巡る
「世界を見て回ろうと思う。」
クロフォードはベッドの上で上半身を起こし
傍らに腰かけるルモルグ長老に言った。
「色々ありましたが……
我々の生活は何も変わりません。
ワシらの生きる目的は帝国が決める。」
「あながち、そうではないかもしれぬ。
あのセツナという人間…
奴は何も言わぬが、この地のコアを戻していった。」
その時、コンコンとノックの音がした。
「入れ」
ルモルグが答えた。
そこにはシロンが立っていた。
「長老、クロフォード様に会いたいという方が来られています。
ダークエルフの…」
「ひでえザマじゃねーか クロフォードの旦那」
シロンの後ろに、シロンよりも二回りほど大きな
影が立っていた。
「ヴォルクス」
「軍を辞めるって?」
「ああ」
ルモルグは静かに立ち上がり
「私がおらぬほうがよかろうて…」
そういって、ゆっくりと出て行った。
「すまんなルモルグ爺」
ヴァルクスが言った。
ルモルグが扉を閉めた後ヴァルクスが切り出した。
「愚痴だと思って聞いてくれ。
今帝国はごちゃついててな…」
ヴァルクスは声のトーンを落とした。
「どうなってる?」
「イオンフレイムの開発計画がお蔵入りに
なりそうだ。」
「何?」
「HPGAって聞いたことあるだろ?
混種平和保証協会(Hybrid peace guarantee association)
混種のダークエルフの人権を訴える組織の嘆願書に
皇帝が署名したんだよ。」
「……」
「今や帝国の民の45%は混種だと言われている。
あんたも含め…
そして今回の計画…
フォクシールの進めていた、混種を人工的に作り出し
兵器として利用する計画…」
「そう言えば、奴は?」
クロフォードの顔色が変わった。
「ああ、奴は消えたよ。
それに、あの計画に関わっていた、貴族や魔導士団の
お偉いさんも何人かいなくなったって話だ。」
「フォクシールたちの進めていた計画が明るみになって
あまりにも非人道的だと言って、火がついたHPGAに油を
注ぐ事になっちまった。。
、クリスタルタワーの門前までデモ隊が迫ってよ…
その時は何とか収まったが…」
ヴァルクスはクロフォードの飲みかけの水を一気にあおった。
「そこに出てきたのがネクロス教だよ。
純血至上主義を謳う怪しげな教団だ。」
「教団の事実上のトップはブルーム・ワークという
男だろ?魔導士団・1等魔術師でもある。」
「ああ…だが事実上、帝国兵の7割は混種だ。
もちろん、静観している者が大半だが
血の気が多い者も大勢居る。
現状、軍は割れちまっている。」
「誰がまとめる?」
「実際に、軍トップはギュンター王子だが
収集がつかない状況だ。」
「お前はどうなんだ?」
「おいおい、俺を見くびらないでくれ
こんな状況、仕掛けた奴が絶対にいる。
胡散臭いって事ぐらいはわかってるよ。
誰かの思惑に乗らんように神経尖らせてるよ。」
「なあヴォルクス、帝国、いやダークエルフとは
なんだと思う?」
「そうだな…ルールを重んじ、理論的で合理主義…
倹約家で、環境意識が高い。」
「まさにその通りだな。そして俺はそういう風に
生きてきたつもりだ。」
「それがどうした?」
「この剣を見てくれ。」
そう言ってクロフォードはベッドに立てかけてある
ロングソードを手に取った。
「これを使って30年になる。何度も刃こぼれを直した。」
「ああ、最初はこの事を教えられたよな。」
「この前、ゼノギアと戦った時、奴は部下は使い捨てだと
言っていた。」
「……」
「いつからそうなったんだ……
混種であろうが純血であろうが…
俺は物も人も使い捨てできる物は無いと思っている。
ゼノギアだけが特別だとも思えんのだ。」
「混種や純血に大した意味は無いさ。
分断し対立させることで、物や金が動く。
その狭間で甘い汁を吸うやつがいる。
そして、一度権力を手にしたら、それを守ろうと
躍起になる。それはずっと変わらん。
ゼノギアはそれを知っているのさ。」
「お前って奴は…
そこまでわかっていながら…
ふっ…」
「で、いつ発つんだ?」
「はっきりは決めてないが、明日か明後日には。」
「あのバエトってやつも連れていくんだろう?」
「まあな、頭を地面に擦り付けて何度もお願い
されたよ。」
「面倒じゃないのか?」
「あいつの気持ちはよくわかる。
何者かになろうと必死にもがいている。
妹に先を越されちまったんだからな。」
「ああ、今日はその話もあったんだ。
ジュリと言ったか。
使徒と融合しても意識を保てている特異体。
おまけに、不思議な力が宿っている。
今回、捕らえられる事は無いが
常に監視対象にはなるだろう。
今の帝国はそこまで人を割けない状況だからな。
今他国に攻められたら、大変な事になるだろう。」
「あの子は連れて行くわけにはいかない。
色々と問題が多すぎる。
それに、まだ早い。」
「そうか…」
「いずれ、その時が来るだろう。」
「そういや…あの人間族の、セツナ。
奴はどこにいるんだ?」
「さあな…あれ以来会っていない。
だが……
奴が変えていったんだ、理を。」
「ああ 違いない…」
◆
「バエトをよろしくお願いします。」
ルモルグは深々と頭を下げた。
「ジュリはどうした?」
シロンが言った。
「もういいんです、一緒に行くってしつこいから。
どこかで拗ねてるんです。」
クロフォードは何も言わず、馬に荷物を積み込んでいる。
「バエト、お前の馬だ。荷物を載せろ。」
クロフォードの黒い馬の隣に、栗毛の馬が
藁を食んでいた。
「これからはこいつと常に一緒だ。馬との付き合いを覚えていけ。
頼むときは声を掛けろ、褒めてやれ。」
「はいっ」
バエトは大きく返事をした。
————
「おい、娘、いいのか? 見送りは?」
ギャリガンが言った。
「わかってる。わかってるんだけど…
お兄ちゃん、私の事を避けてるみたいなの。」
ジュリは出窓のカウンターに膝を抱えて座って外を見ていた。
「しょうがない奴だ 全く…」
ギャリガンはため息をついた。
————
「行くぞ」
クロフォードは軽く馬の腹を蹴った。
「はい。
長老、ジュリをよろしくお願いします。」
バエトは軽く頭を下げた。
「うむ、しっかりな!」
「元気でな!バエト!」
「死ぬなよ!」
見送りの村民たちが口々に言った。
うっそうとした森は様々な鳥や動物の鳴き声が
響き渡っていた。
龍脈が戻ったせいだろう、木々は一層青々として、
空気は澄んでいた。
二人を乗せた馬たちは忌み子の村の中心を通り抜け、
谷を下り沢を横切り、また谷を登っていった。
谷を登り切った時、反対側の丘から声が聞こえる。
「お兄ちゃーん!」
ジュリが手を振っていた。
「ジュ、ジュリ―!」
バエトも大きく手を振った。
「元気でねー!」
ジュリの頬には涙が伝っていた。
「お前もなー! ジュリ―!!」
「ごめんな…ジュリ…」
バエトは力なくそう言った。
涙が自然に流れていった。
クロフォードは黙って馬の手綱を握っていた。
「あのダークエルフ、あんたの子供なんだろ?
行ってしまったぞ?」
ギャリガンはジュリに悟られないよう
ハップ婆に言った。
「ああ‥‥だが今は良いんだ。
私はこの娘の中でゆっくりと待たせて
もらうよ。」
「あの…クロフォードさん、僕はあなたを
なんと呼べばいいんでしょうか…?」
唐突に質問を投げられたクロフォードは拍子抜けした。
「なんでもいい、そんな事をいちいち聞くな。」
「す、すみません!
じゃあ、先生とお呼びしてもいいでしょうか?」
「先生なんてガラではない!却下だ。」
「じゃあ師匠は?」
「それも却下!」
「ではマスター?」
「…好きにしろ!」
「わかりました!先生!」
◆
「これ一つと、これ二つください。」
「あいよ!」
恰幅の良い兎人族の店主が指輪だらけの
手で、蒸し籠からチェットブラー(肉団子)を
取り出した。
セツナはハイエルフ領と兎人族領との間に位置する
宿場町に居た。
吹く風に少しだけ冷たさがあった。
様々な人種が行きかい、威勢のいい声が
あちこちから聞こえて来る。
湯気と共に食べ物の匂い、ハーブの香り、香辛料の香り
が鼻を通り過ぎていく。
その町は多くの熱をはらんでいた。
そして人々の話に聞き耳を立てる。
「おやじ…もうダメかも‥‥」
「また試験に落ちたよ…俺はどうすれば…」
「帝国で混種に人権が与えられる動きがあるらしいよ」
「へー そうなんだー」
セツナの顔は少しほころんだ。
「この肉団子、うまい…」
セツナは呟いた。




