地下
人型について暫く歩いていくと
やがて立ち止まり、ピピっと音がした。
同時に人型の顔にちらりと光が走った。
人型は動きを止めたままだったので
セツナも暫く待つことにした。
暫く待つと、人型の足元の床に丸い切れ込みが入り
バカっと穴が開いたかと思うと、筒状の
ゴンドラが浮き上がって来た。
人型が乗り込み、セツナも続いた。
音も無く扉が閉まり、二人を乗せたゴンドラは
降下していった。
下降しだすと意外に長い時間に感じられた。
「君、名前はなんて言うの?」
セツナは尋ねた。
「ΘΓΔΔΞ§Δ…」
と楽器のような不思議な声を発した。
「何? 何を言ってるのかわからないよ」
「ナニ…ナニ…」
人型はセツナの言葉を繰り返した。
セツナは思わず少し噴き出した。
「じゃあ君はナニだ。
君の名前は ナ ニ 。」
「ナ…ニ…」
「そう ナニ」
セツナは人型の胸を指でついた。
やがて、ゴンドラは静かに着地した。
その場所は所々に緑やピンクの照明があったが
全体を照らせるほど明るくはなく
空間は薄暗かった。
扉が開くとナニは再び歩き出した。
やがて行き止まりまで来ると、またナニの顔に
光が走った。
その瞬間、行き止まりだと思っていた壁が
下から上がり始めた。
壁が上がっていくのと連動するように
向こうの空間にランプが順番に灯っていった。
そして扉が開き切った時
目の前の光景にセツナは息が詰まった。
その空間は広大で沢山の建物が並んでいた。
一つの街がすっぽり入っているようだった。
だが、セツナが驚いたのはそこではなかった。
その町の地面にはびっしりと人の遺骸が散らばっていた。
幾重にも折り重なるように、もはや足の踏み場もないほどであった。
衣服は朽ち、装飾品などの金物が辛うじて原型を留めていた。
その数は数千、いや数万かもしれない。
小さい遺体の上に、折り重なるようにかぶさる者
両手を掲げ、天を仰いでいる者
腕を組み祈りをささげている者
手をつなぎ合っている者
だが最も多いのは自らの首を掴んでいる者達だった。
その姿は息苦しさを伝えているようだった。
各地の“栓”を回収しながら、遺物を調べていく中で
アポカリプスという言葉をしばしば目にすることがあった。
この言葉を獣人族の師匠であるイトに送り、調べてもらったりも
した。
忌み子の村に滞在している時、イトから返事があった。
イトによるとアポカリプスというのは固有名詞ではなく
どうやら数千年前に起きた厄災の事らしい。
古の時代に獣人族で書かれた書物に、
“まるでアポカリプスだ”という比喩表現が見つかり
その語源を追求していくとその答えに
辿り着いたというわけだ。
以前ダークエルフのクロフォードも言っていた。
だがいずれもエントリという言葉は出てこなかった。
ナニはまた歩き出した。
遺体のない場所を選んで器用に歩く。
やがて目の前にアーチ状の扉が現れた。
ナニが前に立つと、取っ手の部分の中心が
グリーンに光り、扉はゆっくりと上にスライドしていく。
中に入ると、壁一面が機械だった。
大小様々な機器類があり、それらは停止しているようだ。
ナニが少し操作すると、何かが回転するような音がして
機械のランプに灯が灯っていった。
そして中央のモニターに映像が映し出された。
酷いノイズだが、徐々に解消していく。
真ん中で男が喋っている。
言葉はわからない。
白い服を着た数人が机を囲んで話をしている。
大声を上げている。議論をしているのだろうか。
やがて場面は変わり、黒い雲が空を覆っている。
たくさんの人間が一斉に走っている。
まるで何かから逃げるように。
途中で転ぶ子供。
その子供に見向きもしない大人たち。
場面は変わる
様々な物が浮き上がっていく。
人々は必死に何かにつかまっていた。
だがやがて力尽き、その身体は空へと
吸い上げられていった。
その時、セツナの頭に電気が走った。
酷い頭痛だった。
ナニはうずくまるセツナをただ見ているだけだ。
モニターの画面がナニの顔に反射している。
その時、どこからか声が響く。
男とも女ともつかない声。
——これより管理者識別認証を開始——
白い光の線がセツナをなぞる。
——エラー コード307、エントリアとの適合率97.6%——
なぜかこれに嫌悪感をおぼえた。
理由はわからないが。
セツナは一歩下がった。
ほどなくして、頭痛は治まった。
ふと見ると、部屋の端に小さな扉が見えた。
「ΘΓΔΔΞ§‥」
とナニが言った。
「……?」
「ΘΓΔΔΞ§‥ΘΓΔΔΞ§‥」
「何を言ってるのかわからない ナニ」
セツナはナニに構わず奥の扉を開けた。
するとそこから一直線に廊下が伸びていた。
薄暗い廊下を進むと、いくつも部屋があった。
そのどれもが扉が開いており、もぬけの殻だった。
一番突き当りまで来た時、その扉だけは
閉じられていた。
セツナはゆっくりとレバーを押し下げた。
少しだけ蝶番が軋む音がしたが
扉はすっと開いた。
何処からか漏れる灯りのせいか、部屋はぼんやり
明るかった。
真ん中にテーブル、椅子は少し引いてある。
テーブルの上には本が置かれていたが
セツナが近づくと、砕けて崩れた。
奥にはキャビネットがあり、何かの端末が置かれていた。
セツナが近づくと、ランプが灯った。
「おかえりなさい、エントリア、最終退室から
21917841時間経過しました。」
落ち着いた男性の声はそう言った。
2500年前…
エントリアだって…?
その時、端末の上の空中に映像が浮かんだ。
しかしノイズだらけの映像であるため
内容がよく認識できない。
「ハイ。
あなたがこれを見ているという事は
この場所に……事ね。
そして世界は崩壊……いう
事……」
途切れ途切れの言葉、映像の中の
人物は女性のようだった。
「私は待っ‥…
何千年……だけ‥…
旅だ‥…北に……
アポカリプスは倒せる…」
話しはそこまでで途切れてしまった。
端末のランプの灯が徐々に弱まり
そして消えた。
その時、セツナはふと背後に気配を感じた。
振り返るとナニが立っていた。
「ΘΓΔΔΞ§‥」
さっきと同じことを言っているようだ。
「俺にわかる言語で言ってくれよ。」
セツナはそう言った。
「共通言語へ変換します」
「?」
「警告、侵入者、警告」
ナニは急に言葉を発したかと思うと
「排除します」
そう言うと、ナニの伸ばした腕が割れ
中心が火を噴いた。
機銃掃射。
弾が色々な物を破壊していく
「体が…重い…」
なぜか体が思うように動かない。
弾幕により追い詰められたセツナは地面に伏せるしか
なかった。。
ふと、ナニの動きが止まった。
「今だ!」
セツナは飛び出した。
廊下を走り、やがて屍広場を抜け
ゴンドラまでたどり着いた。
だが足音が聞こえる。
ナニだ。走っている。
セツナはゴンドラに乗り込み
起動スイッチを探したが、それらしきものが
見当たらない。
「排除します。」
と近くで聞こえた瞬間、ゴンドラの扉に弾が当たった。
「動け!」
セツナがそう言った瞬間、ゴンドラの扉が閉まり
浮き上がった。
ナニはそれ以上追って来る事は無かった。
ゴンドラが止まると、そこは見たことのない
場所だった。
書庫ではなく、狭い部屋だった。
目の前に扉がある。
セツナは扉を開けた。
◆
クァー…
大あくびをした。
ドワーフのエリンはいい加減この仕事に
飽き飽きしていた。
「なあ、この仕事って必要なのか?」
エリンは相棒のヴィネスに言った。
「それはわからないわ、だけど私は
気に入ってるわ。こうして毎日
好きな本が読めるもの。」
眼鏡をかけた女ドワーフは、そのずんぐりとした
体をベンチに横たえた。
「まあな…働くのが嫌でおれも引き受けたんだけどな。」
切り立った崖の上にあるこの場所は
祝福の抜け穴 と呼ばれていた。
「だけどさ、俺の親父の代も、じいちゃんの代も
この道から出てきた奴なんてこれまで一人だっていない
らしいぜ。来るってわかってたら、もっと
仕事に張り合いっていうの?出るんだけどな。」
「贅沢言わない!もし出てきたらどうするか覚えてる?」
ヴィネスは言った。
「一言もしゃべってはいけない。
目を合わせてはいけない。
何か聞かれても答えてはいけない。」
「そう、そして去った後に紫草の炭を混ぜた
狼煙をあげる。」
ヴィネスが補填した。
「なあ、あの中はどうなってるんだ?」
エリンが言った。
「古の書庫があるって噂よ。
でも、入ったら守り神に殺されるって。」
「なんだよそれ。」
「ロマンだわ…
だから私は志願したのよ。
いつかその書庫に行ってみたい。
一日中読書にふけりたい…」
「はぁ…やっぱり俺には向いてない気がする…」
エリンがため息をついて言った。
その時、抜け穴の奥から足音が聞こえた。
「おい!聞いたか?ヴィネス」
「うん、足音が…」
「まさか…」
すると、木々のトンネルの中から
誰かがひょこっと姿を現した。
エリンもヴィネスも心臓が爆発しそうだった。
だが、お互いを見つめ合うしかなかった。
「あの…ここは何処ですか?」
仮面の人物はそう言った。
「……」
「……」
二人の額から汗が吹きだす。
仮面の人物は黙って二人を見ていたが
やがて首をかしげて去っていった。
「おい…本当に出て来たぞ!」
「うん…」
放心状態のドワーフの男女は
しばらく立ち尽くすしかなかった。




