした?」
ストロムブラードが言った。
「もうすぐ到着しますので、しばし
お待ちください。」
アンナは内ポケットからキセルを取り出し
火をつけた。
しばしの静寂が訪れた。
「おい、ドワーフの女、本当に来るのか?」
ストロムブラードの横にいる背の高いローブの男が
言った。
そしてその男は鼻をヒクヒクとさせて匂いを嗅いでいる。
「おい、ストロムブラード、この女にしてやられたぞ!」
背の高い二人の男のローブがはだけ、体が変形していった。
蝙蝠のような翼、尖がった顔、異常に長い牙。
「グガアアア!!」
ガーゴイルは獣のように唸った。
「なんだと!? アンナ! 騙したな!?」
ストロムブラードが叫んだ。
こいつら…ガーゴイル…
だがアンナは表情に出さなかった。
「行くぞ…」
くぐもった声でそう言うと、ガーゴイルたちは
その場から一瞬で姿を消した。
その場にはアンナとストロムブラードが残った。
「どういうつもりだ、アンナ!」
ストロムブラードが叫んだ。
「どうもこうも、あんたらに渡したくないだけさ。」
アンナは背中の二本の短剣を抜き、構えた。
「おのれ、貴様…ただでは済まさんぞ…」
ストロムブラードの体が変形していく。
犬歯や爪が伸び、目が赤く光った。
「グフフ…お前の血を吸い尽くしてやる。アンナ。」
ストロムブラードはベロリと舌なめずりをした。
よだれが地面に落ちる。
その長い舌はもはや人の物ではない。
「悪魔に魂を売り渡したか、ストロムブラード!」
アンナが叫ぶ。
「何とでも言うがいい、お前もすぐにこちらの世界に
入れてやる。 さあ、血を吸わせてくれ。
クシャ―!!」
そう言ってストロムブラードはアンナに躍りかかった。
ガキィィィン!!
ストロムブラードの大きな口をアンナの短剣が
止めていた。
「そう簡単に吸わせないよ」
アンナの瞳は真っすぐにストロムブラードを射抜いた。
——————
セツナはヴィネスを抱えたまま
周りの壁を蹴りながら下りていった。
しかし、突き出た岩の上で動きを止めた。
「何者だ」
セツナが言った。
その瞬間
ガキン!!
セツナの剣と敵の爪が交錯していた。
セツナはヴィネスを抱えなおし
そのまま底に向かって壁を蹴った。
「グフフ…俺の攻撃を防ぐとは。」
セツナ達の後ろと前には同じ速度で飛行する
ガーゴイル達がいた。
「ガキを渡せ。」
「嫌だね。」
セツナが呟いた。




