受け継ぐ
その場所は音も無く風も無かった。
微かに漂う油の匂いとカビの匂い。
人形たちは死んでいるのか…?
トーチの光に反射する感情のない無数の赤い目に
見つめられている気がしていた。
エリンはゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
「どのくらい広いんだろう…」
だが手持ちのトーチでは全貌は測れない。
よく見ると高い天井から螺旋を描くようにレールが敷かれ
そこにぶら下がるようにして人形は並んでいた。
レールはやがて細い廊下を通り、いくつかの小部屋
を経由しながら続いている。
このレールに沿って行ってみよう…
小部屋ごとに何かの装置があり、どれも違った
用途に使用されるものだろうとエリンは思った。
人形たちはあの部屋を通って何かの加工を
施されるんだな…
ドワーフ国にも似たシステムがある。
プレスと溶接を同時に加工して
ベルトコンベアーで流れていく。
だけどこれはドワーフの技術の比じゃない…
エリンは生唾を飲み込んだ。
何故こんな高度な技術が…
暫く進むと、比較的大きな部屋に入った。
そこに傾いたベッドがあり、埃を被った人形が横たわっている。
「うわっ」
その人形を見た時、エリンは思わず後ろに
後ずさり、尻もちをついてしまった。
「こ…これは人間……?」
エリンは起き上がりゆっくりと近づいた。
そこに横たわっていた人形の顔には人の皮膚と筋肉のような
ものが付着していた。
「人間を作っている…?」
顔の形は、エルフでもドワーフでも獣人族でもなかった。
奴隷として扱われている、あの人間族そのものだった。
エリンは急激な不安が襲って来た。
何か見てはいけない物を見てしまった。
そんな気がしたのだ。
あのダークエルフ達が探していたのは
きっとこれなんだ…
◆
「パチェリさんはどうしますか?」
セツナは聞いた。
二人は名も無い岩山の山頂付近にいた。
「俺は何がなんやら…
だが、アンナ様と兄貴とは連絡が取りたい。
現状報告だ。」
「さっき言ってた設計図ってなんですか?」
「それは…」
パチェリの目が泳いでいる。
「兵器ですか?」
セツナは声のトーンを落として言った。
パチェリはしばらく下を向いていた。
沈黙が流れた、そして意を決したように
セツナに言った。
「ああ… そうだ。ギガントって兵器のな。」
厳しい表情でセツナを見た。
フォクシールの狙いはそれか…
「……俺たちは反対した。
だが、やるしかねーんだ。」
それからパチェリはゆっくりと
話し始めた。
「10年前だ。初めは、ただ新しい
鉱脈が見つかったってだけだったんだ。
37号鉱脈と名づけられたその鉱脈は
祝福の穴からそう遠くない場所にある。
37号は他では取れない鉱石が大量に採掘された。
世界的に珍しいオリハルコンや、ダイヤ、新発見の
鉱物もあった。
皆嬉々として採掘に当たったよ。
掘り進めていると、ある時、横穴を発見したんだ。
その横穴は人工的に作られたような穴だった。
欲にかられた若いドワーフたちは、我先にと
穴に入っていった。」
パチェリは水筒をあおり
ごくりと飲み込んだ。
そしてふうっと一息吐いた。
「行くなと言ったのにだ。
あいつらは俺たちが寝ている隙に、
忍び込んだんだ。
次の日の朝、37号に俺たちは向かった。
穴の入口に若い奴が一人倒れていた。
そいつは既に事切れていた。
おまけに付近の草花も枯れていた。
やっぱりだ、横穴の先で有毒ガスが発生していたんだ。
そして37号は封鎖された。」
「その事がなぜ貴方達が人質になる事と
関係が?」
「ネクロス教。
2年前、ネクロス教と名乗る集団が
この街に来た。
そして祝福の穴について嗅ぎまわっていた。
そのすぐあと、ドワーフのギルド協会総帥、
ストロムブラードがこの街にやってきて
37号の採掘を再開しろと命令した。
もちろんアンナ様は反対した。
だがある日、アンナ様が俺たちに集合をかけた。
彼女の口から出た言葉はストロムブラードに
従うしかないという事だった。
背けば大量破壊兵器で町を破壊すると。」
「それで今も採掘を?」
「ああ、この数年でガスはかなり薄くなった。
採掘ができるようになった。
そして、その横穴の奥には巨大な空間があったんだ。
そこで設計図が発見された。
その設計図はかなり詳細に書かれていた。
作成者はかなり高度な文明を持っていたのだろうが
その設計図は俺たちにも理解できるよう
わかりやすく詳細に書かれていた。
まるで、文明の遅れた者達に理解できるように。」
「で、その設計図はいまどこに?」
「それはお前さんでも言えんよ。
その設計図は一度ネクロスに渡ったが
奪い返し、隠した。
そのために多くの犠牲を払った。」
パチェリはキセルを取り出し、火をつけた。
「なるほど、彼らは躍起になってそれを
探してる。
町のいたるところに監視カメラを設置して。」
「ああ、会話もすべて聞かれている。
この2年で仲間が拷問され、そして
何人も消された。
言われなき理由でな…!」
パチェリは歯を食いしばった。
「その設計図を狙う意図は何なんですか?」
「そんな事は知ったこっちゃないが…
いずれにしても、いい理由なんてない。
俺はそう思うがね。」
「僕はもう一度、祝福の穴に入ろうと思っています。」
「あんたは何が狙いだ?」
パチェリはセツナを睨んだ。
「龍脈を元に戻す。
僕は、旅をしながら会所の栓を抜いている。」
「龍脈の流れがあれによって堰き止められている事は
俺たちも突き止めたんだが…」
「場所を知ってるんですね?」
「まあ…な…」
パチェリの目が少し泳いだ。
「教えて欲しい。」
「俺は良いんだが…
あの場所は一部の限られたドワーフしか
知らねえ。」
「じゃあ、どうすれば?」
「ギルド長と兄貴に了承を取れば
いいんじゃねえか…」
「兄貴ってもしかしてヤンネって人?」
「そうだ」
「ああ…彼は僕の事をあまり
良く思ってないみたいで…」
「兄貴はいつもよそ者にはそうなんだ。
俺があんたに助けてもらったって言えば
理解してくれるよ。」
「どこに行けば会える?」
「ギルドだ。」
「でもあそこは監視が…」
「俺たちを誰だと思ってる。
ドワーフだぜ。
穴を掘る事で俺たちに勝てる奴は居ねえ。」
パチェリはニヤリとしてみせた。
「じゃあ、早速行くよ
口を閉じとかないと舌噛むよ!」
「おい、まさかまたさっきの…!」
セツナはパチェリのベルトを後ろから
掴むと、一瞬でその場から消えた。
◆
「もう我慢の限界だ! そうだろう?ギルド長
ここもすぐにバレる。」
ヤンネが言った。
アンナは親指の爪をかんで
地面を睨んでいた。
「得体の知れねえ宗教の奴らに
いつまでも怯えて生きていくなんて
俺はまっぴらだ。」
「ヤンネ。私に考えがある
といってもシンプルな事だ。」
アンナが言った。
「考え?」
「ああ。
あの地底都市を破壊する。」
「……!」
ヤンネの表情が厳しさを増した。
「ストロムブラード共々な。」
ヤンネはちらりとヴィネスを見た。
その時、彼女の瞳が鋭く光った気がした。
「ストロムブラードは宗教に魅入られた。
我々ドワーフの文化や伝統を自分たちの
思想に売り渡している。」
アンナは声を絞り出すように言った。
「ヴィネス、なぜお前を連れてきたのか。
疑問に思わぬか?」
アンナが言った。
ヴィネスは静かに首を横に降った。
「あのセツナとかいう人間が入ったという
部屋だ。
ヤンネ、奴は機械の人形に追われて
出てきたと言っていたな?」
「ああ、あの人形、問答無用で攻撃してきやがった。」
「セツナは適合者ではなかったからだ。
適合しなければ、あの人形が部屋に入った者を
始末する。」
「適合者だって? 一体なんの話だ?」
「ヴィネス、あれが見えるか?」
アンナは地下深いこの場所の高い天井にある
小さなヒカリゴケを指さした。
「はい、緑色に綺麗に煌めいています。」
「では、眼鏡を取って。」
ヴィネスはハッとした表情を浮かべた。
「それは…できません。」
「なぜだ?」
「父に言われました。
この目は誰にも見せるな、と。」
あたりは静まり返っていた。
ただ巨大な地下迷宮の空気が流れる音
だけが巨大な怪物の唸り声のように
こだましていた。
アンナは静かに言う。
「もう隠す必要はない。」
アンナはヴィネスに優しく頷いた。
そして、ヴィネスも小さく頷いた。
ヴィネスはゆっくりと眼鏡に手をかけた。
少し震えた手で、眼鏡は外された。
「なんと…」
ヤンネはヴィネスの瞳を見て呟いた。
ヴィネスの瞳は澄み切った青空のような
青色に輝いていた。
「どう見える?」
アンナが言った。
「ヒカリゴケは…
緑、青、赤の順に光り方を
変えています…」
「それだけ?」
「壁には細い光の線が流れ、
床には幾何学模様が浮かび、
誰もいない空間に文字のような光が漂っている。
変わっていません、子供の頃から見てきた景色。」
「ヴィネスがなぜ眼鏡をかけているのか。
ヴィネスの父も、その母親も。
ヴィネスの一族は何代にもわたり
その目を受け継いできたのだ。」
「私はこの目が嫌いです。
父はこの目のせいで
死ななければならなかった…
私もいつか父と同じ道を辿るものだと
思っていました。」
ヴィネスは唇を噛んだ。
「ヴィネス…」
「だが…ヴィネスのその目が
何か関係あるのか?」
「これこそが…」
アンナが言いかけたその時、何かの気配があった。
「誰だ!」
ヤンネが声を荒げた。
「兄貴、俺だよ。」
「その声は、パチェリか?」
暗がりから、誰かが姿をあらわした。
まずパチェリが出てきた。
それに仮面の男が続く。
「すみません、だいたい
聞いてしまいました。」
セツナは頭を掻いた。
「貴様…!!」
その瞬間、ヤンネは腰のショートアックスを手に取り
セツナに踊りかかった。
「ヤンネ!!」
「兄貴!やめ…!」
パチェリは叫び、
アンナは咄嗟に制止したが、ヤンネの鋭い
踏み込みはそれよりも速かった。
一瞬の出来事で、その場にいる全員は
息をのみ、皆、最悪を想定していた。
だが、ヤンネのショートアックスはセツナの眼前で
ぴたりと止まっていた。
「クッ…」
ヤンネのこめかみに汗が流れた。
皆が見ると、セツナの剣の鞘が
ヤンネの喉元にぴたりと密着していた。
「ふふ…僕のほうが少し速かった。」
少年は涼やかに笑った。




