受け継ぐ
クロフォードは、セツナが巨大な栓を
空間に空いた穴に収納していくのをただ見ていた。
「遅かったか…」
空間が閉じてセツナはフゥと息を吐いた。
「大したものだ…
帝国のトップレベルの研究者がそれを解析したが
殆どが解析不可能だったらしい。」
クロフォードは転がっていた丸椅子を起こし
どかっと腰を落とした。
そして懐から携帯用のスキットルを出し
ウイスキーをあおった。
「あんたもやるかい?」
クロフォードはスキットルを差し出した。
「いえ、結構」
セツナは抑揚のない返事をした。
「あんたが来てから、おかしな事が度々起こる。」
「どうだろうな。」
セツナは部屋を物色しながら答えた。
クロフォードはウイスキーをあおった。
静まり返った部屋は、水滴の落ちる音だけが
時折小さく反響した。
「何者だ?お前は?」
「人間だと…思ってる…」
「フンッ…あんたは何もかもが理の外に居る
王や支配者になる事だってできるだろう。」
「お前たちと一緒にするな。」
「ハッ…たしかに…」
パラパラと瓦礫の砂塵が落ちる音がした。。
「探している。自分のルーツを。」
セツナは拾った何かを見て、後ろへ放り投げた。
「ある日、こうなったんだ。」
ポツリと言った。
クロフォードは黙っていた。
「ずっと探しているんだ。時々頭の中に現れる。」
「何を?」
「エントリと そう名乗っていた。」
「あいにくだが…聞いた事は無い。
だが、ルーツというなら、俺も似たようなものだ。」
「……」
「俺には小さい頃の記憶が無い。」
セツナは一瞬動きを止めた。
「探そうと思ってな。ルーツって奴を。
だから辞めた。軍を。」
「そんな簡単に辞められるのか?」
「まあ色々めんどくさい事もあったが‥‥
それも片付きそうだ。」
クロフォードはウイスキーをあおった。
「クロフォード、聞きたい事がある
これは何だ?」
「ん?」
クロフォードは腰を上げ、セツナの指さすものを見た。
「栓の近く、いつもどこかにこの絵があるんだ。」
「!?」
クロフォードは目を見開き、沈んだ表情になった。
「知っているのか?」
「これは…迷信かおとぎ話か…数千年前に起きた
厄災らしい。」
「空に浮かぶ触手を持つ巨大な影、
燃える都市、人々が抗っているように見える。
似たような絵が壁やあるいは紙に
書かれていた。」
セツナは一つずつ指を指した。
「文明は一度滅んでいると。
付け加えておくが…これは極秘事項だ。」
クロフォードがポツリと言った。
一瞬、空気が止まった。
そして、セツナの心臓はドクンと大きく脈打った。
頭の中をノイズが走る。
空から何かをまき散らす巨大な異形…
遠くに浮かぶ巨大な何かを見上げる人々。
絶望し、成すすべなく佇む人々…
やがて映像はゆっくりと消えていった。
「ハアハア…」
セツナは空気がうまく吸えなかった。
「お‥おい!」
クロフォードはよろめいたセツナを受け止めた。
セツナの両肩に手をかけたクロフォードは知った。
(こんなに華奢な体で…)
「大丈夫…」
セツナはゆっくりと歩いて、瓦礫に腰を落ち着けた。
「帝国が巨大兵器の開発に躍起になっている理由だ。」
クロフォードは突然言った。
「表向きは だが…」
「だろうな」
セツナは俯きながら答えた。
「理由はこうだ。何かが大地のエネルギーを奪いに来ると。
だから、見つからない為に栓をした…と…」
「……」
建物内の何処かで何かが崩落した。
その音ががらんとした空間に反響した。
龍脈は流れ出した。
「いずれにしても俺は…桜の花が咲く方が好きだがな」
クロフォードは立ち上がり、スキットルを懐にしまった。
クロフォードが去った後も
セツナはその場にじっと留まっていた。
栓が突き破った天井から柔らかな陽が射しこんでいる。
やがて、辺りは緑色の光に包まれていった。
そして割れた培養槽の中の亡骸たちは
粒子となって、天に向けて溶けていった。
初めて見るかもしれない陽の光へと
甘い匂いのするあの赤い花は朽ち、サラサラと砂塵のように
風に舞った。
◆
キング・バルディアの船内は酷く暑かった。
ハップは額の汗を袖で拭った。
「崩落が始まってるね。
奴の船を留まらせれば、このデカブツごと
沈められる。」
ハップはフォクシールの艦ソーマを見ながら言った。
「それに 見ろ、バルディア内の兵士がフォクシールの船に
集まり出している。」
またどこかで爆発が起こり、大きく揺れた。
「開けてくれ! 同胞を見捨てる気か?」
「軍法会議ものだ!フォクシール!」
ソーマのメインハッチの前の群衆は口々に叫んでいる。
ハップは混乱に乗じ、ソーマの後ろに回った。
「あれを破壊すれば…」
その時—
「そこで何をしている」
後ろから男の声が聞こえた。
(フォクシール!)
だがハップは平静を装った。
「ハッ! 何者かが我が艦バルディアに破壊工作を
仕掛けたと聞き、犯人を見つけようと立ち寄りました。」
ハップは帽子を深くかぶり直し、直立した。
「それはそうと、お前の同僚の見苦しさだ。
この艦を見捨て、自分達だけ助かろうとしている。
それについてはどう思うかね?」
爆発音や叫び声が迫る中、フォクシールは
まるで意に介していないようだった。
「あの中には上官もおります。
返答を致しかねます。」
ハップの頬を汗が伝う。
「ハハッ 正直でよろしい…
ん? どうした? 顔色が良くないぞ。
真面目に仕事しすぎではないか?ククク」
フォクシールの言う通りだった。
ハップはすでに限界を超えていた。
ランドーラと融合したとはいえ、どちらも
瀕死の状態だったのだ。
肉体の崩落が始まっていた。
よくここまで持ちこたえたと言うべきか。
「よかろう!特別にお前を我が艦に載せてやろう。」
フォクシールはそう言って、開いている船尾のハッチ
に入って行った。
続けてハップが入ろうとした時、ハップの袖から
何かかがシャラシャラと音を立てて零れ落ちた。
その音に振りむくフォクシール。
「お前…やはり…」
下を見てわなわなと震えている。
ハップの足元に、いくつかの鱗が落ちていた。
「私しゃもう限界だよ。ランドーラ…」
ハップは声に出して言った。
そしてハップは意識が途切れた。
その瞬間、ハップの目が赤く染まった。
「貴様…ランドーラと…!」
フォクシールの両手にはすでに魔法陣が展開していた。
それと同時にランドーラはフォクシールを突き飛ばし
走り出していた。
「女を捕まえろ! 殺しても構わん!」
フォクシールは叫んだ。
◆
「何が起こってるんだ?」
ギャリガンはジュリに言った。
「わからない…けどニキルが…」
ジュリの頬を涙が伝う。
ニキルは牢に入れられた後、また意識を失ってしまった。
「出血がひどい。このままでは厳しいぞ。」
ギャリガンが言った。
「いたぞ!」
「早く捕まえろ!」
直ぐ近くで兵士のわめく声がする。
「ソーマを発進させろ!」
フォクシールの声だ。
何かが焼ける匂いが漂っている。
うっすらと煙も入って来た。
その時、牢の前を誰かが走り抜けた。
使徒二人の意識が交錯した。
ギャリガンとランドールの中で何かかがバチっと
弾けた。
走り抜けた人物は、ゆっくりと戻ってきた。
そしてゆっくりと腰を落とすと、ジュリをじっと見つめた。
「あなたは誰?」
何も答えない。
ただ赤い瞳が、夜空のようにいくつもの光を内包し
水面のように揺れていた。
「ねえ、ギャリガン?」
ギャリガンも何も答えなかった。
気が付くと、ジュリの指は伸びて、この見知らぬ
人物の方に向かっていた。
しかしギャリガンは鉄格子に弾かれた。
今度はこの人物が何かを一瞬詠唱したかに思えた。
すると、鉄格子はカチリと、扉が少し開いた。
赤い目をした人物は、ジュリの指であるギャリガンを
両手で優しく握った。
なんとなく、ぼんやりとした光が二人を覆った気がした。
そして、砂のように少しずつ粒子となって散っていった。
その時ジュリは何かが体の中に流れ込んで来るのを
感じていた。
「ジュリ」
その声はジュリのすぐ近くで聞こえた。
ニキルを見てもぐったりしたままだ。
「ここだよ、バカたれ」
ジュリが下を見ると、自分の親指が喋っていた。
「え?ギャリガ‥‥」
「しっ! 大声出すな」
「だってギャリガンが!」
「静かにしろ! 説明は後だ
とりあえず脱出方法を考えるぞ」
次第に、ジュリの右腕に、何かの模様が現れ始めた。
まるで蛇が腕に巻き付くように。
よく見ればそれは小さな文字や幾何学模様の集まりだった。
その時、何者かがジュリの頭に直接語り掛けてきた。
「ジュリ、一度しか言わないからよく聞きな」
ジュリはノイズの混じるその声に聞き覚えがあった。
「あんたの腕に私の持てる技を書きこんだ。
全てとは言えないが、お前の役に立つだろう。
そして媒介してくれたのは使徒ランドーラだ。
ああ…意識を保てない…
生…き延び…て。
ジュリ。」
いつの間にかジュリの頬を涙が伝っていた。
「誰としゃべっている、娘」
鉄格子の前に、フォクシールが立っていた。
スキットル=携帯用の酒を入れる水筒




