妹
大きな目が顔の真ん中に一つ。
人の倍ではきかない巨躯。
白く滑らかな皮膚。
生気を感じられぬほど何故か静かだった。
「……」
ジュリは、息を呑んだ。
(大きくて怖い…けど…)
不思議と――逃げようとは思わなかった。
その時、巨人の腕に抱えられている人物が目を覚ました。
「うわあああ!」
自分の状況にパニックになって手足をバタつかせて藻掻く。
「離せ!なんなんだよ!」
ハイエルフの少年ニキルはわめき散らした。
「コドモ マモル…」
突如巨人の野太い声が辺りに響いた。
その時ニキルの視界にジュリが映った。
「おい! 早く逃げろ! 殺されるぞ!」
ニキルは必死でジュリに叫んだ。
しかしジュリは突然の事に呆気にとられ
身動きが取れない。
「あ……」
声が漏れる。
「この子…」
ジュリは巨人を見て呟いた。
巨人はゆっくりと視線をジュリに落とした。
瞬きはしない。
ただ、静かにジュリを見つめていた。
「おい娘、下がれ。」
頭にギャリガンの声が鋭く響く。
「あれは……なんかおかしい。」
「……うん」
曖昧な返事を返す。
だがジュリは動かなかった。
巨人の目を見つめたまま、小さく頷く。
巨人が、ゆっくりと片手を差し出した。
大きな手。
包み込むように、柔らかく開かれている。
「……?」
ジュリは首をかしげる。
「……乗れってこと?」
巨人は何も言わない。
だがその手は、ずっとそこにあった。
「やめろ。」
ギャリガンの声が低くなる。
「何をするか分からんぞ。」
「おい!デカブツ! 子供だぞ! やめろォ!」
ニキルも叫んだ。
「……でも」
ジュリは一歩、踏み出した。
周りの声よりも巨人の存在に心を奪われていた。
その手に、自分の手を重ねる。
温かい。
想像していたより、ずっと。
その手がそっとジュリを包み込む。
巨人は、ゆっくりジュリを持ち上げた。
まるで壊れ物を扱うようにそっと
肩へと乗せる。
「うわあ!」
見上げていた木々が下になって視界が一気に広がった。
「……正気か、貴様は……」
ギャリガンの呆れた声が響く。
「この子、悪い子じゃない」
ジュリは呟いた。
「どうだか…」
ギャリガンはため息交じりに言った。
巨人は歩き出した。
ゆっくりと。
森の奥へ。
「道になってる」
ジュリがつぶやいた。
地上からはうっそうとした森だったが。
上から見ると道になっている。
「お前、名前は?」
巨人の小脇に抱えられたまま
ニキルは巨人の肩に乗るジュリに話しかけた。
「ジュリ」
「俺はニキル、ハイエルフさ
お前は何族なんだ?」
「ナニゾク…?」
「ああそうだ、俺とお前は外見が違うだろ?」
「?」
「……まあいいや、どうせ俺たちはこいつらのエサにされる
からな。」
ニキルは体を回転させ、仰向けになった。
「ニキルはどうしてここに居るの?」
「え? あ まあ…色々あって…
腹減って気を失って…気が付いたらこれさ。」
「中立地帯になぜハイエルフの子供がいるのだ…」
ギャリガンがジュリの中で呟いた。
「中立地帯になんでハイエルフがいるの?」
ジュリはそのまま声に出した。
「おい…」
ギャリガンが思わず突っ込む。
「え!? なんで? なんでお前がそんな事…」
ニキルは慌てている。
「なんで?」
ジュリはもう一度聞いた。
ニキルはジュリの純粋な澄んだ目を見ると
嘘をつけない気になって来た。
「そんな目で見るなよ……
俺は…カシンキ、黄金の鹿の事だ
それを追ってここに入ったんだ…
そしたらまあ…色々あって…」
「ふーん…」
ジュリは景色を見ながら答えた。
足をプラプラさせている。
「興味無いなら聞くなよ!
お前はどうなんだ?なぜここに居るんだ?
見た事も無い種族だし。」
「空から落ちたの。」
「え? 空って、あの?」
ニキルは空を指さした。
「なんで生きてるんだ?普通死ぬだろ」
「お羽が生えたの」
「は? ‥‥
なんか もういいよ。
話がかみ合わないな…」
◆
どれくらい歩いただろうか。
やがて、視界が開けた。
「村があるぞ」
ギャリガンはジュリに言った。
粗末な小屋が並んでいる。
いくつかの小屋から煙が上がっている。
「なんだここ? 子供ばっかりじゃないか……?
それにエルフじゃない」
ニキルは呟いた。
いるのは、子供だけ。
年齢も、体格も、似たような者ばかりだった。
笑っている者。
無表情の者。
ぼんやりと空を見ている者。
どこか、静かすぎる。
巨人は、その村の中へと入っていく。
誰も驚かない。
ただ、見るだけだ。
その時。
ジュリの視界に、一人の少年が入った。
「……あ」
息が止まる。
尖った耳、頬の鱗
見慣れた背中。
「お兄ちゃん……!」
思わず声を上げる。
巨人の肩から身を乗り出す。
「バエトお兄ちゃん!!」
だが。
少年は、振り向かない。
「……え?」
ジュリは瞬きをする。
もう一度。
「バエト!」
それでも。
反応はない。
巨人が足を止めた。
ジュリをそっと地面へと下ろす。
ジュリは地面に足が着く前に駆けだした。
躓きそうになりながらジュリはその少年の元に向かった。
すぐ目の前まで来て。
少年の顔を覗き込んだ。
「おに……」
言葉が、出なかった。
ジュリはハッとした。
似ている。
そっくりだ。
だが。
違う。
「……ちがう」
小さく、呟く。
少年の目は、空っぽだった。
「……ふん」
ギャリガンの声が、低く響く。
「そういうことか。」
「……どういうこと?」
ジュリが尋ねる。
だがギャリガンは答えない。
「……」
「おやおや」
その時、背後から声がした。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、杖をついた一人の老婆だった。
「ダ…ダークエルフ…」
いつの間にか巨人から解放されたニキルが言った。
白い髪を後ろで束ね、柔らかな笑みを浮かべている。
「珍しいお客様だねぇ」
穏やかな声。
だが、その視線がジュリに移った時
その瞳は一瞬だけ——鋭く光った。
「その子……」
上から下まで、なめるように見る。
「ふふ……なるほどねぇ」
小さく笑う。
「この子は、違うね フフ…」
空気が、わずかに変わった。
「娘。」
ギャリガンの声が低くなる。
「気をつけろ。」
「ポロンが連れて来たんだね。
ああ、ポロンとはあの巨人の事だよ。」
「……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。
パンとスープくらいならあるから
ほらついておいで。」
訝しんだ目で警戒しているニキルに老婆はそう言った。
ニキルは生唾をごくりと飲み込むと
ギュルルとまた腹が鳴った。
「さ、あなたも おいで」
ジュリにそう言うと
ゆっくり歩き出した。
ジュリとニキルは何も言わず老婆の後を追った。
◆
「さあ どうぞ。 こんなもんしか無いが。」
二人の前に出されたのは
5、6切れのパンと、スープ、そして水だった。
スープからはとても良い香りがする。
香辛料と、肉の匂いだ。
「いただきます…」
そう言うと二人はむさぼるように食べ始めた。
「そんなに慌てる事は無いよ…」
老婆は苦笑いしながら肩ひじをついて二人を見ていた。
「あんた達は知り合いかい?」
老婆は2人に投げかけた。
「さっき会ったばかりさ」
ニキルは老婆をちらりと見ながら言った。
「ハイエルフだろ?あんた。
なぜこの森にいるのかは聞かないでやる。
その代わり…」
ニキルの動きが止まった。
「明日自分の村に帰るんだ。
そしてここの事は他言無用だ。
わかったか?」
ニキルは2,3回頷いた。
「それでお嬢ちゃん。
お前はどこから来たんだい?」
「お空」
そう言って天井を指さした。
「ばあちゃん、こいつに聞いても無駄だよ
話がかみ合わねーんだ」
口を動かしながらニキルが割って入った。
「お前に聞いちゃいないよ!
……
では、こう聞いた方がいいかい」
「?」
「逃げられると思ったかい!!」
その瞬間だった
「ジュリ!!」
ニキルが机をひっくり返し、ジュリの手を取り
小屋の外に飛び出した。
ニキルはジュリをわきに抱え
村の中心を突っ切った。
ジュリの手にはパンが握られていた。
◆
「予想外だったな」
建物の陰から声がした。
「はっ 居たのかい」
「あのハイエルフのガキは予想外だったよ
してやられたな、ハップ婆さん」
「最初から捕まえる気なんて無いよ
え? あんたもだろ?
出てきたらどうなんだい クロフォード」
小屋の陰からクロフォードがゆっくり顔を出した。
◆
どれくらい走ったのか。
ニキルとジュリはまた深い森の大木の洞に身を
ひそめていた。
ニキルは息を切らしている。
「ジュリ あの婆さんはお前が狙いなんだ
あのまま居たら殺されてたんだ。
あの村の子供たち、心が無かった。」
「お兄ちゃんだと思ったら、お兄ちゃんじゃなかったの
お兄ちゃんに会いたい。」
「お兄ちゃん‥‥」
そう呟くと、ニキルは首飾りを引っ張り出した。
そこには小さな赤い布袋が下げてあった。
ニキルはそれを握りしめた。
「ニルル…」
その時、後ろで大きな音が鳴った。
唸るような音。
徐々に近づいてくる。
「ジュリ、身を低くしな」
ニキルはジュリの頭を軽く押さえた。
その音はニキル達のいる木の上を通過して
北の方角にゆっくり進んでいるようだ。
「なんだ?あれ。浮いてるぞ」
「怖いよ ニキル…」
「ジュリは此処に居ろ」
そう言ってニキルは身を低くして
飛行物体の跡を追った。
やがてその飛行物体は、森が開けた場所で
停滞した。
その場所には沢山の灯がついており
帝国兵もいた。
地上でダークエルフがランプを振っている。
すると、飛行物体の底が開き、中からバラバラと何かが
落ちてきているのが見えた。
「なんだ?あれ」
好奇心に駆られたニキルは用心しながらもう少し、
近い場所に移動し、その場所が見渡せる位置を
確保できた。
そしてニキルは言葉を失う。
「あ…」
そこはゴミ捨て場の様に巨大な穴が掘られていた
「人…子供…?」
その穴には多数の人が山の様に捨てられていた。
子供ばかり。
視界がぼやけた。
ニキルは咄嗟に嘔吐してしまった。
その時、誰かの話し声がした。
「……帝国も焦ってるんじゃねーか…」
「知らないよ、興味ねえ 金さえもらえれば
いいんだよ へへ」
低い茂みの向こうに二人並んで歩く人物がいた。
そしてニキルはまたも驚愕する。
「ハ…ハイエルフ…」
ニキルの心臓は早鐘の様に脈打った。




