欲望
「早く、急いで狼煙を!」
ヴィネスが声を張り上げた。
「紫草の炭は……
あった。」
エリンは常に身に着けているポーチをまさぐった。
「え?何か聞こえない?」
ヴィネスが言った。
「?」
エリンも動きを止める。
「…ジョスル…イジョスル…」
音はどうやら祝福の抜け穴から聞こえて来る。
「まさか…」
「嘘だろ…?」
穴の方を凝視する二人。
徐々に暗がりから姿を現す者がいた。
それは人の形をしていたが、明らかに生物ではなかった。
全ての関節に金属の骨とギザギザの輪がむき出しに
なっていた。
「排除する。」
とその人の形をした何かは言った。
だが二人は黙って立ち止まり
その人型のガラスのような目と目が合わないように
明後日の方向を向いた。
「認証を開始します。」
人型はそう言いうと、額の中心から細い光を
放出した。
その光はヴィネスとエリンを撫でるようにゆっくりと
移動した。
「認証終了、侵入者である確率、8%」
そういうと人型はくるりと向きを変え
麓のほうに歩いて行った。
「おい…あれは何だ?
上半身だけが回転したぞ…」
「わからない…
だけど多分生き物ではないわ。」
ヴィネスが言った。
「とにかく狼煙をあげよう」
エリンはそういうと機械式の小型トーチを
取り出した。
◆
セツナは丘の上に立っていた。
そこから見下ろす景色は壮大なものだった。
山々の裂け目に築かれた街は、
まるで大地そのものを彫刻して造り上げたかのようだった。
蒼い水を湛えた渓谷を中心に、石造りの塔や工房が幾重にも連なり、
あちらこちらから湯気が立ち上っていた。
そして断崖を縫うように無数の橋が架けられている。
その光景は、街というより、一つの巨大な遺跡を思わせた。
T字路に差し掛かった時、巨大な歯車でできた古い道しるべが
立っていた。
西にフェンタ、東にダギリとある。
ダギリ方面の道は下に向かって伸びていた。
下に見える巨大な街に通じているのだろう。
あの母娘が言っていたな。
ダギリはドワーフの街。
という事は俺はセラミュ山脈を突き抜けてきた
って事か。
セツナは下に向かって下りていくことにした。
暫く歩くと、二人のドワーフがこちらに歩いてくるのが
見えた。
どちらも背が低くずんぐりとした体だが、筋肉質で
長いあごひげをたくわえていた。
ヘルメットにはそれぞれデザインの違う角がついている。
一人は二本角、一人は小さな角がたくさん付いていた。
腰には様々な道具がぶら下がっていて
ガシャガシャと音を鳴らしながら歩いてくる。
「あのー…」
セツナは声をかけた。
「ああ? なんだ?」
ドワーフの一人が言った。
「ここは、ダギリの街…ですか?」
「そうだが? それよりあんたどこから来たんだ?」
と片方のドワーフが言った。
その時
「おい、相棒、あれ…」
もう一人のドワーフが後ろの山の山頂付近を指さした。
「あの狼煙…」
二人の視線がゆっくりとセツナへ向いた。
「って事はあんた…あそこから…?」
ドワーフの手が微かに震えている。
「ええ
そう言えば、僕が穴から出た時も
二人のドワーフさんがいましたけど。
様子が変でした。」
「マズいぞこれは…」
二本角のドワーフはわなわなと震え出した。
その時ふいにセツナの後ろから声がした。
「排除対象を確認しました。
排除する。」
「まずい! しゃがんで!」
セツナはそう言うと二人のドワーフを押し倒した。
「おい!何するんだ!」
二本角が言った。
ナニだ…!!
その瞬間、ナニの機関砲が火を噴いた。
「なんだ!?何が起こってる?」
小さい角のドワーフは兜をかぶりなおした。
無数の弾は後ろの納屋を粉々にしていった。
暫く撃つと、ナニの動きが止まった。
ガチャガチャと弾をリロードしている。
その瞬間、セツナは一瞬でナニの元に到達し
機関砲のついた腕を切り落としていた。
ナニの腕を切り落とした瞬間、セツナは違和感に気付いた。
古の書庫の中では鉛のように重かった身体が、今は嘘のように軽い。
どうやら地上へ出たことで元に戻ったようだった。
そしてすぐさまナニの顔に手を当てた。
ナニは体全体を震わして、やがてだらりと
手と首が力なく脱力した。
「あああ…あんた…なんてことを…」
二本角はしりもちをついた状態で声は少し
震えていた。
「ごめんなさい、こうするしか…」
セツナは言った。
「あれは…祝福の穴の守り神様だ!
そうに違いねぇ。」
二本角は鋭い視線をセツナに向けた。
「兄貴、そんな事より礼を言うべきだろ
この人は命の恩人だ。」
小さい角のドワーフが言った。
「話を聞かせてもらおうか。」
小さい角の諫めも聞かず二本角が言った。
仕方ないか…
セツナはここまでの経緯を簡単に説明した。
もちろんプロテクトキーを解析して
入ったなどとは言わなかったが。
「それで、アレに襲われてしまって…」
「で、あんたはどうやって出てきたんだ?」
「ゴンドラに乗って、降りた先に扉がありました。
そこから…」
「やはり怪しい、嘘をついているな?
お前!」
二本角は背中に背負った奇妙な形の弓を
セツナに突き付けた。
「おい!兄貴、何してるんだ!」
「お前は黙ってろパチェリ!
こいつは盗掘屋だ!37号採掘場に忍び込んだんだ。
それに扉なんぞありはしねえ。
俺たちは今まで散々探し回ったんだ。
こいつは古い言い伝えの事を知ってるだけだ。」
「盗るつもりはなかったんだけど…」
「ほらみろ! 入った事を認めやがった!」
参ったな…
セツナは小さくため息をついた。
「兄貴、あれはどう説明するんだ?
それに紫の狼煙があがっていた。」
パチェリが倒れているナニを指さした。
「それはこれから調べる。パチェリ、信号弾を。」
「はあ…」
パチェリは首を振った。
背負っている袋をまさぐり、小さな筒を取り出し
腰にぶら下げた機械に取り付けた。
それを天に向かって引き金を引いた。
筒は空高く上昇し
弾け飛んだ。
それらは赤い煙となり、上空に飛び散った。
「盗人!お前は連行する。
洗いざらいしゃべってもらう。
覚悟しておけ。」
二本角はその弓の先端をセツナの胸に突き付けた。
ほどなくして、街の方角から
何かが向かってくるのが見えた。
上に向かって黒い煙を吐き出しながら
それは馬車のようで馬車ではなかった。
黒く巨大な鎧を着た兵士の上半身のような
姿をしていて。
背中から生えた筒から黒い煙が上がっている。
左右に巨大な鉄の車輪がついており
後ろの小さな車輪とつながっていた。
後ろには檻が連結されていた。
それはセツナたちの前まで来ると
下のほうか白い煙を勢いよく吐き出した。
「これは蒸気機関だね。」
セツナは何気なく呟いた。
「何! お前は蒸気機関を知っているのか?」
二本角は言った。
「高圧の蒸気でピストンを動かす仕組みですね。」
セツナはさらりと説明した。
「むむう…
俺は騙されんぞ。盗賊!」
二本角は言った。
「やれやれ…」
パチェリがつぶやいた。
と、その時
機械の乗物から、二人のドワーフが降りてきた。
二人のうちゴーグルをつけたドワーフが
二本角に言った。
「親方!どうしたんです
急に呼び出して」
「おう!こいつ、盗掘屋かもしれん
怪しいから連行して取り調べるんだ。」
「ほー…こいつが…
で、ここに倒れているのは?」
ゴーグルのドワーフがナニを指さした。
「それも一緒に調べる。
こいつと一緒にバルカンに積んでくれ。」
「それにしても、こいつぁ…
バラし甲斐がありそうですね!!親方!」
もう一人のドワーフがナニを見て
煤だらけの顔をほころばせた。
◆
「ヴィネス! ヴィネス!
ったく、どこに行ったんだ。」
エリンは苛立ちながらヴィネスを探していた。
「便所にも居ない…
帰ったにしては、本を置きっぱなしだしな…」
エリンはさっきから嫌な予感がしていたが
意を決して祝福の穴の方を少し覗き込んだ。
「チッ…」
エリンの予感は的中した。
暗がりの奥には扉があり、扉は少しだけ
開いていた。
「ヴィネス…お前やっぱり…
この時を…」
エリンは見張り小屋に行き
棚の上をまさぐり、何かをつかんだ
連射式ボウガンだった。
「クソッ!」
エリンはそう言って祝福の穴の扉を開けた。




