アンナ
バルカンと呼ばれた鉄の馬車がドワーフの街
ダギリに入って行くにつれ、油の匂いやら
、巨大なハンマーで何かを打ち付ける音、
蒸気の吹きだす音、巨大なプレス機の打ち付ける音…
セツナはバルカンの後ろに連結された檻の中で
その光景を食い入るようにして見ていた。
「道を開けてくれ!」
ゴーグルのドワーフが、操縦席の窓から顔を出して
群衆に向かって大声を張り上げた。
「ダッジ、何があったんだ? 丘の向こうから紫の
狼煙、おまけに赤い発煙筒まで。」
下から若いドワーフがダッジと呼ばれたゴーグルの
ドワーフに語りかけた。
「今からそれを調べるところだ
ほら、どいてくれ」
ボーッ!!
ダッジは汽笛を鳴らした。
やじうま達をかき分けるようにバルカンはゆっくり進んだ。
「降りろ!」
ダッジと相棒のロゾはボウガンをつきつけながら
セツナに降りるよう促した。
セツナは両手を上げて黙って降りた。
「ここは?」
セツナが言った。
「ダギリの工業ギルドだ。
さあ、中に入れ。」
巨大な岩に巨大な鉄でできた対のドワーフの像が
めり込んでいる。
左のドワーフはハンマーを、右のドワーフは火を
手に持っている。
像の下には巨大な扉がある。
扉にはドワーフ語の言葉が緻密に彫られている。
その分厚い鉄板でできた扉は開放されていて、
そこからはドワーフ達がひっきりなしに
出入りしている。
すれ違いざま、皆セツナを二度見していく。
中に入ると、大きな広間だった。
突き当りに、カウンターが横一列に並んでいて
、多くのドワーフが列を作っていた。
部署ごとに対面で担当者が対応しているようだ。
両サイドには巨大な掲示板があり、たくさんの紙が
貼られていて、多くのドワーフ達がそこに
群がっていた。
セツナは群衆の声に耳を澄ました。
「おお、久しぶりじゃねーか…」
「おやじさん元気かい?」
「元気なんだが…ハンマーを降ろすってよ。」
「最近3番の鉄の質が良くない‥‥」
「また、帝国からの発注かよ…」
「奴らは品質にはうるさいくせに、買い叩きやがる。」
「リザード領からの発注か、最近多いな…」
「おい! 純度の高いインゴットだぜ!?安くねーか?」
「北の龍脈が、枯れそうなんだとよ…」
やはりここも…
だけど龍脈って言葉を知ってる。
「こっちだ。」
ダッジはカウンターが並ぶ一番右端に
向かって歩いて行った。
検品場と書かれた大きな立て札を左に曲がると
沢山の機械が綺麗に並べられている部屋に入った。
その機械は箱に手足が付いている形をしていた。
箱の中は一人用の椅子があり、
レバーがたくさんついている。
「これに乗るのか?」
セツナはダッジに聞いた。
「そうさ、レイバーだ。触んじゃねえぞ。」
ダッジが答えてくれた。
“掘削レイバー”貸出し。
と書かれた立て札が立っている。
その機械の間を縫って奥へ進むと
上に上る階段が続いていた。
薄暗く、岩がむき出しの階段を上っていくと
廊下になった。
廊下の突き当りに
“ギルド長室”と書かれた扉があった。
ダッジは扉をノックした。
「どうぞ」
と中から声がした。
女性の声だ。
「ギルド長、連れてきました。」
ダッジはうやうやしくヘルメットとゴーグルを
取った。
真正面に大きな黒曜石でできた机。
背もたれの高い椅子に腰かけた、
女性のドワーフが座っていた。
毛量の多い金色の髪の毛を、三つ編みに一つに束ね
その先端は天に向かって立っていた。
露出の多い豊満な体には、無数の傷跡があった。
そのグレーの瞳はセツナを真っすぐ射抜き
暫く、二人は見つめ合ったまま対峙した。
「フフッ」
ギルド長はニヤリとした。
「ダッジ、下がっていいぞ。
ご苦労だったな」
「え? 大丈夫ですかい?」
「ああ、大丈夫だ。」
ダッジは軽く頭を下げて部屋を出て行った。
「ここまでの道中の非礼を詫びよう
旅の方。そこに掛けてくれ。」
そう言って、ギルド長は目の前の椅子を
示した。
「すごい街です。圧倒されました。」
とセツナは椅子に座りながらそう返した。
「それは良かった。
申し遅れたが、この街のギルド長
アンナ・ビョルンスドッティルだ。」
そう言いながらもアンナの目は笑っていない。
「セツナです。」
「この度の事を聞く前に…
セツナ殿、見た所、その服装からあなたは獣人族領の方とお見受けする。」
セツナはコクリとうなずいた。
「それも、位の高い方とお見受けするが
相違ないか?」
「……」
「答えたくなければ結構
ただ、ドワーフは他種族の街への出入りを嫌う者が多い
、さきほど技師の、ヤンネとパチェリが
あなたに嫌疑を抱いた事も察してもらいたい。」
「無理もありません。
何も知らず、足を踏み入れた僕が
いけなかった。
あの場所は、あなた方にとって重要な
場所だったんですね。」
「改めて聞くが、そなたは何故あの場所に
いたのだ?
個人的な興味からではない。
わかって頂けると思うが、
獣人族領と我々は交易関係にある。
だからこそ慎重にならざるを得ないのだ。」
「それは…
さっき申し上げた通りです。
いつの間にか迷い込んでいたんです。」
「聞くが、獣人族領では人間族が覚醒し
様々な機械や設備が次々と開発され
目覚ましい発展を遂げてるという。
これは本当の話か?」
「それは、本当です。」
「では人間族はその技術をどうやって得たのだ?
虚空を見つめるだけだった種族の者が
どうやってそのような事ができるのだ。」
セツナは仮面に手をのばした。
そしてゆっくり外した。
「!? お前は‥‥
まさか…人間?」
「これで信じて頂けますか?」
「クッ…」
アンナは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「ある日、覚醒したんです。」
セツナはあの日起きたことや、その後の事を
かいつまんで説明した。
「では、祝福の穴から出てきたことは
本当なんだな?」
セツナはゆっくり頷いた。
「あそこには何があったのだ?」
アンナは聞いた。
「沢山の本と…
おびただしい数のミイラ化した遺骸です。」
あの光景と、映像がフラッシュバックした。
「何?」
アンナの顔が険しくなった。
その時、慌ただしく扉をノックする音がした。
「ギルド長! よろしいでしょうか!?」
セツナはスッと仮面をつけた。
「入れ」
アンナが落ち着いた声で言った。
「お話し中失礼します。」
そこに立っていたのは、僕に難癖をつけてきた
ヤンネだった。
ヤンネはセツナを一瞥すると
話を切りだした。
「さきほど俺は、祝福の穴に確認に行ったんですが
番人のうち一人が穴に入って行ったと
ヴィネスという者から報告を受けました。
ここにヴィネスが来ております。
呼びますか?」
「通してくれ、話を聞こう。」
アンナが言った。
「あの…僕はここにいてもいいのですか?」
セツナは言った。
「ああ!? 口を出す立場か貴様!?」
と、ヤンネが息巻いた。
「ヤンネ! やめな!」
アンナがしっ責した。
「とにかくヴィネスとやらを通せ。」
「ヴィネス入れ。」
ヤンネが言った。
するとぎこちない足取りで、恐る恐るといった
感じの眼鏡をかけた女のドワーフが入って来た。
その時
「あっ!」
「あっ」
セツナとヴィネスが同時にお互いを指した。
「君はさっき僕が穴から出て来た時に…」
セツナは言った。
「ヴィネス、ここにおられるセツナ殿が
祝福の穴から出てきたのだな?」
「はい。パートナーのエリンと一緒に確認しています。」
「エリンはどこにいる?」
アンナは冷たくなったコーヒーを少し
口に含んだ。
「気が付いた時にはいませんでした。
小屋にあったボウガンも無くなっていました。
そして、穴の扉が少し開いていました。
おそらく私を探しに入って行ったのかと…」
ヴィネスは今にも泣きそうな顔だった。
「アンナ様、俺も穴に扉が出現しているのを
確認しています。」
ヤンネが言った。
「エリンはなぜお前を見失ったのだ?」
「それは…」
ヴィネスはうつ向いた。
「ん?」
アンナがやさしく促した。
「扉の中に入りました。
その時エリンが私を探し回っていたのだと
思います…」
「なんと…」
ヤンネが呟いた。
「それで、扉の中には何があった?」
アンナが言った。
「怖くて逃げだしました。
トーチを持っていなくて…
暗くてよくわかりませんでした。」
「ふん……」
アンナはため息をついた。
「ギルド長、どうしますか?」
ヤンネが言った。
「この事を知っている者は?」
「扉の事はパチェリだけです。
今のところはですが…」
「パチェリは今どこにいる?」
「祝福の穴に待機させています。」
「ではかん口令を敷く、扉の事は他言無用。
37号方面への立ち入りも禁止する。」
アンナは厳しい表情で言った。
「街の者達への対応はどうします?
紫の狼煙を見ている者が多数います。」
「狼煙は手違いだったと触れを出せ。」
「それで納得するでしょうか?」
「もちろん一時的なものだろう。
だが混乱を避けるためだ、まずは我々が
知る必要がある。
情報開示はそれからだ。」
「ではただちに。」
ヤンネはそそくさと出て行った。
「セツナ殿、今の時点で穴の事を
知るのはあなただけだ。
申し訳ないがこのまま解放するわけには
いかない。」
「……」
「協力してもらうかもしれんが
よろしいか?」
アンナは語気を強めた。
ここには留まる理由がある…
この街の北に“栓”がある、そして
あの穴の中にも…
「わかりました。
乗りかかった船です。
僕にできる事があれば、ささやかながら。」
「よし、よく言ってくれた。礼を言う。
これより、探索部隊を組織する。
それまで、しばし待たれよ。」
そう言って、アンナは足早に部屋を出て行った。
心なしかうれしそうな足取りに思えた。




